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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第34話 仕組まれた舞台

 山海荘の浴場で汗を流しながら望海が宣言する。

「アタシ、やっぱり自分の武器を探す!」


 隣で身体を洗っていた玲実がそれを聞いて尋ねる。

「なんで? 大丈夫よ。私の武器と梢ちゃんの武器があれば十分じゃない?」


 望みは首を振る。

「いや。安心できない。あの小屋の落書き……アレを見ちゃったからね」


 望海はモエが立ち去った後、縄梯子を使って見張り小屋の中を見てきたのだ。


 ヘレンが籠城ろうじょうしていた見張り小屋は、グレネード弾の直撃で床に穴が開き、派手に燃えた箇所もあったが半壊までは至っていなかった。


 それなので、壁の落書きは残っていたのだ。


 梢が身体を洗う手を止めて姉の望海を見る。

「例の地図も壁に書いてあったんでしょ?」


「うん。でも、それだけじゃない。『あと3人』とか『殺ス!!』とか書いてあった。それ見て、ぞっとしたんだよね。凄い怨念おんねんというか執念?」


「やだ、お姉ちゃん。『あと3人』、『絶対生き残る』っていうのは仲間が3人になっちゃったけど生き残りたいって意味なんじゃないの?」


「そうかなぁ。アタシは、殺す対象があと3人も残ってるって意味だと解釈したけど」

「怖いこと言わないでよ……それじゃ、その落書きを書いた人は、他の人を皆殺にしようとしてたってこと?」


「そうなんじゃない? あるいは殺し合ってたとか?」


 望海が、さらりと口にした恐ろしい考えに梢は目を見開いた。


「殺し合い!? 誰が? 何のために?」

 梢は泡を流すためのシャワーヘッドを持ったまま身震いした。


 望海は泡を流しながら首を振る。

「さあ。それは分らない。けど、アタシ達より前に何かあったんだよ」


 梢は恐々と尋ねる。

「映画とかドラマのセットだったって可能性はないの? 誰かが本当に殺し合ったなんて大事件として報道されるでしょ……」


 だが、見張り小屋で実物を見てしまった望海は、本当に殺し合いがあったと信じている。


 そんな双子の会話を聞きながら、傷ついた足を慎重に洗っていた玲実が顔を上げる。

「皆殺しって……その殺人鬼がまだこの島に居る可能性はあるのかしら?」


 玲実の疑問に望海が即答する。

「それは無いと思う。だって、そんなのが居たらとっくにアタシ達、襲われてるよ。だって油断だらけだもん」


 玲実がそれを受けて苦笑する。

「そうね。私達、緊張感が無さすぎよね。確かに殺人鬼が居たら最初に狙われるのは私達だわ」


 望海がドヤ顔で頷く。

「でしょ? だからもう居ないんだって。島を脱出したか自滅したかで」


 しかし、小心者の梢は安心できない。

「ホントにホント? 殺人鬼なんて嫌。ねえ、もう外に出るの止めよ?」


「なに言ってんの。アタシの武器がまだ見つかってないじゃない」

「もういいよぅ! お姉ちゃんの武器が無くても私と玲実ちゃんのがあるじゃない」


「それじゃダメなの! 絶対、要るの」

 その後に続く言葉を望海はあえて口にしなかった。


 本当は『アタシ自身が生き残る為に』というフレーズが続くはずだったが、梢と玲実の前でそれを言うことは適切ではないと思ったからだ。


 玲実が少し考え事をした後で何気なく言う。

「殺人鬼は居ないとなると……あの子は誰に殺されたのかしら?」


 それを聞いて望海が「あ!」と、何かを思い出す。

「どうしたの? お姉ちゃん」


 望海が手を打つ。

「そうだった! 2日目の朝に殺された子!」


 南風荘の惨劇が3人の脳裏を過った。

 2日目の朝に愛衣の妹分である敏美が何者かに喉を切り裂かれて殺害された事件。


 このように非日常的な状況下において、しかも誰も口にしたがらないので、これまで思い出すことが無かったが、普通ならそれはとんでもない大事件だ。


 望海が、うわ言のように呟く。

「誰が……何のために……」


 真剣な表情でしばらく考えていた望海の目が光る。

「明日、朝イチで確認しよう」


「え? 何を?」と、梢が怪訝そうに姉の顔を見る。


「あの旅館に行ってみる。気になることがあるから」

 そう言って望海は解決の糸口を見つけた名探偵のように考え込む仕草を見せた。


 梢は心配する。

「止めなよ。また喧嘩になっちゃうよ?」


 だが、望海は自らの考えを口にする。

「もしかしたら、これは仕組まれたことなんじゃないかな?」


 望海の言葉に玲実が驚いて尋ねる。

「なぜそう思うの?」


「あの小屋の落書きを読んで大体のことは理解できた。それにね。お墓のこと。なんで位置がバラバラなんだと思う? あれってアタシ達の名前が刻まれてるようだけど、本当は前にここで死んだ人たちのお墓なんじゃないかな? アタシは落書きを見てそう思った。あの地図を書いた人は誰かが死んだ場所に×印をつけてた。それって殺し合いをした記録なんじゃないかなって思うの」


