第22話 南風荘組の発見
二手に分かれて武器探索に出ていた南風荘組。
イリア達は無事に武器を発見した。
ハンドガンを持つ智世の手は震えが止まらなかった。
イリアと桐子が黙ってそれを見守る。
智世は「ふぇぇ……無理だよぅ」と、銃を両手で持ったまましゃがみ込む。
崖の上は空気を切り裂くような海風が吹き荒れている。
智世の足元には『TOMOYO』と刻まれた白い十字架が立っている。
そして、そこからそう遠くない場所にもうひとつ、白い十字架と槍のような物が転がっている。
イリアがそれを見ながらいう。
「あっちは野乃花って子の武器ね」
ツインテールの桐子が智世のスケッチブックを見ながら頷く。
「うん。でも、この地図では一個しか×印が書かれてない」
イリアが白い十字架を見比べながら解釈する。
「必ずしも地図通りじゃない。てことは地図に無い武器もあるってことね」
桐子が海風にツインテールの髪をなびかせながら頷く。
「ああ。そうなるね。×印の数は11個だったけど、ここみたいに一か所で2つ存在するケースがあるのかもしれない」
イリアも強風に髪をなびかせながら同意する。
「そうね。てことは、やはり最終的には人数分の武器がある可能性が高いわね」
座り込んで震えるベレー帽の智世。
せっかく武器を手にしたというのに怖くて使うことが出来ない。
イリアが手を貸して智世を立たせる。
「無理しなくていいよ。取りあえず持って行くだけにしとけば?」
桐子は腰に手を当てて頷く。
「だね。まあ、試し撃ちするなら、ここで粘った方が良さそうだけど」
地図でいうと、この場所はハゲタカの下クチバシの先端にあたる。
そして岬の先端が崖になっていて足元の海面までは結構な高さがある。
ここなら海に向かって試し撃ちをするにはもってこいだ。
イリアが智世を支えながらいう。
「私達では引き金すら引けなかった。ということは、やっぱりアナタにしか使えないのよ」
これまでの経緯からするとそうなる。
智世は、ぎゅっと目を閉じて何か考え事をしている。
彼女のベレー帽が風で飛びそうになったのでイリアがそれを押えてやる。
「ありがと」と、智世が涙目でイリアの顔を見る。
桐子が提案する。
「とりあえず帰ろうか。暗くなる前に戻らないと」
港を越えて湿地帯を反時計回りに迂回して、ここまで来るのに2時間近くを要した。
ということは帰るにも同じぐらいの時間は必要だ。
そう考えて3人は来た道を戻ることにした。
途中、湿地帯を進む際に矢倉が目に入った。
見張り台のような矢倉の存在じたいは来る時に気付いていた。
その近辺に×印があることも分かっていたので、帰りはそこを確認していこうと決めていたのだ。
クールなイリアは元々、無駄なことを口にしない。
内気な智世は口数が少ない。
そんな2人と一緒なので桐子は少しやり難さを感じていた。
別にイリアと智世が桐子を除け者にしている訳ではない。
だが、何となく居心地が悪い。
桐子がタイミングを見計らって矢倉のことを口にする。
「あの矢倉は見張り台みたいだね」
その言葉にイリアの反応は無い。彼女は先頭を黙々と歩くだけだ。
代わりに2番手を行く智世が声を出す。
「あれ? おかしいな……」
智世の後姿を見ながら桐子が尋ねる。
「どうしたのさ? 来る時も見ただろ?」
智世はイリアの速度に合わせて一生懸命歩きながら矢倉を指差す。
「梯子が無い」
「梯子だって?」と、桐子が聞き返す。
智世は頷く。
「うん。来る時はあった縄梯子が今は無いよ」
瞬間記憶を持つ智世がそういうのであれば事実なのだろう。
後ろの2人の会話を黙って聞いていたイリアが矢倉に目を向ける。
「確かめてみよう」
そう言ったイリアを先頭に3人は湿地帯の中央を目指した。
ぬかるむ足元に注意しながら真っ直ぐに矢倉を目指す。
そして、その足元まで到達して、桐子が上に向かって声をあげる。
「おおい! 誰か居るのかい?」
しかし返事は無い。
真下から見上げると太い4本の柱が上に向かって伸びていて、見張り小屋の正方形に収束している。
小屋の床には出入り用の穴が開いているのだろうが、ここからでは判別できない。
結局、桐子が何度か呼びかけたが上からの反応は何も無かった。
止む無く3人は諦めて、この近くの×印を確認して帰ることにした。
* * *
驚きの連続に委員長の利恵は興奮していた。
地図に記された『★』印は対になっていて、その位置にある石碑を通して瞬間的に場所を行き来できることが判明したのだ。
山の中腹にあった石碑から雪原に瞬間移動したという事実!
