第18話 武器を欲する理由
「朝から温泉なんて最高だネ!」
そういってグラマー野乃花はバタ足で湯を跳ね上げた。
「ちょっと! 止めなよ、野乃花」と、乙葉が、お湯を被って苦笑いする。
乙葉の左肩には南風荘を出発する時のイザコザで撃たれた傷が生々《なまなま》しく残っていた。
赤黒いカサブタは痣のようになっている。
一方、同じような傷がモエの右腕にもあった。
モエの傷は2日目に湿地帯で狙撃された時のものだ。
結局、犯人は分らなかったがモエはヘレンだと確信している。
野乃花は小さい子供のように、はしゃいでいる。
「♪天国、天国~ 楽しいナ」
岩に囲まれた露天風呂。
その隣には昨夜泊った小屋がある。
鼻歌混じりで上機嫌な野乃花は、相変わらずの豊満で、放っておくと、おっぱいが湯に浮いてきそうだ。
乙葉はそんな野乃花の隣で考え事をしている。
モエはじっと目を閉じて腕を擦っている。
詩織はリラックスした表情で湯に身を委ねる。
野乃花は無邪気に言う。
「ここで助けを待つのが正解だよネ」
詩織が野乃花の言葉を受けて頷く。
「そ、そ、そうだよね。へ、変な生き物さえ気を付ければ、安全よね」
その言葉にモエが目を開ける。
「せやな。モンスターより人間の方が怖いわ」
それは半ば冗談のような口ぶりだったがモエの本心でもあった。
しばらく沈黙した後でぽつりと乙葉が切り出す。
「実はね。みんなに隠してたことがあるの」
乙葉の神妙な顔つきとは対照的に、野乃花が「エ? なになに?」と、目をクリクリさせる。
乙葉は湯の表面を見つめながら呟く。
「……あのね。あたし、見たんだ。あの見張り台のとこで」
突然の告白にモエと詩織が顔を見合わせる。
流石の野乃花も、妙な空気に気付いて心配そうな顔つきになる。
乙葉はうつむき加減で話を続ける。
「湿地帯のところ。2日目にあの見張り台を見つけた時、あたしだけ登ったでしょ。そんで、中の様子をスマホで写したの」
「それが例の地図やろ?」
「うん。でもね。実は地図以外にも落書きがあったんだ」
「落書きやて? で、何が書いとったん?」
「それがね。『生き残る』とか『あと3人』とか『殺す』とか……」
乙葉の言葉に3人が仰天する。
詩織が「ちょ、ちょっと、そ、それって、どういうこと?」と、キョどる。
「どういうこっちゃ……」と、モエが困惑する。
「そんな……ネ、嘘でしょ? 乙葉ちゃん」
そう言って野乃花が乙葉の腕にしがみつく。
それに対して乙葉は、済まなさそうに首を振る。
「ううん。ホントなんだ……ゴメン。今まで黙ってて」
4人は、しばらく言葉を失った。
「あ、あ、あの武器と、お墓は、そ、そういうことだったんだ……」
詩織の言葉にモエが頷く。
「なるほどな。ウチらに戦えっちゅうことなんか」
野乃花が「ウソ!? 仲間同士で?」と、過剰反応で仰け反る。
モエが腕組みしながら尋ねる。
「あの子、名前なんやったっけ? 2日目の朝に殺された子」
詩織が答える。
「と、と、敏美さん。だったと思う」
「せや。確かそんな名前やったな。アレもそういうことやったんやろな」
そこで詩織がギョっとする。
「じゃ、じゃあ、や、やっぱり敏美さんを殺したのは、わ、私たちの誰かってこと?」
「そうとしか考えられへんやろ」
驚くべき事実に4人が押し黙る。
そして乙葉が沈黙を破る。
「あの落書きは前に誰かが書いたものだと思う。それに神社にもあったよ。誰かが暴れたみたいな痕跡が。あれは多分、武器で戦ったときのもの……」
モエが忌々《いまいま》しそうに頭をかく。
「ということはウチらの前に誰かが武器を持って殺し合った、てことかいな? 生き残るとか、あと3人とかいうのはそういう意味なんか……」
詩織はオロオロする。
モエは考え込む。
乙葉は深刻そうな顔つきで首を振る。
そんな中で野乃花だけが話についていけない。
ただ、なんとか自分も参加しようと焦った野乃花は唐突に「ハイッ!」と、右手を挙げた。
「アタシも武器を持ちたい! だから今日、探しに行くヨ」
それを聞いてテンパった詩織も真似をして手を挙げる。
「わ、わ、私も! ぶ、武器を見つけて、みんなの力になりたい」
野乃花と詩織の言葉に乙葉が困った顔をする。
「でも、武器を探す為に、ここから動くのはリスクがあるんじゃない?」
乙葉は昨日遭遇したドラゴンを思い出したのだ。