 望海の言葉に梢が怖がる。

「お姉ちゃんは怖くないの!? だって誰かが人を殺すんだよ?」


「うーん。でも、顔も知らない人達だからねえ。怖いも何も……」


 望海は他人事のようにそう言うが、玲実も真剣な表情で頷く。

「なるほどね。殺し合いか……冷静に考えれば私達と同じ目に合った人たちが居るってことよね」


 望海は確信めいた自らの考えにウンウンと頷く。そして立ち上がった。

「アタシの推理が合ってるかどうか……明日、確かめてみる!」


    *    *    *


 ―― 常に他人の目を意識して行動しなさい。


 それが玲実の母親の口癖だった。

 母だけではない。同居する祖母もマナーや言葉遣いには厳しく、同じようなニュアンスのことを再三、口にした。


 ともに『天草家あまくさけの一人娘に相応しい』という枕詞を繰り返し、玲実にお嬢様としての立ち振る舞いを強く求めた。


 玲実が生まれた天草家はいわゆる名家だった。

 そして幸か不幸か、玲実はそんな家の一人娘として生まれてしまった。


 幼い頃から上流階級の英才教育を受けてきた玲実にとって、母や祖母の教えはごく当たり前のものだった。


 しかし、いつからか窮屈きゅうくつに思うことも出始めた。

 小学校の高学年にもなれば、少しずつ客観性が身に付き、他人とのギャップにも敏感になる。


 お嬢様として気高く振る舞う自分に対する他人の微妙な距離感に気付き、心を痛めることも度々あった。


 他人の冷たい視線にも無関心ではいられない。

 そして『気高く振る舞う為には他人を見下して接するように』という祖母の教えだけは、どうしても納得できなかった。


 なぜなら自分は小心者で、祖母のように傲慢にはなれない。

 だからこそ、いつも無理をして高飛車な自分を演出していた。


 本当は誰かと対等に本音を語り合いたい。

 祖母が目を吊り上げるような言葉遣いで友達と笑い合いたい。


 いつしかそんな願望が玲実の内面に深く広がっていった。


 それを表に出すことは殆ど無かった。

 だが、いつか素の自分をさらけ出せる日が来るのではないかという希望は今でも捨てていない。


 そんなことを考えながら玲実は、山海荘のロビー兼ラウンジで紅茶を飲み、海を眺めた。


 朝の陽ざしを浴びた海面は、まるで子供が綺麗な石を見せびらかすように輝きを見せつけている。


 その表面に集められた細やかな光は、絶えずぶつかり合い重なり合って、穏やかな波の輪郭を黄金色に染めている。


 その時、ラウンジに梢が入ってきた。


「あれ? お姉ちゃんは?」

 梢はそういってロビーを見回した。


「さあ? 見てないけど?」と、玲実がカップを持ったまま上品に小首を傾げる。


「おかしいなあ。お姉ちゃんがこんなに早起きするなんて」


「そういえば昨日、確かめたいことがあるって言ってたわね」


「あ、そっか。確かお風呂でそんなこと言ってたっけ。じゃあ、ひとりで出掛けちゃったのかなぁ」

 そう言って梢は玲実の視線の先を目で追った。


     *    *    *


 その頃、望海は南風荘の周りをうろついていた。


「参ったなあ。どこも開いてない」


 朝早いにもかかわらず南風荘には誰も居ない。どの出入口も施錠されていて、呼び出しても無反応だ。


 望海は溜息をつく。

「2階の現場を見たかったんだけどな」


 かといって、流石にガラスを割って侵入するのははばかられた。


 止む無く、また裏手に回って南風荘の建物を裏から臨む。


 南風荘の裏手は目前まで山の斜面が迫っていて、余り手入れのされていない林が裏庭代わりになっている。


 望海は事件のあった部屋、すなわち2階の『竹の間』にあたると思われる客室の窓を特定した。


「階段があっちだから……奥の部屋はあれだよね」


