第43話 謎の襲撃者
イリア、智世、桐子の3人が泊まる小屋に突然、現れたのはヘレンだった。
開け放たれた扉から雪風が吹き込む。
ヘレンの登場にツインテール桐子は目を丸くした。
「ヘレン!? 今まで、どこで何してたんだ?」
しかし、それには答えずにヘレンは銃を構えたままグルリと室内を見回す。
そして、ぶっきらぼうに「他に誰も居ない?」と、尋ねた。
何かを警戒しているらしい。
銃口を向けられたことに対してイリアが憮然とした表情で答える。
「そうよ。私達だけ」
それを聞いてヘレンは、ホッとしたように溜息をつくと、扉を閉めて、ようやく銃を下した。
「ソーリー。少し休ませてもらっていいかしら?」
ヘレンは異様な格好をしていた。
彼女は水色のセーラー服姿にビニールシートのようなものをマント代わりに身体に巻き付けている。
おそらくは寒さ対策なのだろうが、それはまるで、映画に出てくる荒野の『はぐれガンマン』のような出で立ちだった。
桐子が怪訝そうにヘレンの服装を眺めながら言う。
「その恰好。寒かっただろ?」
「イエス。まさか砂漠の隣が、こんな雪景色だなんて思ってもみなかったわ」
ヘレンの返答に「砂漠だって?」と、桐子が驚く。
「ひょっとして、この先に砂漠があるのかい?」
「そうよ。ある境目を超えると砂漠になっているの。雪景色と砂漠が並んでいるのよ。有り得ないわ。まったく、この島はどうなってるの? クレイジーだわ」
ヘレンの言葉にイリアと智世が顔を見合わせる。
「智世、あれを」と、イリアに促されて智世がスケッチブックを出してヘレンに地図を見せる。
ヘレンはそれをじっと見ながら感心した。
「オウ。それは見張り台にあった地図と同じね。ということは、ユーも見たのね?」
ヘレンに聞かれて「や、そういう訳じゃないけど……」と、智世が口ごもる。
智世の代わりに桐子が答える。
「これは智世が乙葉の撮った画像を転記したものなんだ。だから実際に見た訳じゃない。実はボク達、この島の右半分には殆ど行ってないんだよ」
イリアが腕組みしながら付け加える。
「湿地帯を横切って右下の岬の辺りに行ったきりね」
「だからボク達、これからそっちを探索してみようと思ってたんだ」
「アイ、シー。なるほどね。ところで他の子達は? あの民宿には誰も居なかったみたいだけど?」
ヘレンは南風荘の事を言っているのだろう。
そこで桐子は大まかに状況を説明した。
「ボク達6人は食料を求めて雪の町に行ってたんだ。あ、6人というのは、ここにいる3人と利恵、愛衣さん、和佳子だ。でも、ちょっとイザコザがあってね。あっちの3人とは別行動することにしたんだよ。で、玲実と双子は別行動で山海荘だったかな? 確かそんな名前の旅館に居るはずだよ。モエ達は出て行ったきりだし……」
そこまで言って桐子はハッとした。
そしてヘレンの顔に出来た傷をしげしげと眺めた。
ヘレンの傷はモエ達が南風荘を出る時につけられたものだ。
彼女の顔には左頬から鼻、右の唇にかけて断続的ながら赤黒い一本の筋が出来ている。
女の子の顔にそんな大きな傷跡があるのは実に痛々しい。
そこでヘレンが「知ってるわ」と、吐き捨てる。
長い沈黙を経て桐子が呟く。
「その傷……やっぱり消えないんだな」
ヘレンがその言葉に「ワット?」と、反応する。
桐子は苦々しい顔つきで答える。
「それ、モエの武器でやられた時のだよな。だから消えて無くならないんだ」
ヘレンは怪訝そうに桐子を見る。
「どういう意味? 説明してよ」
桐子は指を組みながら事実を伝える。
「どうやらこの世界では武器でしか傷つかないし、死なないらしいんだ」
「リアリィ!? 桐子。あなた、何を言ってるの?」
ヘレンは呆れたように桐子を問い詰めるが、イリアと智世の顔つきを見て目を丸くする。
「ノウ……それは本当なの……」
「ああ。ボクも信じられなかった。けど、雪の町で見つけた動画の子がそう言ってたんだよ」
そして桐子は自分のスマホで動画を再生してヘレンに見せた。
