第30話 メッセージ
先客の存在。
それは、雪の町の家々を回って気付いたことだ。
ベレー帽の智世は、イリアの横顔を見ながらオドオドしたように口を挟む。
「も、もしかしたら仲間かも? 会えれば協力し合えるんじゃない?」
だが、イリアは否定的だ。
「友好的とは限らないわ。仮に生き残りが居たとしても」
ツインテール桐子が「ちょっ、それはどういう意味だよ?」と、目を丸くする。
イリアは窓の外を見ながら自分の考えを口にする。
「生き残りが居る可能性は低いと思う。もし、誰か残っているなら港町に居るはずだから。少なくともこんな寒い所には潜伏していないと思う」
桐子が顎に指を当てながら感心する。
「それは一理あるな。この島ではあの辺が一番、過ごし易いだろうからね」
智世のスケッチブックに描かれた地図によると、この島は大きく4つの領域に分類される。
ひとつめは港の民宿街から、この雪の町に繋がるトンネルまでの部分。
これは日本のどこかの島と考えられる。
ちょっと家電の型が古いが、室内には日本語だらけだった。
2つ目は、この雪が積もる町。
3つ目が湿地帯や森のあるゾーン、そして4つ目が何も建物らしきものが存在しない地帯だ。
ここはモエ達しか訪れていないので砂漠地帯であることをイリア達は知らなかった。
だが、オアシスのようなものは描かれているが、建物を表す四角が、ひとつも描かれていないことから、長期間滞在するには不適切であることは予想できた。
イリアは神妙な顔つきで続ける。
「あまり考えたくはないことだけど、前にここに来た誰か……いや、誰かさん達と言ったほうがいいかな。その人達は全滅したか無事に島を脱出したか、どっちかだと思う」
そこで、ツインテール桐子が息を飲んだ。
『全滅』という単語に思い当たる節があったからだ。
智世は話の深刻さについていけずに戸惑っている。
桐子はイリアが自分と同じ考えを持っていることに安心しながらも苦笑するしかなかった。
「同感だね。ボクの考えもそれに近い。恐らくは、この島で誰かが争い合った。いや、殺し合ったと言ったほうが正確かな」
イリアも桐子の考えに同意する。
「そういう形跡があちこちにあるのは、その証拠ね。モンスターにやられた可能性もゼロではないけど」
「ああ、その線もあるか。ヤバイのがいるからね。この島には」
桐子の台詞を聞いてイリアが何かを思い出す。
「あ、そうだ。みんなには言ってなかったんだけど。実はこういうものを見つけたの」
イリアはそう言ってリュックのサイドポケットから小さな紙切れを取り出した。
桐子がパンをテーブルに置いてそれを受け取る。
そしてそこに手書きされた文面に目を走らせる。
<はじめてのキャンプ。女の子だけで不安だったけど
やればできるじゃん!海辺のバーベキューは、おに
くがこげちゃったけど、食べれないわけじゃないし
たまには外で食べるのも悪くない。食後はわたしの
すきなカステラをデザートにしたかったけど残念!
けっきょくパイナップルになっちゃったんだ。みぎ
てにはケータイをずっと持ってたんだけどやっぱり
ここには電波がきてないんだよね。マジありえない。
ろく人の子が彼氏を地元においてきてたからホント
さみしそうだよね。つらいよね。せめて声だけでも。
れんらくできないならけいたいの意味ないじゃんか。
るすでんだらけになってても困るよね。帰ってから。>
桐子は変な顔をしてそれを読んだが直ぐに気付いた。
「これは! ひょっとして縦読み?」
イリアが頷く。
「うん。改行が変だし漢字の使い方も不自然でしょ。それに『6人』を平仮名で『ろく人』だなんて普通は書かない」
桐子は文字の先頭部分を読み上げる。
「早く助けて殺される……やっぱり何かあったんだな」
智世が上目遣いで言う。
「誰が書いたものかは分からないの」
桐子は眉間に皺を寄せて唸る。
「うーん。女の子だけでキャンプか。ボク達と境遇は似てるといっちゃ似てるんだけど」
イリアと智世は桐子の反応を見ている。
桐子は首を竦めながら尋ねる。
「キミ達、これをどこで?」
それにはイリアが答える。
「海岸で見つけたの。瓶に入って海に浮かんでた。恐らく、外部の人間に助けを求めたものだと思う」
桐子が唸る。
「ううん。分からないな。今時、小瓶に詰めたSOSとか……不確実にも程がある。でも、それだけ追い詰められていたってことか?」
イリアが首を傾げる。
「それに何で暗号みたいな書き方なのかしら? 助けて欲しいなら『誰か助けて殺される』でいいと思うんだけど……」
桐子はさらに考えを巡らせる。
「少なくともこれを書いたのはボク等15人の誰かではないね。ということは、やっぱりこの島でとんでもない事が起こったんだ」
イリアは桐子に考えを求める。
「島の住民が襲われた可能性は?」
「どうだろう。第三者がこの島を襲ったという可能性もゼロではないね。ただ、何のメリットも無いような気もする。となると、この変な島でボク達より前に居た人間が争ったか、その中の誰かが仲間を襲ったかと考えられるね」
イリアは、なるほどといった風に頷いてさらに質問する。
