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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第15話 廃墟のような病院

 雪の町でサーベルタイガーの強襲きょうしゅうを何とかまぬかれたイリアと智世ともよは、病院内を探索することにした。


 無人の病院内は、最低限の明かりしかいていなかった。


 非常灯ひじょうとうに照らされた院内には車椅子くるまいす点滴てんてきを吊るしたスタンドが放置されていて、まるでつい先程まで患者達があふれていたのではないかと思われた。


 夜の病院というよりも廃墟はいきょに近い。


 だが、散らかっているという風にも見えない。

 人だけが消えてしまったという方が正しい。

 その点、最初に訪れた港町の民宿街と同じだ。


 智世はイリアの背中に隠れるようにピッタリとくっついてくる。

「やだ。怖い。みんな、どこに行ったのかな……」


 イリアは冷静に周囲を観察しながら首をかしげる。

「まるでどこかに避難したみたい。その割にみだれてはいないようだけど」


 イリアは廊下に設置された長椅子に目を向けた。


 そこにはヌイグルミと絵本が残されている。


 さらに廊下の壁際には何かの検査に使うのだと思われるキャスター付きの機械が何台か並んでいた。


 明かりがとぼしいせいで廊下の先までは見えない。

 それが不気味だ。


 智世はすっかり腰が引けている。

「ね。誰もいないよ。たぶん、無駄だよ。ね、引き返そ?」


 しかし、イリアは首を振る。

「もう少し見て回るわ。何か役に立つものがあるかもしれない」


「食料とか?」と、智世が、か細い声で問う。


「それはあまり期待できないかも。その代り、医療品が調達できると思う」


「医療品? なんでそんなもの?」


「万が一のこと考えて……ほら、大ケガする子がるかもしれないじゃない?」


 崖から落ちたり、怪物に襲われたり、何者かに傷つけられたり……こんな状況では何があってもおかしくない。


 智世は泣きそうな顔で尋ねる。

「でも、イリアちゃん。薬とか分かるの?」


「分かるって程じゃないけど家に医学書が普通にあったから。ただ、問題はロシア語で書かれてたら読めないかもしれない」


「凄いね。イリアちゃんのお家って医者だったの?」


「母がね。もともとは医学を学ぶ為に来日したみたい」


「お父さんは?」


 智世の発した言葉にイリアの表情が変わった。

 彼女は冷めた目で吐き捨てる。

「さあ? 興味ない」


 イリアの反応に智世がさっした。

 父親のことは聞いてはいけないことだったのだ。


「ごめん……」と、智世が、うなれる。


「なんであやまるの?」


「いや、なんか……」


 こういう時に智世は口下手くちべたで思っていることがうまく伝えられない。

 それは本人も自覚している。

 そのせいで彼女は落ち込んでしまった。


 イリアが軽く溜息をついて笑顔を見せる。

「さ、行こ。上の階に行ってみようよ」


「……う、うん」


「そうだ。その前に何か着るもの調達しない? 寒くてかなわないわ」


「あ、そうだね」


 サーベルタイガーに追われて走ったせいか、しばらくは気にならなかった寒さが、ここにきて身に染みた。


 2人は幾つかの部屋を回って羽織はおれるものを探した。


