第14話 離脱組に迫る影
モエ、へそ出し乙葉、グラマー野乃花、黒髪セミロング詩織の離脱組は、ひと悶着あった南風荘から離れて、港の先を進んできた。
森を抜けて湿地帯に入った際に詩織が提案する。
「ね、ねえ。あ、あの見張り台に籠るのはどうかな?」
そう言って詩織の指差した方向には矢倉があった。
湿地帯の中央に位置するそれは、昨日、乙葉が上って内部を確認したものだ。
異様に長い4本の柱にログハウス風の小屋が乗っていて見張り台のようにも見える。
なので、詩織は周囲を見渡すことができると考えたのだろう。
「あ、あそこなら安全なんじゃないかな? ま、周りが良く見えるから」
しかし、詩織の言葉に対して乙葉が即座に首を振る。
「いや、無理だよ」
「ど、どうして?」と、詩織は納得できないという顔をする。
乙葉は室内の落書きを思い出しながら言葉を濁す。
「だって……4人だと狭いし、上り下りも大変だし。止めといたほうがいいよ」
野乃花はグラマーな身体をくねらせながら同意する。
「アタシも無理! あんな高いトコ、上れないヨ~」
確かに胸とお尻に集中して肉が付いている野乃花に縄梯子を長々《ながなが》と上るのは難しいと思われた。
モエが腕組みしながら決断する。
「せやな。止めとこか」
詩織は何か言いたそうな顔で「うーん」と、小さく唸る。
そんな詩織の肩にモエが手を置く。
「あのな。確かに高いところの方が安全かもしれへん。けど、周り見てみ? 何もあらへん。せやからメッチャ無防備なんや」
モエの説明に詩織が「あ!」と、声を出す。
乙葉が神妙な顔つきで頷く。
「そうそう。それになんかあった時に逃げ場が無いよね?」
乙葉は何者かに襲われた場合を想定してそう言った。
モエが「乙葉。地図出してくれへん?」と、スマホを出すよう乙葉を促した。
乙葉はスマホを取り出して矢倉の内部で撮った地図の落書きを画面に表示した。
モエがそれを操作しながら言う。
「大丈夫。当てはあるんや」
それを聞いて野乃花と詩織が顔を見合わせる。
モエはスマホの画面と湿地帯の先にあるジャングルを見比べる。
「あの先や。昨日の場所より、もうちょっと先に行ったところに建物があるはずやで」
確かに地図上のジャングルの先には四角がぽつんとひとつ書き込まれている。
さらに拡大してみると、うっすらと何かのマークが見て取れる。
詩織が何かに気付く。
「こ、こ、これって、お、温泉マーク?」
「たぶんな。どや? なんか行ってみたくなるやろ?」
「温泉、いいネ! 入りたい!」と、野乃花の顔が綻ぶ。
「賛成。そこなら安心かも」と、乙葉も笑顔をみせる。
「決まりやな。ほな、行こか!」
「なんか元気でてきたヨ! 楽しみ、楽しみ♪」
ウキウキした足取りの野乃花を先頭に4人はジャングルに向かった。
ジャングルのケモノ道に足を踏み入れた4人は、昨日の記憶を頼りに一本道を進む。
相変わらず熱帯雨林特有の草や葉っぱの浸食が酷くて、ところどころ迂回を余儀なくされた。
モエは、周囲を警戒しながら先頭を歩く野乃花に警告する。
「あんまり急がん方がええよ。何がおるか分からんからな」
モエの言葉を聞いて詩織は、昨日の巨大なヘビを思い出した。
未だにあれが現実のものとは信じられなかった。
人間すら丸呑みしてしまうような巨大なコブラ。
しかも得体の知れない色と形状。
あれは夢か幻想だったのかもしれない。
しかし、4人が皆、現実離れした生き物に遭遇したことは事実だ。
小心者の詩織にとってジャングルに入ってからの道中は緊張の連続だった。
そんな詩織の固い表情に気付いた乙葉が振り向いて笑顔をみせる。
「心配ないよ。今度は大丈夫だから」
そう言って乙葉は手にしていたショットガンを軽く掲げた。
元気印のヘソ出し乙葉の笑顔に詩織も「う、うん」と、つられるように微笑んだ。
どれぐらい歩いただろうか。
昨日、乙葉が戦斧を発見した場所を越えて、さらに一本道を奥に進み続けると急に開けた場所に出た。
地表を隠すように密集していた樹木が途切れて、周囲は日差しを浴びた黄緑色の草だらけになった。
「な、なんか暑いね」と、詩織が汗を拭う。
「せやな。直射日光を浴びると暑いな」と、モエが息を吐く。
乙葉は肩や首を回しながら緊張をほぐす。
「でも、ジャングルよりこっちの方がいいよ」
先頭の野乃花は歩きながら背筋を伸ばす。
「うーん。なんか開放的な気分になるネ」
うっそうとしたジャングルを抜けたところで4人はホッとしたのだろう。
皆、表情が明るい。
ところが、一瞬……ほんの一瞬だが周囲が闇に包まれた。
それは明るさに目が慣れていたせいで、そう感じられただけかもしれない。
だが、野乃花の前方で影が急速に遠ざかっていく。
さらに『バサッ! バサッ!』という上空からの音。
モエが音のした方向を見上げながら仰天する。
「う、嘘やろ……」
モエ達の前方、地表からは数十メートルだろうか。
その辺りの空間を何かが飛行している。
