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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第13話 雪国のサーベルタイガー

 イリアと智世ともよは、砂浜を越えて一本道を黙々《もくもく》と進んだ。


 左手に海、右手に山の斜面が続く。


 智世はフゥフゥいいながらイリアに付いて行く。


 強い日差しの中、丸襟まるえりのブラウスに青のジャケット姿では汗だくになってしまう。

 しかも愛用のベレーぼうかぶっているので尚更なおさらだ。


 イリアは海風に栗色くりいろの髪をなびかせながら、涼しい顔でスタスタ歩く。


 しばらく歩いたところで行く手に変化が見られた。


 ちょうど道をふさぐような形で斜面が右側からせり出して海に没している。

 まるで土砂崩どしゃくずれが海に流れ込んだような地形だ。


「行き止まり?」と、イリアが立ち止まる。


 自分たちが辿たどってきた一本道は、大きな岩の手前で途絶えているように見える。


 智世が目をらしながら言う。

「あの岩、裂け目があるよ?」


 確かに道は岩の裂け目に向かって伸びているようにも見える。


 イリアが再び歩き出す。

「向こう側に続いているのかな? だといいんだけど」


 巨大な岩に近づいていくと、岩の裂け目が穴になっているのがはっきり見て取れた。


 恐らく、その穴が向こう側に通じているのだろう。

 だが、人が通るのが精一杯せいいっぱいの穴でしかない。


 智世が呟く。

「トンネルだ……あれって自然に出来た物なのかな?」


「まさか。掘ったんじゃないの?」


「結構、長いよね? 向こう側が見えないよ」


 智世が言うように岩の裂け目はトンネルになっていた。


 そして、予想通り中は暗かった。

 数歩進んだだけで光の影響力が急速に衰えていくのが分かった。


 ひんやりとした空気は湿気を含んでいる。


 智世が「明かりが無いから真っ暗だね」と、不安そうにイリアにくっつく。


 やみに目が慣れてきたところでイリアは周囲を観察しながら進んだ。


 足元は舗装ほそうされているが左右の壁は岩が剥き出しだ。


「トンネルというより鍾乳洞しょうにゅうどうみたい」

 そう言ってイリアは上を見た。


 天井は思ったより高く、暗くてどこまで続いているのか判別できない。


 2人は前方の明かりに向かって進んだ。

 トンネルの全長は50メートルぐらいだろうか。

 だが、2人にはそれ以上に感じられた。


 やがて出口が近づいてくる。

 徐々《じょじょ》に光の領域が広がり、ほっとする。


 だが、トンネルを抜けると雪国だった。


 視界のはしが白く切り取られた。


 年季の入った西洋風の街並みは、もれなく白をまとい、一様いちように丸みをびていた。


 イリアは真っ白な光景に圧倒された。

「なにこれ……信じられない」


 まるで巨大岩をはさんで冬と夏が同居どうきょしているようだ。


 智世は冷え切った空気に目をしばたたかせる。

「さ、寒い……どうなってんだろ……」


 イリアは無理に口角こうかくを上げる。

「たぶん、暑い所から冷凍庫に入ったら、こんな感じなんだろうね」


 智世が左右を見比べながら少し笑顔を見せる。

「思ってたよりも大きな町だね。良かった」


 それに対してイリアは「人が居ればね」と、クールに返す。

 なぜなら、この町が期待していたものと違うことは一目で分かったからだ。


 イリア達の先に延びる道は、どこもかしこもっさらな雪におおわれていて、車や人が通った痕跡こんせきがまるで存在しない。