 幸いにもロッカールームのような場所で、フード付のピーコートとボア付の厚手の革ジャケットを入手することが出来た。


 智世がコートを、イリアがジャケットを着た。

 だが、足元の寒さはどうにもならない。


 イリアが白い息を吐き出しながら足踏みする。

「ちょっと動いた方がいいね。急ごう」


 3階から上は入院患者向けの病室になっていた。


 しかし、予想通り人の姿は皆無かいむだ。


 手分てわけして幾つかの部屋を回ったが、人影ひとかげはおろか、特に目立ったものは発見できなかった。


 だが、奥まったところに並ぶ個室にイリアは違和感を持った。

「あれ? あそこ……何か変」


 イリアは薄暗い廊下の先にあるものを見て首をかしげた。


 無音の中、イリアの足音の代わりにリノリウムの床がキュッキュと鳴る。


「バリケード?」と、イリアが呟く。


 第一印象は、まさにそれだった。


 良く見ると医療器具を乗せた台車が数台、行く手をふさぐように廊下を占拠している。


 院内は比較的、整理整頓されているが、そこだけ無理やり台車を寄せ集めたみたいになっている。


 さらに近寄ってみるとガラスや金属の破片が床に散乱さんらんしていた。


「これは……」


 台車に載った器具はどれも破損していて中には黒焦くろこげになっているものもある。

 そして近辺の壁には不自然な穴が見受けられる。


「……何があったの?」


 ただならぬ廊下の様子にイリアは妙な胸騒むなさわぎをおぼえた。


 ……この先に何かある! 


 そう確信して台車を押して隙間すきまを作り、身体を差し込んでその先に進む。


 苦労して隙間を抜けると半開きのドアが目に入った。


「あっ!」

 イリアは思わず口を手で押さえた。


 なぜなら病室のドアの下半分に血痕けっこんのような黒い汚れが塗りたくられていたからだ。


 ここで悲鳴をあげてしまうと他の部屋を回っている智世を怖がらせてしまう。

 そう考えてイリアは嫌な気分をこらえながら足でドアを押し開いた。


 そして、ゆっくりと中を覗き込む。


「うっ!」


 たまらず両手で口を押える。

 想像以上に室内は酷いことになっていた。


 声を漏らさないようにするのに苦労した。

 いや、口を塞いでいないと吐いてしまいそうだった。


「な……なんなの……」


 白い壁、床、ベッド、カーテン。それは他の病室と変わりない。


 だが、壁や床に広がる黒い汚れは血が飛び散ったものと思われる。


 しかも、左手の壁には大きく『死ね』『死ね』『死ね』の落書き……それも血で描いたような殴り書きだ。


 それらを一瞥いちべつしてイリアはさとった。

 ここで何があったのかは容易に想像できる。


「これって……」


 イリアは南風荘の惨劇さんげきを連想した。


 2日目の朝に見せつけられた敏美としみの殺害現場。

 それは真っ赤に染まった絶望的な光景だった。


 この病室に死体は無い。


 だが、どす黒い痕跡こんせきひろがり具合といい、異様な落書きといい、ここには狂気が凝縮ぎょうせきされている。


「でも、誰がこんなところで……」


 イリアは混乱した。


 この雪が積もる街に足を踏み入れたのは自分と智世が最初のはずだ。

 他人の足跡は無かった。


 しかし、ここで誰かが誰かに手をかけたのは確実だ。

 だとしたら自分たちの他にも何者かがこの町を訪れていたのだろうか?