そして移動先で発見した自らの武器の存在に、珍しく利恵のテンションは高かった。
「持てる! 持てるわ!」
そういって利恵は巨大なハンマーを振り回した。
木槌の形をしたハンマーは、見るからに重そうで、ヘッド部分の円周は一抱えする程の大きさだ。
それを苦も無くブンブン振り回すのだから風圧が物凄い。
ぽっちゃり和佳子が腰を抜かす。
「危ないよう!」
「あ、ごめん。つい……」と、利恵が悪びれるでもなく笑顔をみせる。
雪が吹き付ける中で、彼女の息が白く広がる。
姉御の愛衣が腕組みしながら呆れる。
「信じられない怪力ね」
「え? そうかな。本当に軽いんだけど?」
澄まし顔でそういう利恵に和佳子が文句を言う。
「だからって振り回すなんて! 危ないよぅ」
利恵のハンマーは全体が白くペイントされていて、持ち手の部分とヘッドに繋がる芯の部分にロココ調の金細工が施されている。
それはまるで、めでたい席で酒樽を割る木槌みたいに派手だった。
和佳子が寒さにブルッと震える。
「寒いね。雪が強くなってきたよ」
愛衣も石碑を見ながら頷く。
「そうね。利恵さんの武器も見つかったことだし。アレを使って帰りましょうか」
とその時、『ドドド!』という地響きが、どこからともなく現れた。
利恵が「地震?」と、周囲を見回す。
雪が薄く積もった雪原地帯は広々としていて遠くまで白が続いている。
音のする方向に目を向けた和佳子が「ひっ!」と、悲鳴をあげる。
「何? どうしたの?」と、愛衣が振り返る。そして「あっ!」と、驚く。
最後に利恵が音の発生源に気付く。
「あれは……」
見ると、真っ白な平原に赤い炎のような物体が紛れ込んでいた。
それが徐々に大きくなっていく。と同時に地鳴りは酷くなる。
この音の原因、それが真っ赤な物体の接近によるものだと理解するのに、さほど時間はかからなかった。
愛衣が石碑に向かって走る。
「まずいわ! 早く移動しましょ!」
和佳子は「アワワ……」と、またしても腰を抜かしてしまう。
愛衣が和佳子を助け起こす。さらに利恵の背中に向かって叫ぶ。
「利恵さん! 早く逃げて!」
しかし、利恵は右手にハンマーを携えたまま、迫りくる赤い炎に対峙している。
「り、利恵さん?」と、愛衣が声を掛けるが、利恵は動こうとしない。
やがて赤い物体は、その輪郭が、はっきり見て取れる距離まで近づいてきた。
地鳴りは、さらに激しさを増す。
そしてその全容が明らかになった。
和佳子が驚愕する。
「モンスター! 大っきい!」
赤い炎のように見えていた物体は、全身の毛を逆立てた真っ赤な巨大イノシシだった!
燃えるような赤、狂気を孕んだ黄色い目、そして天をも貫きそうな邪悪な牙が目に入った。
その大きさもダンプカー並だ。
「利恵さんっ!」
愛衣の叫びもむなしく、利恵と巨大イノシシの距離は絶望的なまでに縮まっていく。
だが、利恵は落ち着いている。
まるで、大一番の試合に臨む代表選手のように。
「ダメェ!」と、和佳子が絶叫する。
どう見てもそれは自殺行為にしか見えなかった。
利恵は右手のハンマーを振り上げ、すっと左手をハンマーの柄に添える。
そして『イヤァッ!』という掛け声とも叫びともとれる奇声を発した。
その瞬間、巨大イノシシの突進が一寸、鈍ったように見えた。
というよりも急ブレーキがかかったみたいに減速し、反対に利恵の振り下ろすハンマーのスピードが上がった。
傍目には、それらの相対的な速度が入れ替わったように見える。
そして『バギッ!』という強烈な炸裂音が響く。
続いて巨大イノシシの大咆哮が周囲を震え上がらせた。
和佳子と愛衣が思わず耳を塞ぐ。
利恵もハンマーを手放して耳を塞ぎながら苦悶の表情で耐える。
利恵のハンマーで右の牙を割られた巨大イノシシは後ろ足で立ち上がりながら激しく首を前後左右に振った。
しかも、その咆哮は止まない。
大音響の暴威に耐えながら利恵が再びハンマーを手にする。
そして1歩、2歩と力強く前進すると、今度は下から上へ掬い上げるようにハンマーを振り上げた。
それが巨大イノシシの横っ面に『バゴッ!』と、クリーンヒットする!