 普通、どんな雪国でも車が行きう道路は黒く汚れているものだ。


 智世が「……誰もいないのかな」と、呟いた。


 雪は止んでいる。

 地上の白は日差しを反射してキラキラと明るくっている。


 イリアがまぶしそうに目を細める。

「とにかく行ってみよう」


 雪の深さは、さほどでもない。だが、足首までは、ゆうに埋まってしまう。


 イリアと智世は足元に注意しながら雪に埋もれた道を進んだ。


 天気が良いのは幸いだったが、空気の冷たさはいたかたない。


 イリアの制服は赤黒チェックのミニスカートだが、黒のニーソックスでは寒さをしのげない。


 一方の智世は、青と紺のスカートこそ膝丈ひざたけだが、足元はハイソックスなので膝のあたりに寒さが染みる。


 智世は歯をガチガチさせながら泣き言をいう。

「さささ、寒い! これじゃ真冬だよ。凍え死ぬかもしれない……」


 吐く息が白いのは当然のことながら、吸い込む空気で肺が委縮いしゅくしてしまうような気がした。


 イリアも寒さに耐えながら周囲を見る。

「この格好かっこうで長時間、外を歩くのは危険ね。どこかで着るものを調達しないと」


「誰か居ないかな? 暖房……」と、智世の声は益々《ますます》、小さくなる。


 2人はいくつかの建物を窓からのぞき込んでみた。


 しかし、どこにも人の気配は無い。


 ある程度、覚悟していたこととはいえ、ゴーストタウンとした街は2人に無言のプレッシャーを与えた。


「ロシア語……」と、イリアが看板の文字を見て呟く。


「読めるの?」


「少しだけ」


「イリアちゃんのお母さんってロシアの人だっけ?」


「ううん。国籍こくせきはドイツ。でもおばあちゃんはロシア人」


 智世はそれ以上、話をふくらませることができずに「そうなんだ……」と、口ごもってしまう。


 会話が続かないのは、寒さのせいでもある。

 まるで、口を開くと体温を奪われてしまいそうな寒さだ。


 民家、アパート、レストラン、商店、ホテル、教会。


 小さな街としては一通りのものは揃っている。

 南風荘のある港町とは規模が全然違う。

 しかし、雪景色に染まる街というよりは、雪に埋もれた街といった光景だ。


 イリアが前方の建物に注目する。

「あの建物……あれが病院かな」


 イリアが見つけた建物は5階建ての鉄筋コンクリートだった。

 灰色がかった外観がいかんは少し古さを感じさせる。


「ね。行ってみる? 病院なら誰かいるかも?」と、智世が上目遣うわめづかいで尋ねる。


「たぶん、無駄だとは思うけど……」と、イリアは考える素振そぶりみせる。


 ここまで徹底して人の気配が皆無となると『集団神隠し』としか考えられない。


 足跡のひとつすら発見できない。


 イリアが智世の顔を見る。

「なんであの地図には病院のマークが書いてあったと思う?」


「そう言われてみれば……この街を代表する建物だからかな?」


「いや、何か他に理由があるんじゃないかな」

 イリアは何かを確信しているようだ。


「とにかく行ってみよう」と、歩を進めるイリアに対して「そうだね」と、作り笑いを浮かべる智世は、あまり乗り気ではない様子だ。


 その時、イリアの視界の端を何かがよぎった。

「あれ? 今何か動いた?」


 街路樹がいろじゅの枝が雪の重みを支えきれなくなって、その足元にどさっと雪を落とす。


 それを見てイリアが首をひねる。

「気のせいかな……」


 再び歩き出して嫌な雰囲気に気付く。何となく周囲を警戒しながら進む。


 次の角を曲がれば目的の病院は目前だ。


 なぜその時、振り返ってみようと思ったのか? 


