鳥目に八目鰻
とある掲示板。その日は、怖い体験談を数人で語り合っていた。見たことある人達と色んな話をしていった。廃病院に肝試しに行った話。霊の出ると噂の庭園に忍び込んだ話。山奥で姿も分からない何かに襲われそうになった話。長年の親友とある日ゲイバーで、カウンター越しにあってしまった話。おい、最後。そんな個性的で、ただありきたりな話が繰り広げられていた時、デフォルトネームで、IDも固定されていない人がいた。
「こんばんは~おもしろいはなしがあるので、ぼくもはなしてもよろしいでしようか」
頑張って打ったと思われる拙い文章になんの嫌気もせず、「いいよ~」「どうぞ!」「ハードル上げてきたなw」と、ほんわかしたムードでその人の書き込みを待機した。
「ありがとうございます」5分後くらいに、ぴこんと一言。
こりゃ、大長編になるぞwと心の中で呟いた。
「ぼくは、小さいころいなかに住んでいました。クラスメイトは十数人くらい、あそぶところは山の中か、学校や家からすこし遠い、歩いて20分くらいはかかる公園だけでした。とは言っても、公園も山道をのぼらないといけなくて、夏なんかは遊びに行くだけで汗だくになりました。公園への道は、基本的には大きい山道1本で行けるのですが、何に興味があったのか、単純に近道を探していたのか、いつもと違う細い道から行ってみたり、小さな動物が荒らしたような形跡のある樹を辿って行ったり、とにかく冒険する毎日でした。何度かそんなことをしていると、いつも行く公園に、通ったことの無い道がありました。背の高い草が沢山生えていて、先の景色も薄暗く、よく見えませんでした。道もがたがたとしていて、人の手の全く入っていないような、冷たい土と不気味に揺れる木々。怖い。とこころの中で思いつつも、暇だったので、少し行ってみることにしました。学校の宿題も終わっていて、友達もみんな畑や田んぼの手伝いや夕刊の配達やらで、今日は誰も公園にいなくてちょっと寂しかったところもありました。本当は、平和でほのぼのとした、なんの面白みも無い日々に飽きていた面もあるかもしれなかったですが。」
文字制限ギリギリまで書き込まれた文章は、新参さんの小学生の頃のだろうか、地元の話を丁寧に書いてくれていた。
「すげー!」「空気うまそう」「山って事は、神様とかいるのかな?」「wktk」「続き気になる、はよはよ!」
暖かい空気に包まれた掲示板で、みんなが続きを待っていた。しばらくすると、張り付いたように待っていた我々にぴこんと、続きが届いたのだった。
「長い草で身体がすれて、すり傷ができ、ガタガタした道で足首を挫いたりもしたような気がします。ただ無心で、何もかも忘れたように、日の当たらない暗い道を歩きました。歩き続けていたら、息が詰まってむせました。その時、ようやく我に返った様な気がして、辺りをきょろきょろ見渡しました。いつの間にか少し広い所に出ていたみたいで、目の前には石とレンガが積まれて出来た、ツタまみれ、苔まみれのすごく古いトンネルがありました。先程とは違って木漏れ日が差し込んでいて、少しだけ、暖かい感じがする、なんだかすごく神秘的な場所でした。トンネルに近づいて眺めていると、トンネルの中から少し暖かい、優しい風?みたいなものを感じました。《入るな》等の文字や、標識も無いため、仕方なく入ることにしました。中は少しもわっとした空気がして、あんまり居心地のいい空間ではありませんでした。明かりは背中の入口からくる日光のみで、壁伝いで歩いて行かないと怖くて進めない様な場所でした。壁の苔やこびりついた土埃を触りながら少しずつ進んで行くと、指先に隙間?のようなものが空いているのを発見しました。暗闇の中で目を凝らして見てみると、黒板で使う白いチョークの、2周りくらい大きい、丸い穴が空いていました。まだ小さかった僕はただの穴にも興味を持ち、ノリノリで人差し指を入れてみました。何もありませんでした。指を戻すと、人差し指が半分くらいになっていました。すごく痛かった気がします。そんなことはどうでも良くなって、突然すごく怖くなったので、一目散に走って来た道を戻りました。幸い入り組んではいなかったので、来た道にはすぐに戻れました。からだ中すり傷だらけ、足首にもかなり激痛が走っていて、思いっきり転んでしまって膝も擦りむいて。すごく嫌な気分になりました。山の近くの田んぼから、蛙の合唱が聞こえてきて、空を見上げると夕日は沈んで夜になっていました。晩御飯までに帰らないと怒られる!と思って、力を振り絞って頑張って家まで帰りました。」