ビデオカメラの液晶画面を撮影した物なので画質は落ちていたし、音も割れていたが、その内容はヘレンを黙らせた。
さすがにヘレンもショックを受けたのだろう。
彼女は目を閉じて唇を噛みながら考え事をしているようだった。
そしてしばらくして急に目を開けると、イリアが入れた紅茶を半分ほど一気に飲んで「フゥ」と、大きく息を吐いた。
「アイ、シー。そういうことか。それで理解できた」
ヘレンは独り言のようにそう言って、もう一度大きく息を吐いた。
それを見て桐子がヘレンにシャワーを勧める。
「ヘレン、取りあえず着替えようよ。そのミノムシみたいなマントを外してさ。で、今晩はボク達とここで過ごそうよ」
「サンキュー桐子。そうさせてもらうわ。イリアと智世もサンキューね」
ヘレンは素直に感謝の意を示すとリュックを持ってシャワールームに向かった。
そして、ライフル銃を持って行くことも忘れなかった。
* * *
外は随分と吹雪いてきた。
日が暮れてしまったこともあって、玲実と双子の3人は4番目に探索した大きな家に泊まらせてもらうことにした。
空っぽの民家には食料が余り残されていなかった。
そのため、思ったほどの成果はあげられなかった。
とはいえ、まだまだ家はある。
明日以降、頑張ろうということにして3人は思い思いにゆっくりと休んでいた。
ようやく探索に慣れてきた玲実は、気分転換を兼ねてお風呂に入っている。
好奇心旺盛な望海は上を探索してくるといって2階に行ってしまった。
そこで梢は退屈しのぎに1階の書斎を見学することにした。
書斎は1階の奥まったところにあった。
おそらくは、この家の主人のものだろう。
大きなデスクに応接セット、そして部屋の奥には壁一面に書棚が並んでいて分厚い本が大きさや色別に綺麗に収まっている。
部屋の右手には田園の風景が描かれた絵が壁に掛けられている。
さらにその隣には銅像があった。
銅像は禿げ上がった外国人の上半身で、台座だけでも梢の身長の半分を超えている。
それが有名人なのかこの家に関わる人間のものなのか梢には分からなかった。
「いかにもお金持ちっぽいなぁ」と、梢は感心しながら室内を観察して回った。
そして本棚の前で膨大な蔵書の数に圧倒されながら独り言を口にする。
「せめて図鑑とか絵があるといいのに」
蔵書の大半は専門書なのか文学全集なのか分からない。が、どれも古くて高価そうなものだ。
と、その時、明かりが消えて周囲が真っ暗になった。
「え!? なに? ヤダ! 停電!?」
梢はパニックになりながらドアに向かおうとした。
目を瞬かせて暗闇に目を慣らそうとする。
だが、突然、梢の顔に懐中電灯の明かりが照射された。
「きゃっ!」
まともに光を見てしまったせいで梢は完全に視界が奪われた。
「ちょっと止めてよ! お姉……」と、抗議しかけた時だった。
目の前で『ヒュッ』という空気を切る音がした。
続いて右方向で『ガゴッ!』という鈍い衝突音が生じた。
「ひっ!!」と、梢はしゃがみ込む。まだ視力は回復しない。
だが、見えたとしても恐怖で目を開けていられないだろう。
暗闇の中で『ギュッ、キュ』という床を踏む音が聞こえた。
そして再び空を切る音。
今度は『ブンッ』という風に聞こえる。
それに続いて梢の左側で『ガゴン!』という衝突音が響く。
梢は耳を塞ぎながらイヤイヤをした。
「止めて、止めて……」
身体が硬直して逃げることすら思い浮かばなかった。
そうこうしている内に『ギュッ』と、不吉な予告があって『ブンッ!』『ガゴッ!』という一連の暴力的な音が容赦なく梢の間近で繰り返された。
「お願い……だから。止めて……」
梢の懇願が相手に届いたのか4回目のソレは起きなかった。
代わりに『キュッ、キュッ』という遠ざかる足音と何者かが去っていく気配がした。
……とりあえず脅威は去った。
だが、暗闇の中で淡々と振るわれた暴力によって梢の精神はボロボロにされてしまった。
