第39話 決定的な亀裂
―― 私達は殺し合う運命にある!?
望海の言葉を聞いて梢と玲実は固まった。
梢は、今にも泣きだしそうな顔つきで何か反論しようとするが、言葉が出てこない。
玲実は、唇を強く噛んで眉間に皺を寄せている。
望海は自らの仮説を披露する。
「おそらくアタシ達は、殺し合う為に、この島に集められた。変な武器が与えられているのは、そういうことなんだと思う。それに前にも殺し合いがあった痕跡があるわ。あの見張り小屋で見た落書きが証拠よ」
玲実は動揺を隠しながら尋ねる。
「わ、私達も同じ運命を辿るってことなの? 殺し合いなんて……何の意味があるの?」
望海は冷静だ。
「分からない。アタシ達の殺し合いを見て楽しんでる奴がいるのかもしれない。ゲームみたいな感覚で」
玲実は呻く。
「ゲームですって? そんな……」
望海は口元に手を当てながら答える。
「生き残りを賭けたゲームに強制参加。映画とか漫画とかでは良くある設定よ。アタシ達はそれに巻き込まれたの。だとしたら、クリアの条件が問題ね。せめて前に殺し合った人たちが最終的にどうなったのかが分かればいいんだけど。ただ、全員が生きて帰れる可能性は低いような気がする」
玲実は消耗しきった顔で尋ねる。
「他の子達は、このことを知ってるのかしら?」
望海が首を竦めながら応える。
「さあ。もしかしたらモエのグループは知ってるかも。小屋の落書きを見てるはずだから。ヘレンも同じね。でも、ブタ女の組は知らないんじゃないかな」
玲実は助けを求めるような視線を望海に送った。
「ここで助けを待ち続けても無駄ってこと?」
「おそらくは」と、望海の反応は素っ気ない。
梢はショックを受け過ぎて、2人の会話が頭に入ってこない様子だ。
そんな妹をチラ見して望海は今後の方針について提案する。
「どのみち食べるものがもう無いわ。どこかに探しに行かないと。それにブタ女は食い意地が張ってるから、いずれは食料を巡って衝突すると思うんだよね。だから早めに敵の戦力を把握しておかないと」
玲実は目を閉じて少し考えを整理した。
そして意を決したように立ち上がる。
「分かったわ。とにかく残った人間の中で主導権が握れるように立ち回りましょう」
幾分、覇気を取り戻したかのような玲実の表情を見て望海は「そうこなっくちゃ」と、表情を緩めた。
そして自分も元気よく立ち上がる。
「取りあえず島の探索を続けて手掛かりを探そ。前の人達が他にもヒントを残してるかもしれないから。殺し合いは他の連中にやらせておこうよ」
望海の作戦は、ヘレンとモエ達との戦いは傍観しつつ、和佳子達を牽制して主導権を握ること。
そして、この理不尽と思われる状況を打破するための情報を、前人が残した痕跡から見つけることだった。
自分達が生き残る確率を上げる為には、この『いびつな勢力図』を利用して駆け引きに勝たなくてはならない。
望海はそう考えていたのだ。
* * *
昨夜、相談した結果、イリア達は雪の町を出ることにした。
これ以上の食料は持ちきれないこと。
そして何よりも、ぽっちゃり和佳子との争いを避けるためだ。
また、ツインテール桐子の「地図の中で足を踏み入れていない場所も確認しておきたい」という意向もあった。
そこでイリア・智世・桐子の3人は、雪の町を出て、地図の上側を経由して右方向に移動することにしたのだ。
朝の比較的早い時間帯ということもあって雪の表面は硬く、踏み込む足先が積雪を押し潰す音が『ザクリ、ザクリ』と響いた。
先頭を歩く桐子が足を引き上げながら笑う。
「うわぁ硬ってえ! この様子じゃ、昨日の夜は雪が降らなかったんだな」
白い息を弾ませて桐子は雪を踏む。
智世は桐子の作った足跡を追ってチョコチョコと付いて行く。
イリアは落ち着いた足取りで最後尾を進む。
桐子が「段々と道が分からなくなってきたな」と、顔を顰める。
彼女の言うように、前方には建物の並びが切れて、平原だか町中だか判別できないような平坦な白が広がっていた。
方向はこれで合っていると思われる。