「争うとしたら原因は何?」
「何って、それは食べ物……」と、そこまで言いかけて桐子はハッとした。
イリアは答えを持っている。
そのうえで確かめる為に桐子に質問したのだ。
桐子はその表情を見て悟った。
「そうか……それでキミは不思議そうな顔をしてたんだね? 分かったよ。つまり、食べ物が原因ではない。なぜなら食料が原因で奪い合ったのなら何で食料が残されているか説明がつかないからね」
桐子の答えにイリアが大きく頷く。
「ええ。そもそも民宿の売店に食料があった時点でおかしいと気付くべきだったわ。私達より前に、この島で誰かと誰かが戦った。そして、その原因は食料争いではなかった」
桐子は頭を抱える。
「ああ嫌だ。考えたくも無いね。理由が分からない。武器やお墓の存在。戦った痕跡。誰がそんなことを……」
桐子はそう言ってソファに勢いよく座った。
そして疲れ切ったような顔で目を閉じた。
その横に智世がちょこんと座る。
彼女もまた不安に押しつぶされそうな顔つきで目を閉じた。
そんな2人をよそに、しばらくリビングを眺めていたイリアが「あれ?」と、何かを見つけた。
「これは……」と、イリアはボードの上にあったビデオカメラに手を伸ばす。
それは少し古い型のものだ。
ソファの桐子が声を掛ける。
「何か使えそうなものがあったのかい?」
イリアはビデオカメラを持ってソファの2人に向かって言う。
「これ。日本製だよ」
「え?」と、桐子がキョトンとする。
ロシア製品で占められる部屋に日本製のビデオカメラがあるのはおかしい、とイリアは思ったのだ。
イリアはカメラのボタンを確かめながら少し巻き戻して再生ボタンを押した。
そしてカメラ側面の小さな液晶画面に映し出される映像を確認する。
『……えっと……あれ? ちゃんと映ってるかな』
カメラのスピーカーから流れてきた日本語に3人が色めき立つ。
「ちょっ! これって!」と、興奮する桐子をイリアが「しっ!」と、制する。
そして3人で小さな画面を覗き込む。
そこに映っていた女の子は知らない子だった。
15人のうちの誰でもない。
年齢はイリア達と同じぐらいだが、黒髪セミロングのキレイ系の女の子だ。
どこかの学校の制服にベージュのハーフコートを羽織っている。
その女の子は自撮りで動画を撮影しようとしているらしい。
『よし。じゃ、さっそく……』
映像の女の子はひとつ咳払いをしてカメラ目線で語りだした。
『ミーコ、ハルちゃん。これを見てくれたらいいんだけど。とにかく、分かったことを伝えるね』
ツインテール桐子が「ミーコって誰?」と、顔を顰めるが、イリアと智世は画面に集中している。
動画が撮影された場所はこのリビングに違いない。
ボードにカメラを置いてそこの壁を背に撮影したものだ。
映像の子は悔しそうに首を振る。
『やっぱり殺すと能力を奪えるみたい。その証拠に、あいつ……カナやマキの能力を使ってた。てことは武器だけじゃなくって特殊能力も移るってことなんだと思う』
『ねえ。もう私達を入れて残り6人だよ。このままじゃ、あいつに殺される。力を合わせないと無理』
映像の子は泣きそうな顔でそう訴える。
そして一呼吸置いてから背筋を伸ばすと手にしていた刃物のようなものをカメラに向けた。
『それと大事な事。見てて』
何をしようとしているのか? イリア達は食い入るように画面を見つめる。
そんな中、映像の子は手にした刃物を無言で自らの首にあてがった。
「え? な、なにを……」と、桐子が目を見開く。
智世は手で口を押えて泣き出しそうな顔をしている。
イリアは険しい顔つきで映像に集中している。
そうこうしている間に、映像の子はカメラを見据えたまま刃物をぐっと自分の首に突きたてた!
そして『ウッ!』と、短く喚き声を発し、刃物を横にスライドさせる。
刃物の動きに合わせて彼女の首から血が飛び出す。
「ひえっ!」と、桐子が悲鳴をあげる。
智世は画面から顔を逸らす。
イリアは唖然としながらも画像に釘付けだ。
それは凄惨な映像だった。
十代前半と思われる少女の首切り動画。
それも自分で喉を掻き切るという衝撃的な場面だ。
だが、映像の子は倒れない。
相変わらず厳しい目つきでカメラに向かっている。
やがて血が止まった。
それどころか白い首筋に刻まれた赤のラインがすっと消えていく。
さらに真っ赤に染まっていたはずのブラウスが元の色に変色していく。
まるでフェイクのようだ。
確かに彼女は刃物で自らの喉を切りつけた。
しかし、その痕跡はあっという間に消えてしまった。
イリアが「どういうこと?」と、呟く。
その声で智世が薄目を開けて映像を見る。
そして驚愕する。
「え? なにこれ? 確かに切ってたよ。この子……」
智世の瞬間記憶をもってしても先程の首切りにトリックは発見できなかった。
そして映像の子は両腕をブランと下げながらカメラに向かって言った。
『見たでしょ。これもこの世界の特性。武器でしか死なない。傷つかない……』
その表情は真剣そのもの。
そのくせその目は絶望的な眼差しだった。