その豪快な一撃で巨大イノシシの頭が水平移動し、続いて胴体が反転した。
と、同時に巨大な口から吐血やら唾液やらがまき散らされる。
断末魔のような咆哮を残して巨大イノシシはゆっくりと横転する。
『ズシン!』
その巨体が倒れる。
前足を痙攣させ、もがき苦しむ巨体。
それが動かなくなるまでの間、辺りは異様な静けさに包まれていた。
真っ白な雪を染める赤。
その真っ赤なイノシシの毛に、降り続く雪が溜まっていくさまが生々しい。
どれぐらい時間が経っただろうか。
ハンマーを手に呆然とする利恵に愛衣が声を掛けた。
「倒したみたいね……」
ぽっちゃり和佳子が巨大イノシシの死骸と利恵の横顔を交互に見て首を振る。
「よく向かっていったね。尊敬する……」
利恵はハンマーを置き、ゆっくりと眼鏡の位置を直す。
「無我夢中だったから……でも、やれた」
愛衣が呆れたようにいう。
「無謀だわ。でも、筋はいいわよね」
愛衣の言葉に利恵は意味深な笑みを返した。
「とにかく、暗くなる前に帰りましょ」
そういって愛衣は2人を促して石碑に足を向けた。
* * *
張り切って先頭を歩くグラマー野乃花の背中にモエが声を掛ける。
「野乃花、そんなに焦らんでもええよ」
しかし、早く次の目的地に向かいたい野乃花は、軽やかな足取りでジャングル地帯をズンズン進む。
モエの後ろではバテ気味の詩織が乙葉に支えられながら追いかけるのがやっとのようだ。
それでも少しずつ遅れている。
モエが振り返って詩織達との距離を気にする。
「アカンな。もうちょっとで矢倉のところやけど……」
恐らく詩織は砂漠地帯の熱で軽い熱中症になってしまったのだろう。
引き返すなら今のうちだ。
野乃花が目指しているハゲタカ島の下クチバシの先端までの往復を考えると今の詩織には厳しい。
モエは決断した。
「野乃花~! やっぱ、今日は止めとこ! 詩織が限界や」
そういっている間にも前を行く野乃花は湿地帯への入口に差し掛かっている。
「ええ~。だってもう直ぐだヨ!」
そういって野乃花は勝手に先に進んでいく。
モエは乙葉に向かって止まれの仕草をみせる。
「乙葉、そこで休憩や。ウチと野乃花で偵察してくるから。詩織を頼むわ」
「了解~! ここで待ってる。気をつけて!」
乙葉が立ち止まって手を振るのを確認してモエは野乃花を追いかける。
「しゃあないやっちゃな。ドンドン先に行ってしもうて……」
モエの位置からも湿地帯への出口はすぐそこだった。
野乃花の後姿は五十メートルぐらい先だ。
既に彼女は湿地帯に足を踏み入れている。
と、その時、遠くで『パァン!』という花火のような破裂音が聞こえた。
「なんや?」
モエが音の出所を探ろうと周囲を見回す。
だが、それは前方から聞こえてきたように感じた。
そして、野乃花のいる方向に目を向けた時だった。
まるでスローモーションのように野乃花が膝を着き、前のめりに倒れて地面に突っ伏した。
「野乃花!?」
咄嗟にモエは駆け出した。
「野乃花! 野乃花ァ!」
足がもつれそうになるのを堪えて必死に走る。
そして、野乃花に追いついたところで立ち竦んだ。
「野乃花……」
ジャングルと湿地帯の境目にあたる場所で、野乃花は血を流しながら地面に突っ伏していた。
反射的にモエが湿地帯に目を向ける。
そこに『パァン』という破裂音。
目の前が一瞬、真っ白になり、続いてモエの右肩に激痛が走った。
「撃たれた!?」
モエは湿地帯の中央、そこにある矢倉の見張り台を睨みつけた。
「あそこからか!」
モエは瞬時に理解した。そして絶叫する。
「ヘレーン!!」