だが、その寂しい風景は迷子になった時のような心細さを感じさせた。
雪に覆われた世界では生物の動きが皆無だ。その分、音には敏感になる。
溶けかかった雪が落ちる音に何度も驚かされる。
しばらく歩いた所でイリアが、ふいに立ち止まる。
イリアはなぜか周囲を警戒するような素振りを見せてから「危ない!」と、智世を突き飛ばした。
「きゃ!」と、智世が前方向に転ぶのと同時に『シャッ!』という風を切る音が彼女の背後を過った。
そして『ザンッ!』という音が智世の直ぐ傍で発生した。
どうやら何かが飛んできて刺さったらしい。
それは斜め後方から飛んで来たように思われた。
イリアがその軌道から出所を探ろうと振り返る。
そして叫ぶ。
「卑怯者!」
その方向には人影が認められる。
50メートル近く離れているだろうか。
だが、その背格好から相手が誰であるかは容易に判明した。
桐子が突き刺さった物体を見て「バカな……」と、呻く。
さらにガバッと振り返り、イリアの視線の先に居る人間に向かって叫んだ。
「和佳子っ! 何するんだっ!」
しばらく睨み合いが続いた。
まるで時が止まったかのように冷たい空気が周囲を凍てつかせた。
双方の吐息だけが白く揺らめく。
そんな中、ぽっちゃり和佳子が、ゆっくりと向かってきた。
その足取りは堂々たるものだった。
彼女は胸を張って真っ直ぐに、こちらを見つめている。
『ザクリ、ザクリ』という単調な響きを聞きながらイリアと桐子は無言で彼女の到着を迎え入れた。
和佳子はイリアの前まで来ると、不機嫌そうな顔でイリアと桐子の顔を見比べた。
そして一言、「なに勝手なことしてるの?」と、言い放った。
その太々《ふてぶて》しい物言いに、桐子が一瞬、言葉に詰まったが、すぐに反論する。
「ボク等の判断だ。君達にいちいち断る必要は無いよ」
イリアも桐子に続く。
「昨日の一件を忘れたの? 私達が離れる方がお互いの為よ」
しかし、和佳子は鬼の形相で睨んでくるだけだ。
そこに和佳子の後方から委員長の利恵と姉御の愛衣が走ってくるのが見えた。
雪の上をぎこちなく走る2人。
それを待つ一向。
ようやく利恵と愛衣が到着したところで6人が再び揃った。
そこでツインテール桐子が利恵と愛衣に状況を説明する。
「ボク達が町を離れようとしたら和佳子のアレが飛んできて足止めされたんだ」
桐子の説明を聞いて利恵の顔が強張った。
「え!? 和佳子さん、なんでそれを投げたの? 仲間でしょ?」
桐子が抗議する。
「危うく智世に当たるとこだったんだぜ」
和佳子が、ぼそっと呟く。
「仲間なんかじゃない……」
委員長の利恵がその言葉を聞いて咎める。
「何言ってるの! 引き止めるにしてもやり方が……」
そこまで言って利恵がハッとした。
彼女は昨日、サーベルタイガーを倒した後に和佳子が言っていたことが本気だったのではないかと思った。
「和佳子さん! あなた、まさか!?」
和佳子はプイと顔を逸らしてふて腐れた顔を見せる。
その態度に利恵は不安を覚えた。
その時、イリアが口を挟んだ。
「あなた。本気で殺そうとしたでしょ」
その指摘が図星だったのか、和佳子がイリアを睨みつける。
イリアは和佳子に向かって吐き捨てる。
「汚いやり方。後ろから攻撃するなんて。私が察知してなければ当たってたわ」
そこで和佳子が「察知した!?」と、驚愕した。
イリアは冷静に言う。
「感じたのよ。うまく言葉で表現できないけど。悪意のようなものが」
それを聞いて和佳子が悔しがる。
「クソッ! それでか!」
その様子を見て利恵は頭を抱えた。
やはり和佳子は本気で智世を狙ってトライデントを投げたのだろう。
「和佳子さん! 幾らなんでも!」
利恵の言葉に和佳子は「うるさいっ!」と、激しく拒否反応を示す。
そして「んもぉおっ!」と叫ぶと、イリアと桐子を突き飛ばして智世に向かって突進した。
智世はトライデントが刺さった場所にぽつんと立っている。
和佳子はダッシュで接近する。
そしてトライデントを掴むとそれを引き抜き「死ねっ!」と、智世に襲い掛かる!
