第10話 海辺の恐怖
防波堤で拾った小瓶に入っていたメモ書きのような手紙。
智世の指の動きを見てイリアは理解した。
「縦読み……」
小瓶に詰められたメモは一見すると日記のようだ。
しかし、先頭の文字を縦に読むと『はやくたすけてころされる』とも読める。
『早く助けて殺される』
果たしてこれは偶然なのか?
いや、不自然な改行はこのメッセージを伝える為と考えた方がしっくりくる。
智世が震えながら言う。
「こ、これは……敏美ちゃんが書いたのかな?」
2日目の朝に南風荘の2階で惨殺された敏美のことが思い出される。
だが、イリアは即座に首を振った。
「それは無いと思う。この紙の感じからしても書かれたのはもっと前じゃないかな」
イリアのいう通り、紙の一部は日焼けで変色している。
それに敏美にそんな素振りは微塵も見られなかった。
もしも彼女が命を狙われていることを予感していたのなら、もっと不安そうにしていたはずだ。
智世は少し考えながら尋ねる。
「このメモ……みんなに報告したほうがいいかな?」
「どうかな……」と、イリアも迷っている。
智世は彼女なりに考えたのだろう。
後ろめたいような気持ちを抑えながら提案する。
「やっぱり止めとこうか。もし思い違いだったら、みんなを余計に怖がらせちゃうから」
イリアはしばらく考えて頷いた。
「そうね。いつ誰が何の目的で書いたものかは分からないけど、今は伏せておいたほうが良いかもね」
イリアはそう言ってメモを元通りに折り畳んで小瓶に入れると、肩掛けリュックにしまった。
それを智世が不思議そうに見ている。
散歩なのに、なぜ中身が詰まっているのかとでも言いたそうな顔だ。
智世の視線に気付いてイリアが説明する。
「チョコレートとキャラメル。あとペットボトルに缶詰。ちょっと先まで行ってみようと思って準備してたんだ」
イリアは遠出するつもりで食糧を持っていたのだ。
それを聞いて智世が「なるほど」と、感心しながら頬を紅潮させた。
そして勇気を振り絞るように声を出す。
「わ、わたしも連れてってくださいっ!」
智世の申し出にイリアは、きょとんとする。そして微かな笑みを漏らす。
「いいけど、別に」
それを聞いて智世の顔が、ぱっと明るくなる。
「本当に? 迷惑じゃない?」
「いいよ。あなたさえ良ければ」
「絶対、足手まといにならないようにするから!」
「足手まとい?」
「そう。わたし、運動神経が鈍いから……」
智世はそう言って例のスケッチブックで顔を半分隠す。
イリアは、やれやれといった風に首を竦める。
「大丈夫。そんな危ない所には行かないよ」
それを聞いて智世はホッとしたように頷く。
「うん。それなら良かった。それで、どこに向かうつもりだったの?」
「海岸線に沿って行けるところまで行ってみるつもり。こっち方面は誰も探索してないみたいだから」
確かにイリアの言う通り、港の向こう側はモエ達が昨日探索していたし、ここに来る途中で枝分かれした山道は利恵達が頂上まで登っていた。
しかし、砂浜から先へは誰も足を踏み入れていない。
「あ、そういうことなら……」と、智世がスケッチブックをめくり始めた。
そして「これが役に立つかも」と、あるページをイリアに見せる。
「なに? それは?」
「もしかしたらだけど……ここの地図」
そういって智世が見せたのは鳥の頭のような形の地図だった。
「地図? それってもしかして……」と、イリアが驚く。
「うん。乙葉さんがスマートフォンで見せてくれた地図」
イリアは直ぐに理解した。
「分かった! 瞬間記憶ね?」
智世はコクンと頷く。
彼女がスケッチブックに描いた地図は、乙葉が写真に撮った落書きの地図を忠実に再現していた。
イリアがスケッチブックを手にしながら感心する。
「凄い。離れた所からチラッと見ただけなのに……」
例え遠目に見たものであっても智世の瞬間記憶は正確に地図を写し取っていたのだ。
そのおかげで図形に記された幾つかの記号まで判別できる。
智世が控えめな口調で言う。
「もしこれが本当にこの島の地図だったらの話なんだけど……」
そこで検証してみる。
昨夜までの話を総合すると『×』が墓標と武器のあった場所だと推定される。
この地図の中で最初に目についたのは砂浜のバツ印だ。
次に神社の地図記号に並ぶように記されたバツ印。
この2つは、初日に発見されたぽっちゃり和佳子の墓標とへそ出し乙葉の墓標という話に符合する。
さらに山の中央付近にあるバツ印はヘレンがライフルを入手した場所だと思われる。
だが、地図上に記された『★』と『☆』の意味が分からない。
それぞれ離れた位置に3個ずつ記されている。
さらに『8』が幾つか見受けられるが、それが何の数字を表しているのかは見当がつかなかった。
イリアが首を捻る。
「この数字。南風荘のところにも書いてあるけど……」
この地図では民宿街の一軒一軒を四角形で表している。
そうなると一番港に近い四角が南風荘と目されるが、四角形に被るように記された『8』にはどのような意味があるのだろうか?