詩織は涙目で訴える。
「も、もう足手まといにはなりたくないの! そ、それに万が一、モンスターに襲われた時、力を合わせて戦えるし」
「せやな。あのドラゴンは、そうでもせえへんと対抗できひん。倒す必要はないけれど、皆で協力したら追い払うぐらいは出来るかもしれへん」
野乃花が『頑張るゾ』のポーズをとる。
「そうだヨ。地図がある分、探す効率はいいはず。それになぞの記号。なんか意味が気にならない? ★とか☆は何を意味しているのかナ?」
「よっしゃ。したら今日は探索してみよか」
モエの提案に残りの3人が頷く。
それを確認してモエが『ザブッ』と勢い良くお湯を押しのけて立ち上がった。
「熱っ! のぼせてしもたわ」
そこでモエの小ぶりな乳房が露わになる。
しなやかな身体にくびれた腰つき。
乙葉がそれを眺めながら目を細める。
「モエちゃん、良い体してるよね。アスリートみたいで」
「なんやねん。急に」
「羨ましいよ。ホント。運動神経もいいし」と、乙葉も湯から上がろうとする。
そんな乙葉の乳房をチラリと見てモエがフンと鼻を鳴らす。
「乙葉の方がずっと、ええ体やんか。ウチなんかと比べてよっぽど胸があるやん」
「そんなことないって! あたし、ちょっと乳首、変だもん」
「別にそんなことないやろ」
そう言ってモエが乙葉の胸に顔を寄せてくるので乙葉が手で胸を隠す。
2人のやりとりを見て野乃花がクスクスと笑う。
「気にし過ぎだヨ。そんなに乳輪、大きくないって」
野乃花の冷やかしに乙葉が憤慨する。
「黙れ! ちょっと自分がグラマーだからと思って!」
「うええ、そういうつもりじゃないんだヨ~」と、野乃花がゴメンのポーズを見せる。
野乃花と乙葉は仲がいい。
そんな2人のやりとりをモエは羨ましそうに眺めて微笑んだ。
* * *
お昼近くまで寝ていたぽっちゃり和佳子が起きてきたところで、南風荘の面々はロビーに集まって今後の事について話し合った。
メンバーは利恵、桐子、愛衣、イリア、智世、和佳子の6人だ。
そこにヘレンの姿は無い。
はじめにイリアから昨日探索した雪の町についての報告がなされた。
雪が降り積もった町は、ここと同様に人の姿が皆無であったこと、看板などの文字からロシアと思われることがイリアの口から語られ、一同を驚かせた。
桐子が、やれやれといった風にツインテールを揺らせる。
「やっぱり異常だね。まるでゲームの世界みたいだ」
利恵はスマホの画像を見ながら唸る。
「あの雪景色は本当だったんだ……」
2日目に山登りをした時に見た雪景色。
それは利恵の他に桐子と愛衣も目にしていた。
愛衣が髪を掻き上げながらソファに深くもたれ掛る。
「こんな小さな島に四季が同居してるなんて……」
愛衣の言葉を受けて桐子が推測する。
「ボクが思うに、ここは創られたモノというよりも、別々に実在する場所を何らかの力でくっつけたモノなんじゃないかな」
利恵が投げやりな口調で尋ねる。
「何らかの力? まさか魔法で?」
桐子は真顔で頷く。
「うん。ありきたりの表現だけど。でも、そうとしか考えられないよ。だとしたら住人が消えているのも理解できる」
利恵は絶望的な顔で頭を抱える。
「それが事実ならここから脱出しても無駄ってこと?」
利恵は筏でこの島を脱出する計画を桐子に話していた。
しかし、ここが異世界となると、仮にこの島を出て海を渡ったとしても元の世界に戻れる保証は無い。
姉御肌で冷静な愛衣も流石に参っている様子で呟く。
「帰れないのかしら……死ぬまで」
皆の話をぼんやり聞いていた和佳子がハッとして口走る。
「食べ物! 食べ物が無くなったらどうしよう!」
それを聞いてイリアが答える。
「掻き集めるしかないわ」
雪の町には建物が多いことから、もしかしたら食料もあるかもしれない。
だが、サーベルタイガーがうろついているので作戦を練らないと危険だということをイリアは説明した。
そして、少し迷った後、もうひとつの懸念材料を口にした。
「それと悪い話がもうひとつ。病室で見たの。『死ね』の落書きを。それと誰かが戦ったような跡があったわ」
それを聞いて桐子が神社の荒れた様子を思い出す。
破壊された狛犬や血の手形、本堂の焦げた跡など……。
「それはボク達ではない誰かが殺し合ったんじゃないか?」
イリアが同意する。