 イリアはその考えを振り払うように首を振る。


 黒く変色した血の痕跡は時間の経過を物語っている。


 そうなると消えた人々の失踪と関係しているとも考えられる。


 幾つかの仮説に思いをめぐらせている時、ふいに窓際で何かが光った。


 恐る恐る近づいて目をらす。


「あ!」


 それは病室には不釣ふつり合いな金属の物体だった。


 斧のような形の金属、それが槍のような形状のものと一体化している。


 見た感じは昔の武器のようだ。それが窓際の壁に立てかけられている。


 まさかと思ってイリアはさらに近づく。

 そして見つけてしまったことを後悔した。


 そこには噂に聞く白い十字架が床に転がっていたのだ。


 半ば脱力しながらイリアは十字架に刻まれた文字を眺める。


『ILLIA』と刻まれた自分の名を目の当たりにしてイリアは息を飲んだ。



    *   *   *


 思わぬ来客にお嬢様の玲実れみは少し驚いた。


 玲実と双子の我儘わがまま三人組が根城ねじろにしている山海荘を訪れたのは委員長の利恵りえとツインテール桐子きりこの2人だった。


 しかし、その表情は硬い。


 5人はロビーで対峙しながら、気まずい雰囲気をあましていた。


 次第しだいに不機嫌になっていく玲実が髪を乾かしながら尋ねる。

「で、何か用?」


 双子の姉、望海のぞみがぶっきらぼうな口調で利恵をにらむ。

「戻れって言うならお断りだよ」


 利恵は眼鏡の位置を直しながらツインテール桐子の顔を見る。


 そして桐子が頷いたのを確認して用件ようけんを切り出した。


「一応、知らせておこうと思って来たの」


 玲実は「は? 知らせるって何を?」と、利恵に対して冷ややかな視線を向ける。


 利恵は玲実の反応に戸惑いながらも話を続ける。

「モエさん達が出て行ったわ。武器と食料を持って」


 それを聞いて望海が「フン」と、首をすくめる。

「別行動ねえ。ホントに出て行ったんだ。あの子」


 利恵は淡々《たんたん》と報告を続ける。


「モエさんに付いて行ったのは野乃花ののかさん、乙葉おとはさん、それから詩織しおりさん。多分、港の向こう側、森の方に向かったんだと思う」


 梢はそれを聞いて顔をしかめた。

 そして不安そうに利恵と桐子の顔を見比べる。


 桐子がツインテールの髪の毛をいじりながら補足する。

「戻ってくるつもりはなさそうだ。ていうか、ちょっと問題があってね」


 桐子の言う『問題』に望海が興味を示す。

「問題って? めちゃったりしたとか?」


 利恵は慎重に言葉を選ぶ。

喧嘩けんかというか、モエさんがヘレンさんに怪我けがをさせてしまったのよ」


「へえ、あの2人がねえ」と、望海が身を乗り出す。「で? どうなったの?」


 利恵が少し困って助けを求めるように桐子を見る。


 そこで桐子が仕方ないなといった風に利恵に代わって説明する。

「はずみだと思う。お互いに武器を持ってたからね。結果的にヘレンが傷ついてしまったんだ」


 桐子は彼女なりに大げさにしないように言葉を選んだつもりだった。


 だが、望海は野次馬気分やじうまきぶんで詳細を知りたがる。

「傷ってどんな? ヤバいの? 血は出たのかな。てか、武器使ったってことは、あのでっかい斧でやっちゃったってこと?」


 ヘレンの手当をした2人にとって望海の反応はデリカシーの欠片かけらもないように感じられた。


 少々、いらつきながら桐子が言い放つ。

「なに面白がってんだ! 仲間が大けがしたっていうのに。ふざけんな!」


 桐子が急にキレたので望海がきょとんとする。


 代わりにお嬢の玲実が言い返す。

「は? なに怒ってんの? 状況、聞いただけじゃん」


 ツインテール桐子は、キッと玲実を睨みつけると利恵の手を引いた。

「行こう。利恵。駄目だ、こいつら」


 そして、桐子はロビーから出ようと背を向ける。


 玲実と望海は、冷ややかな目で2人の動きを追う。

 双子の妹、梢だけはオロオロしながら成り行きを見守っていた。


 最後に桐子が捨て台詞ぜりふを残す。

「好き勝手するのはいいけどさ。気を付けなよ」


 それだけ言い残して桐子はロビーを出て行った。


 望海が「なにアレ? 宣戦布告せんせんふこく?」と、吐き捨てる。


 玲実が聞こえよがしに「ごていねいにどうも! 委員長さん!」と、皮肉ひにくる。


 委員長タイプの利恵は、情報共有するつもりでイザコザのことを伝えに来たのだろう。

 だが、その優等生的な振る舞いがかえって玲実を苛立いらだたせた。


 玲実は怒りをしずめるように髪を触りながら同意を求める。

「何しに来たんだろうねぇ?」


 望海が苦い顔をする。

「そうだよ。余計よけいなお世話だっつうの」


 玲実が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「そういえば、森に向かったって言ってたわよね?」


 そこで梢が、はっとした表情を浮かべる。

「飛行モンスター!?」


 智世が目撃したというドラゴンのようなモンスターが、あの辺りには居るかもしれない。


 玲実はクスクス笑う。

「襲われればいいのよ。自業自得じごうじとくだわ」


 そう言って涼しい顔をみせる玲実のことを梢は心配そうに見つめた。


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