そこまで考えてイリアは首を振った。
「分からない。取りあえず先に行ってみよう」
幸いにも地図上では2人の現在地は海岸線に沿って描かれる線の途中にある。
それが民宿街からここまで続く道とその先だと仮定すると、このまま進めば島の反対側に繋がっていると思われる。
目的地に記された五角形に十字のマークを見てイリアが言う。
「これって病院の記号だよね? ということは、ここよりも大きな町があるかもしれない」
「でも、雪が降ってるって……」と、智世が表情を曇らせる。
「昨日、山登りをした子達がそう言ってたっけ。写真見ても信じられなかったけど」
イリアが目指そうとしていた島の反対側は、ちょうど登山組が頂上で見た雪景色のあった方向にあたる。智世はそれを心配しているのだ。
しかしイリアは前向きだ。
「とにかく行ってみないことには始まらない。雪? ありえないとは思うけど何とかなるでしょ」
普段はクールなイリアが目を輝かせてそう言うのを見て、智世はスケッチブックをぎゅっと握った。
* * *
午後にかけて気温はグングン上昇した。
海水浴には早いと思われたが、そんなことは気にならない陽気に水着姿の玲実を含む、さぼり組は終始ご機嫌だった。
腰まで海に浸かりながら双子の妹の梢がはしゃぐ。
「せっかく水着持ってきてんのに泳がないなんて損よね」
そういう梢はピンクにトロピカル模様のビキニ姿だ。
「ああ~冷たくて気持ちいい」と、黄色いビキニの望海が海水に浸かる。
浮き輪を背にした玲実は仰向けになって波に揺られている。
時折、水面に露出する太股やお腹は真っ白で、赤に白いラインの入ったビキニとの対比がくっきりしている。
望海が水着の食い込みを直しながら言う。
「どうせなら楽しまないとねぇ。探索なんてやってらんないわ」
梢が手で掬った海水を自らの肩にかけながら苦笑いを浮かべる。
「何とかしようとしてる子たちには悪いけど」
望海はやれやれと首を振る。
「無駄よ。なるようにしかならないんだから」
双子のやりとりを聞いてた玲実がゆっくりと頭を揺らす。
「そうそう。やりたい人がやればいいのよ」
「だ。だよね……」と、梢が仕方なく2人に合わせる。
その時、水中で梢のお尻に何かが触れた。
「ひゃっ!」と、梢が身震いする。「ヤダ! ヌルってした!」
「どうしたの? クラゲでもいたの?」と、望海が尋ねる。
「や、分かんない。けど何かキモい!」
渋い顔でそう答える梢の真横で波の揺らぎが淀んだ。
そして水の色が急に変化する。
続いて水位が不自然に盛り上がり、黄色い丸い物体が2つ浮き上がってきた。
と、同時に梢の身体がグンと引っ張られる。
「ひょっ!?」と、梢は腰回りの圧力を認識する。
そこで水面が一気に膨らみ、丸みを帯びた何かが出現した。
「ぎゃっ!」と、梢が悲鳴をあげる。
突然の出来事に望海が唖然とする。
異変に気付いた玲実が何事かと上体を起こす。
そして、水中から姿を現したものが生物であると分かって驚愕した。
「な、な、なんなの!?」
それは巨大な蛸、オクトパスの化け物だった。
その信じられない大きさに3人は恐怖した。
黄色い目の部分だけでも大人の拳ぐらいの大きさがある。
水面から顔を覗かせた部分だけでもクジラと勘違いする程の大きさだ。
また、その色合いが実に不気味だ。海水の色が赤く変色したように見えたのは、その禍々《まがまが》しいオレンジ色のせいだった。
まるで、未開の地に生息する毒を貯め込んだ蛙のようだ。
「梢!」と、望海が梢に近付こうとするが足がすくんで動けない。
水面の上に露出したオクトパスはヌメヌメとしたオレンジと斑な黒を光らせている。
しかも、その周辺には触手のようなものが4つ水面から突き出ている。
「ぎゃぁ! いやだぁ!」と、梢は泣き叫びながら暴れる。
しかし、身体はガッチリと触手に捕えられている。
玲実と望海はパニックになって水をパシャパシャ跳ねるだけだ。
3人が騒げば騒ぐほど絶望的なシチュエーションがリアルに染まっていく。
その時『バン!』という花火のような爆発音が響いた。
何が起こったか分からず望海と玲実の動きが止まる。
振り向くと、おへそを見せながらショットガンを構える乙葉のセーラー服姿が目に入った。
乙葉は膝まで海水に浸かった状態で一歩一歩オクトパスに近付いてくる。
そしてショットガンで狙いを定める。
比較的近い距離で『バンッ!』と、炸裂音がして、化け物に散弾が命中する。
その瞬間に、海水ではない液体が飛び散った。
併せて「痛っ!!」と、梢が苦痛に顔を歪める。
流れ弾が太ももを掠めたようだ。
が、腰回りの圧力が緩んだので梢は必死で水を掻く。
梢が化け物から離れたところで乙葉がさらに間合いを詰める。
そして「ああぁぁっ!」と、絶叫しながら発砲する。
『バンッ!』という炸裂音、そして扇状に海面を削ぐ散弾の軌跡が皆の目に入った。
と、同時に数本の触手が釣り上げられた魚のように跳ねた。
それは化け物の断末魔のように乱れ、水面をのた打ち回り、やがて静かになった。