 両サイドには人気ひとけのない建物が密集している。それは普通の光景だ。


 だが、その真ん中にある何かに目を奪われてしまった。


「あ!」と、イリアは瞬時に危険を感じ取った。


「ふぇ」と、智世は情けない声を漏らした。


 2人を驚かせた物体。


 それが何であるのかを理解するには常識を全否定する努力を要した。


「と、虎!?」と、イリアが驚愕きょうがくする。


「ヤダ……」と、智世がおびえる。


 2人の目に映るのは真っ白な虎だった。しかも驚くほど牙が長い。


 その姿は絶滅ぜつめつした『サーベルタイガー』そのものだ。


「走って!」と、イリアが叫ぶ。


 イリアはダッシュすると同時に恐怖のあまり立ちすくむ智世の背中をバンと叩いた。


 だが、智世は「待って!」と、その場を動かない。


「何言ってるの! 早く逃げないと……」


「走っちゃダメだよ。イリアちゃん」


「え? どうして……」


「背中を向けちゃダメ。ゆっくり後退するの」


 そう言って智世は白いサーベルタイガーをにらみつけながら、後ろに向かって病院の建屋に接近しようと試みた。


 イリアもそれを真似まねて、ゆっくり後退する。


 焦る気持ちを抑え、雪を踏み分けながら後ろ向きに進む。


 イリアの白い肌は上気している。吐く息も白く大きく広がる。


 そこで、サーベルタイガーが『トットットッ』と、数歩前進した。


 それを見て一気に2人の鼓動こどうが高まる。


 だが、相手は前進を止め、慎重にこちらの様子を伺っているように見える。


「イリアちゃん。あそこの階段の上にドアがあるでしょ」


 智世に言われてイリアがチラリと後方を見る。

「あった。アレね」


 20メートル先に非常階段と裏口のような扉が見える。


「先に行って中に入れるか試してみて」


 智世の指示にイリアが「分かった」と、頷く。


 智世はイリアが裏口に辿り着くまでサーベルタイガーの注意を引き付けるつもりなのだ。


 イリアは智世の様子を気にしながら急いで裏口に向かう。


 靴にまとわりつく雪で思うように足が進まない。


 ようやく階段に辿り着き、8段ほど上がったところで非常口の前に立った。


 そして扉のレバーに手をかける。


「冷たっ!」


 レバーの部分が氷のように冷たい。

 だが、ぐっと力を入れるとそれが下に下がった。


「大丈夫! 開いてる」


 イリアが分厚い扉を押し開けて智世を呼ぶ。

「開いたよ! 急いで!」


 智世はまだイリアに背を向けたままジリジリと後退している。

 その距離十数メートル。


 その時、サーベルタイガーが『トトッ』と加速し始めた。


 これ以上は危ない!


 智世はクルリと振り向いて走り出す。

 だが、雪に足を取られて思うように進めない。


「早く! 早く!」と、イリアが悲痛な声をあげる。


 懸命に走る智世の背後にサーベルタイガーが迫る。


 その距離が見る間に縮んでくる。


 イリアは焦った。

「何とかしないと……」


 何か投げられそうなものは無いかと周りを見る。


 最初に目についた空きびんを拾い上げ、智世の背後に迫ったタイガーに投げつける。


 うまいことそれが命中した。

『ギャォゥ』と、タイガーが一瞬、ひるむ。


 そのすきに智世が階段を上ってくる。


 あと少し、あと少しで扉まで到達する!


 だが、タイガーは、ぐに体勢を立て直して、さらに勢いを増して突進してくる。


 イリアはその大きさに驚愕した。

「大きい!」


 ようやく智世が階段を駆け上がってきた。


 雪まみれの智世を室内に引き込む。そして扉を閉めようとした時だった。


『ガリッ!』という音がして扉にタイガーの前足がかかった!


「ひっ!」と、思わずイリアは手を引っ込めそうになる。


 が、それをこらえて体重をかけて扉を押す。


 タイガーの体重で扉が押し返される。


 智世も押す。

 お互いに言葉にならない叫び声をあげながら夢中で重い扉を押した。


 そして何を思ったか智世が持っていたエンピツを扉にかかったタイガーの前足に突き刺した。


 それがこうそうした。

 

 タイガーの爪の付け根にエンピツを突き刺されたことで前足がドアから外れたのだ。


 そのチャンスを逃すまいと2人で力を合わせて押し込んだ。


 バタンと扉が閉じられ、ガチャリと枠にハマった。


 イリアが急いで鍵をかける。


 鉄製の分厚い扉は鍵も頑丈がんじょうで、サーベルタイガーが何度かぶつかってきたようだが破られる気配は無かった。


 やがてその動きも収まった。どうやら諦めたようだ。


 それを確認してイリアと智世はその場にへたり込んだ。


「ふう……何とかなったね」と、智世が強張こわばった顔で笑う。


「意外だったよ。よく冷静になれたね」と、イリアが苦笑いを浮かべる。


「ぜんぜんだよ」と、智世が顔を赤くしながら手と首を同時に振る。


「いや。はじめに背中を見せてたら、やられてたかもしれない」


「あ、それは前に読んだことがあったから。でも……」と、智世は気まずそうにうつむく。


「どうかしたの?」


「ううん。ごめん。背中をみせずに後退するのは『熊』にあった時の対処法たいしょほうだった」

 智世はそう言って泣きそうな顔を見せる。


 イリアは脱力したように呟く。

「熊……そっか。熊ね。でも、結果的には虎にも通用したんだから。いいんじゃない?」


 そして2人はどちらからとでもなく笑い合った。


 冷え切った無人の室内に2人の笑い声が響く。


 そして薄暗い室内は病院特有の匂いがした。


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