突然の出来事に智世が後ずさりする。
和佳子は「死っねぇいいい!」と、言葉にならない叫びを発しながらトライデントを掲げると、投手が振りかぶるような動作で鉾先を智世にぶつけようとした。
が、イリアがハルバードを持って間に割って入る。
『ガキィィン!』と、武器同士が激しくぶつかり合う。
桐子が「もう! なにやってんだよ!」と、天を仰ぐ。
ぽっちゃり和佳子の攻撃をイリアが受け止める形で、二度三度と両者の武器が衝突する。
必死の形相の和佳子に対してイリアには余裕がある。
が、和佳子が一歩下がって、いったん攻撃を止めた。
そしてトライデントを積雪に突き刺すとポケットから何かを取り出した。
それは缶詰のように見える。
和佳子は無言でそれを開けると、イリアに向かって投げつけた。
缶は中味をぶちまけながらイリアに向かって飛んでいく。
イリアは身を引いてそれを避けるが少し液体がかかってしまった。
すると次の瞬間、「うっ!」と、イリアの顔が歪む。
それもそのはずだ。
缶の中味は周囲に激臭を拡散するほど臭い物だったのだ。
智世も「臭っ!」と、鼻を押さえる。
利恵や桐子も異変に気付く。そして騒ぎ出す。
「なに!? この変な匂い!」
「臭すぎる! 強烈だ!」
愛衣も鼻を手で覆いながら信じられないという顔をしている。
流石のイリアも想定外の攻撃に集中力を欠いてしまった。
汁のようなものが頬にも着いてしまったのだ。
それがかなりキツイ匂いを発していて目を開けていられない。
だが、和佳子はそれを狙っていた。
イリアが怯んだところに「おまえ、邪魔なんだよっ!」と、渾身の突きを繰り出そうとした。
薄く瞼を開けたイリアの瞳に和佳子の突き出す鉾先が映った。
「しまった!」と、イリアが身をよじろうとするが、間に合いそうにない。
イリアは覚悟した。
しかし、衝撃は来ない。
代わりに「ぐ、ぐぅ……また!」という和佳子の呻き声が聞こえた。
イリアが薄目を開けると和佳子が槍を突く姿勢のまま固まっている。
「く、くそ……また……」
苦しそうな和佳子の様子を見てイリアは振り返った。
鼻をつく強烈な匂いで痛むその目には智世の姿が映った。
そして彼女の目は赤いように見えた。
やはり智世が金縛りの能力で和佳子の動きを止めたのだ。
だが、安心したのも束の間、イリアは智世の立ち姿に衝撃を受けた。
なぜなら、あの臆病な智世が銃を構えていたからだ。
「なっ!?」と、イリアが呻くと同時に智世が「ああああっ!」と、叫びながら発砲した。
『パンッ! パンッ! パンッ!』と、3回の発砲音が響いた。
強烈な音に耳が塞がれ、身体が硬直する。
何が起こったかを把握するまでに数秒を要した。
イリアが辛うじて目を開けた時、そこには衝撃的な光景があった。
「う、うぐ……」と、和佳子は膝を着いて呻いている。
その右腕からは血が流れ出ている。
どうやら智世の放った銃弾が当たったらしい。
金縛りはとけているようだが、和佳子は完全に戦意喪失している。
イリアの背後で智世が絶叫する。
「ダメなんだからっ! 許さないっ!」
智世は銃を構えたまま和佳子に近づこうとした。
至近距離で止めを刺そうというのだろうか?
それを止めようにもイリアはまともに目すら開けられない。
「だめよ。それ以上……」というイリアの願いも虚しく、智世は跪く和佳子の側にまで近づくと銃口を頭に向けた。
その距離、30センチ。
その距離だと確実に命中すると思われた。
そこに「やめてっ!」と、委員長の利恵が突進してきた。
利恵は智世を手で押しのけると和佳子を庇うように身を張った。
だが、智世も引かない。
彼女は数歩下がったところで今度は銃口を利恵に向ける。
「邪魔しないでっ!」と、智世が引き金を引く。
『パンッ! パンッ!!』と、銃声がして利恵の左肩と右頬を弾が掠める。
だが、利恵は「やめなさいっ!」と、ハンマーを振り上げる。
そして、銃を持った智世の手を払うようにハンマーを振るった。
決して強い振りではない。
だが、利恵が考えていた以上に強い衝撃で智世の腕と銃が吹っ飛ばされた。
智世が「い、いだいよ!」と、苦痛に顔を歪める。
そこにようやく桐子が入ってきて場を収めようとする。
「止めだ、止め! 止めよ! もう一緒に居ない方がいい!」
武器を手にしていない愛衣は和佳子を介抱しながら複雑な表情で桐子の顔を見上げる。
和佳子は撃たれた箇所を押さえながら悶え苦しんでいる。
利恵はハンマーを下すと瞬きしながら智世を見て、直ぐに顔を背けた。
イリアは雪を掬って匂いを落とそうと汁の付着した場所を、しきりにこすった。
しかし、中々匂いが取れずに苦戦している。
桐子は智世を立たせて荷物をまとめ始めた。
そして、利恵に向かって声を掛ける。
「利恵。和佳子を頼む。ボクは智世とイリアを連れて、このまま行くから」
桐子は事務的な口調でそう告げるとクルリと利恵に背を向けた。
その冷たい態度に利恵は返事をしようとして躊躇った。
―― 決定的な亀裂。
そんな言葉が利恵の頭を過った。