その高さから飛行機とは考えられない。
詩織が「と、と、鳥!?」と、目を凝らす。
だが、鳥というには大きさがまるで違う。
翼を広げたそれは暴力的な視覚で詩織を凍りつかせた。
グラマー野乃花は目を丸くしながら口を開く。
「なにアレ? 超デカくない? ハゲタカ? それともワシ?」
モエがゴクリと唾を飲み込む。
「いや、あんなにデカないで。てか、鳥やないやろ……」
詩織がガタガタ震えだす。
「ば、ば、化け物だよ……変種かも? き、昨日のヘビみたいに巨大化した化け物」
乙葉がショットガンを抱えながら表情を強張らせる。
「ひょっとして巨大化した鳥!? あるいは恐竜の生き残り」
野乃花が眉間にしわを寄せる。
「……プラテノドン?」
乙葉が間違いを指摘する。
「プテラノドン。プテラ、だよ」
「だったら、まだマシや。ウチにはモンスターにしか見えへんで」
モエの言葉を聞いて乙葉が困惑する。
「モンスター……」
野乃花が引きつった顔で無理におどけてみせる。
「じょ、冗談やめてよネ! そんなの漫画だけだヨ」
しかし、モエの表情は硬い。
「分からへんで。何があってもおかしない。ここは……そういうトコや」
そう言ってモエは戦斧を握り締めた。
一瞬、緊張した面々だったが、謎の飛行物体は通り過ぎて行った。
日陰で一休みして再び歩きはじめる。
モエは上空にも警戒が必要だと言って、付け加えた。
「念のためや。なるべく大きな音は立てないように行こ」
ジャングルには何が潜んでいるか分からない。
そのうえ、上空には得体のしれない物が飛行しているとなると、慎重に進まざるを得なかった。
しばらく進んだところで、先頭を行くグラマー野乃花が息を弾ませながら「もう直ぐだヨ」と、振り返った。
「な、何で分かるの?」と、2番手を歩いていた詩織が首を傾げる。
野乃花は鼻をスンスン鳴らした。
「だって、潮の香りがしてきたんだモン」
詩織も真似をするが、それを嗅ぎ取ることができない。
「え、え? な、なにも匂わないけど?」
「エ? 何で匂わないの?」と、野乃花は不思議そうな顔をする。
だが、詩織だけでなくモエも乙葉も匂いは感じていない。
野乃花は異常に鼻が利くのだ。
それを知っている乙葉はスマホの地図と周囲を見比べながら頷く。
「そうだね。地図上は海の近くみたいだから、間違ってはいないわ」
乙葉も確信したように、海辺の温泉付き建物まで、あとちょっとの所まで来たのだ。
「なんとか夕方までには着けそうやな」と、モエが汗を拭う。
野乃花は「温泉♪ 温泉♪」と、スキップしている。
だが、次の瞬間、そんな安心感は一瞬で吹き飛んだ。
何気なく前方を見ながら2番手を歩いていた詩織が急に足を止めた。
そしてしばらく目を凝らした後に「あ、あ、あ、ああっ!!」と、絶叫した。
詩織の絶叫にモエも足を止める。
「な、なんや?」
先頭の野乃花が振り返る。
「大丈夫? 詩織チャン?」
最後尾を歩く乙葉が訝しがる。
「急にどうしたのよ?」
「あ、あ、あ、あれ……さ、さっきの……」
詩織の視線の先、すなわち前方の上空に4人の目は釘付けになった。
「アカンで……」と、モエの顔が強張る。
乙葉が目を見開く。
「モンスター……てか、あれってドラゴンじゃない!?」
先ほど4人の頭上を越えて行った謎の物体。
やはりあれはモンスターだったのだ。
赤茶けた色のドラゴンは前方で旋回すると、こちらに向き直ったように見えた。
野乃花が「こっち向かって来るヨ!!」と、パニックに陥る。
なぜだか分からないがドラゴンは4人に狙いを定めているように感じられた。
グラマー野乃花は、本能的に危険を察知して道の脇にある茂みに「ヒャン!」と、頭から突っ込む。
だが、飛び込みが甘かったせいでお尻とパンツが丸見えの状態だ。
モエ達が進もうとしていた一本道を逆走してくるみたいに、ドラゴンは超低空飛行でこちらに向かって来る。
「みんな逃げな!」と、モエが叫ぶ。
が、詩織は「あ、あ、ああ……」と、棒立ちだ。
モエは「ええい!」と、詩織の腰にタックルして、強引に道の脇にある茂みになだれ込んだ。
ちょうど左右に散ることで真正面から接近するドラゴンの進路から外れることができた。
だが、乙葉の回避が遅れてしまった。
モエが詩織の身体を茂みに押し込みながら叫ぶ。
「乙葉! 早よ逃げんと!」
だが、乙葉は道の真ん中に仁王立ちしている。
そうしている内にもドラゴンが接近してくる。
もはやその姿は恐怖以外の何物でもない。
「アカン! アカンで! 乙葉!」
モエの必死の呼びかけに首を振る乙葉。
彼女はショットガンを構えた姿勢を保つ。
「今度はアタシが皆を守る!」
風圧がここまで届きそうな迫力でドラゴンが接近してくる。
それは超リアルなゲームに出てくるような恐ろしい生き物だった。
その距離、数メートル。
絶望的な距離にモエは思わず顔を背けた。
「乙葉! 無理や! アカンて……」