「私もそう思う。私達15人の中で誰もあの町には行っていない」
イリアの冷静な態度に愛衣が疑問を持つ。
「イリアさんは、なぜあの病院へ? どうして自分の武器があると分かったのかしら」
愛衣の質問を受けてイリアは智世に目配せした。
智世がその意図を理解してスケッチブックを開き、地図のページを披露する。
イリアが説明する。
「バツ印が墓……つまり武器がある場所。雪の町の病院。ここにもバツがあった。自分のものという確信はなかったんだけど、たまたま私のだったみたい」
智世の描いた地図を見つめていた桐子が首を捻る。
「これは……どこでこんなものを見たんだい?」
利恵が眼鏡の位置を直しながら凝視する。
「確かにこの島の地図みたいだけど……」
智世に代わってイリアが2人の疑問に答える。
「彼女には瞬間記憶の能力があるの。覚えてる? 乙葉って子がスマホで撮った写真を見せてたのを」
愛衣が「そういえば……」と、2日目の晩の出来事を思い出した。
桐子は瞬間記憶というワードに「そんな能力が実在するなんて! 凄いよ!」と、興奮気味に智世を褒め称えた。
利恵がじっくりと地図を見て頷く。
「本物だわ。ここの地形と合ってる。私達が見つけたお墓の位置もピッタリ」
これまで発見された事実との整合性から皆、それを信じた。
そんな中でふと、桐子が険しい表情を見せる。
「なるほど。だからスマホを見せなくていいと……」
桐子は、モエが乙葉にスマホの情報を見せないように指示した時のことを思い出していた。
そしてその行動に不信感を抱いた。
「こんな大事な情報を隠そうとするなんて……何を企んでるんだ?」
桐子の言葉にイリアがコメントする。
「武器の位置を隠すことで優位に立とうとしたのかも」
「そういうことになるね」と、桐子は頷く。
そこで利恵が口を挟む。
「ちょって待って! じゃあ、あの子達は戦うつもりなの?」
桐子は利恵の目をじっと見つめながら答える。
「あの子達もどこかで見たんだと思う。過去に誰かが戦った痕跡を」
桐子達が見た神社、イリアが訪れた病院、それ以外にも誰かが争った形跡が存在するのかもしれない。
利恵が能面のような顔つきで呟く。
「許せない」
利恵の表情が急変したのを目の当たりにして桐子が慌てる。
「いや、まあ、ボク達に対する敵意があるとは限らないよ。モンスター対策ってこともあるだろうし……」
だが、桐子がフォローしても利恵の怒りは収まらない。
「許せない! ヘレンさんまで傷つけて!」
何よりも協調性を重要視する利恵だからこそ、モエ達の行動に対して怒りが湧いてくるのだろう。
利恵はしばらく考えてから提案した。
「私達も武器を探しに行きましょ!」
その言葉に桐子が戸惑う。
「いや、ちょっと待てよ。それは止めた方が……」
桐子は既に、モエとヘレンが互いに武器を使って戦ってしまったこと、それがエスカレートすることを懸念している。
しかし、利恵は頑として譲らない。
「ううん。武器は必要よ。自衛のため。そして抑止力。互いに武器を持っていたら変な真似はできないはずだから」
愛衣はいつもの冷静さで賛成の意を示す。
「利恵さんの言うことに一理あると思う。敏美のこともあるし」
愛衣が賛成なので、ぽっちゃり和佳子もウンウン頷く。
「うん。私も武器を持ってくるわ」
和佳子の武器はトライデントだ。
それは既にビーチで発見されていた。
イリアは軽く溜息をついて頷く。
「そうね。無いよりはあった方がいい。それに皆で協力すればあの雪の町も探索できるかも」
それを聞いて智世が不安げな表情で首を竦める。
だが、反対という訳でもなく、コクリと一回だけ首を縦に振った。
皆の反応を受けて利恵が立ち上がる。
「決まりね。じゃあ、二手に別れて武器を探しに行きましょ!」
武器の探索という方針でまとまった面々だが、そんなロビーの様子を盗み見している者の存在には誰も気づいていなかった。
ロビーの柱の陰に隠れて一部始終を盗み聞きしていたのは、双子の姉の望海だった。
昼前にこっそり南風荘に潜入していた彼女は、利恵達が打ち合わせすることを目撃してスパイすることにしたのだ。
そして地図の存在、モエ達に対抗して利恵達も武器を手にしようとしていることを聞いて不敵な笑みを浮かべた。
「そういうことね……面白いことになってきたわ」