 望海は思い出す。


 敏美が殺害された時、望海は皆が大騒ぎするのを聞いて目を覚ました。

 そして遅れて竹の間に入った。


 敏美は、出窓にもたれかかる形で首から激しく出血していた。

 だが、あの時点ではまだ生きていた。

 つまり、皆が駆けつけたのは首を掻き切られた直後だったと考えられる。


 そこで望海はあの時、梢に嫌味を言われながらも『密室説』を展開しようとした。

 なぜなら1階はすべて施錠されていて、しかも詩織と愛衣が起きていたという。


 それ以外の2階に居たメンバーは悲鳴を聞いて目が覚めたと口を揃える。


 そして竹の間の窓も閉まっていた。

 となると、2階の誰かが嘘をついていることになる。


 結局、あの時は望海が推理を展開することも許されず、2階への立ち入りも禁止されてしまった。

 その後、事件のことを思い出したくないという心理からか、誰も殺人の件については触れなかった。


 だが、望海にはそれが原点のように思えてならなかった。


「鍵は凶器……ミステリーの定番よね」


 ミステリー好きの望海にとって、それは至ってシンプルな発想だった。


 凶器が見つかれば大きな手掛かりになる。

 だが、隅から隅まで南風荘内を探索した訳ではないが凶器は見当たらなかった。


 それに血痕も他の箇所では発見できなかった。


 敏美の出血具合からして凶器には大量の血が着いていた可能性が高い。

 仮に凶器をタオルか何かで包んだとしても、どこかに血は付着してしまうのではないだろうか? 


「となると考えられる可能性はひとつ。窓の外に捨てたか……」


 望海は竹の間の真下から裏山に向かって歩いてみた。


 雑草や茂みに覆われたスペースにはこれといって変わった点は無い。


 草を掻き分け、しばらく捜索していると白っぽい物が目に入った。

 草木に紛れて固形物の一端が顔を覗かせている。


「まさか!?」

 望海は慎重に草を掻き分け、その物体の全容を確かめようとした。


 そしてその手が止まる。

「これは……」


 それは探していた凶器では無かった。

 だが、がっかりする代わりに乾いた笑いがこみ上げてきた。


「なにコレ……まさかこんなトコにあったなんてね」


 望海は思わぬ成果に素直に喜んでよいのか迷った。

 なぜなら、そこには探していたものがあったからだ。


 十字架を模した白い墓標には『NOZOMI』の文字。

 そしてその脇には武器らしきものが放置されている。


 それは双剣だった。

 ちょうど2つの剣がクロスする形でくっ付いている。


 ひとつは三日月のようなフォルムの刃に持ち手がついている。

 もう一方は刃渡りが50センチはあろうかと思われる小刀。

 それが×印のように重なっている。


 試しにそれを持ってみた。右手と左手でそれぞれの持ち手を握る。

 くっと力を入れるとそれが分離した。


「あっ!! 外れた……」


 望海は右手に三日月、左手に小刀を持つ形でそれを振り回してみた。

 重くはない。


「凄い。二刀流だわ」


 ふと、三日月の剣に目を遣る。赤黒い物が付着している。


 まさかと思って武器の落ちていた場所を注意深く見てみる。


 すると枯れかけた草にも赤黒いものが幾つか見受けられた。


「まさか!?」と、望海は南風荘の2階を見上げた。ここからは直線距離で15メートルぐらいだ。


「あそこからなら届くかも……」


 しかし、よりによって敏美を殺害した凶器かもしれないものが自分の武器だとは……。


 そのせいで混乱してしまった。


「何なのよ……」


 望海は泣きそうな顔で頭を抱えた。


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