その人物は無言で攻撃を仕掛けてきた。
それが玲実や望海でないことは確かだ。
しばらくして明かりが復活した。
そして望海と玲実が同時に書斎に入ってきた。
「梢!? どうしたの!」
望海が駆け寄ってきて震える梢を抱きしめる。
バスローブ姿の玲実が室内の様子を見て驚く。
「何があったの? 凄い音がしてたみたいだけど……え? これは!?」
玲実は破壊されたデスクや書棚を見て絶句した。
銅像も破壊されて、顔面の右半分がグシャリと潰れている。
望海が梢のすぐ近くの床が大きく凹んでいるのを発見した。
「なにソレ……床に穴が開きそうじゃない」
梢はガタガタ震えながら姉にしがみつく。
「怖かった、怖かったよぅ……」
望海は梢の頭を撫でる。
「もう大丈夫。落ち着いたら教えて。何があったのか」
お嬢様の玲実は、探偵みたいにデスクに開いた穴と書棚の凹み具合を無言で観察する。
そして険しい表情を見せる。
「何かが激しくぶつかったみたい……」
それを聞いて望海が「あの大きな音は……」と、思い出すような素振りをみせる。
望海に抱かれながら梢が必死に説明する。
「ま、真っ暗になって、誰かが襲ってきたの。何にも見えなくて。何かブンって音がして、ガコンて音が……1回、2回……3回も!」
玲実が首を傾げる。
「誰かに襲われたですって? 私はお風呂に入っていた時に停電になったんだけど……誰か入ってきたなんて気づかなかったわ」
望海も同意する。
「アタシは2階に居た時に突然、真っ暗になって驚いた。その後で下が騒がしいなって思って下りようとしたんだけど何も見えなくて……」
そこで玲実がハッとしてパタパタと部屋の外に出て行った。
そしてしばらくして戻ってくると深刻そうな顔で報告する。
「大変! 玄関が開いているわ……」
そう告げてバスローブ姿の玲実はブルッと震えた。
それは玄関が開いていたことによる外気の寒さなのか恐怖によるものかは分からない。
望海は「ちょっと待ってて」と、梢を置いて自らも玄関を調べに行った。
そして玲実と同じように強張った顔つきで戻って来ると、やれやれといった風に首を振った。
「確かに半分開いてた。やっぱり誰かが侵入してきたんだわ」
薄々分かっていたこととはいえ、その言葉に梢と玲実が改めて恐怖する。
玲実が頭を抱える。
「でも、誰が何のために?」
望海は悔しそうに答える。
「分からない。けど、足跡があった。この家から離れていくように」
「そうなの? 外は雪だものね」と、玲実が頬に手を当てる。
「くっきりとした足跡だった。時間的に考えて犯人のものに違いないわ」
3人は、おのおの書斎で考え込んだ。
そして望海が決心したように頷く。
「うん。今夜は警戒しないと。武器を持って」
その言葉に梢が緊張する。
「ぶ、武器……」
玲実は怒りを含んだ顔つきで同意する。
「そうね。戸締りはするものの、交代で見張りをつけた方がいいわね」
望海は手を貸して梢を立たせながら憤る。
「誰か知らないけど許さない!」
梢は姉の激怒する姿を不安そうに見つめる。
「でも、誰がこんなこと? もしかしてこの家の住人だったのかな?」
そこは玲実が否定する。
「住人ではないはずよ。この島はきっと私達15人だけだもの。だから犯人はその中の誰かってことになるわ」
玲実は明らかに仲間内の誰かを疑っている。
それもこれまでの経緯からして候補は複数名いると考えているようだ。
望海も同じ考えのようで改めて破壊された箇所を点検しながら分析する。
「この跡……バットか鉄パイプか……」
しかし、梢が首を振る。
「ううん。もっと固いものがぶつかったみたいな音がしたよ」
玲実も、しゃがんで丸く凹んだ床を眺めながら頷く。
「そうね。何かしら。丸い鈍器?」
望海がそれを聞いて「それならそういう武器を持ってる子が犯人ってことね!」と、いきり立つ。
そして、ニヤリと笑みを浮かべて決意を口にする。
「あっちがその気なら……こっちも容赦しない!」