…感想を書く暇もなく、すぐにぴこんと続きが来た。
「次の日、学校で友達とその話題で盛りあがりました。すると、その出来事がよほど印象に残ったのか、その場の自然な流れで一緒に行くことが決定しました。もちろん僕は付き添いです。何故なら、すごく怖かったからです。公園からの道も、トンネルも、今まで見たことの無いほどテンションの高い彼も。放課後になって、家に鞄を放り投げて、僕達は公園に集合しました。公園からの道は背の高い草がびっしりと生え、木々は大きくそびえ立つ。例えるなら、絵本で見るような、ダークファンタジーな世界。友達とおしゃべりしながら、がたがたの道を一緒に歩いていきました。今日はいつもより涼しい気候だったので、たまたま長袖を着ていました。おかげで、草ですり傷をつくることもなく、慎重に、慎重に奥に向かいました。山の中を歩いていくと、体温上昇や湿度の高さから、結構暑く感じてきて、友達との会話も少なくなり、ただ前を見て歩くようになってきました。がこん、っと友達が何かをずらした様な音が聞こえたような気がしましたが、特に気にも止めずのっそのっそと歩き続け、数分でやや広いところに着きました。汗だくになってきたので、さっさと用事を済ませて帰ろうと考えていたところ、ふと目の前には、トンネルの横にビックリマークだけの標識が立っていました。…あれ?確か、何も無かったはずじゃ…?そんな事を思いつつも、どんどんトンネルの中に入ろうとする友達に置いていかれないよう、数歩後ろをついて行きました。入口の光が届かなくなってきた位で、突然友達が目の前で突然消えたような感じがしました。手を伸ばしても、大きな声で呼んでも、友達のいる気配は無かった。冗談にしては流石にやりすぎだぞ!と疲れも相まってかなりイライラしました。進もうとすると、足元に大きな穴が空いているのが分かりました。マンホールより、一回り大きい位の、深そうな穴。その穴に気づいて、友達を助けようと穴の中を見てみました。あまり底は深いわけではなさそうで、ほっ、と一息をついてから覗き込むと、友達は穴の中で溶けてぐちゃぐちゃになっていました。いつも見ていた顔も、身体も、手足も。形を保ってはいませんでした。シャツやズボンも穴だらけ、もう着ることは出来ない様な状態でした。そこからはあまり覚えていません。突然すごく怖くなったので、一目散に走って来た道を戻りました。全速力で走っていたので、思いっきり転んでしまって膝が血まみれになりました。手を着いてしまったせいで、指から腕まで、激痛がしたような気がします。すごく嫌な気分になりました。山の近くの田んぼから、蛙の合唱が聞こえてきて、空を見上げると夕日は沈んで夜になっていました。」
すごく、奇妙な話だった。何かの話に影響されてるのか、自分で作ったストーリーなのか、そんなことしか考えられなくなるほど不気味な話だった。言葉に詰まって、どんな感想を書き込もうか悩んでいた時に、ぴこん。
「怖くなったので帰りました。」
「嫌な気分になりました。」
「蛙が鳴いたので急ぎました。」
「走ったら転びました。」
ぴこん。ぴこん。ぴこん。新参さんから、この、4つの文章が並んだ書き込みが止まらなくなっていた。僕は怖くなって、パソコンの電源を落とした。そして、すぐに寝た。次の日に、同じ掲示板に入ると、いつもの人達の誰かがアクセス禁止にしたらしい。少し可哀想な気もするが、たちの悪いいたずらだったなら、それはただの荒らしだ。そう割り切って昨日のログを見てみた。僕が電源を落とした後も、200件近く同じものを送っていたようだ。遡るのが少しめんどくさい。でも、もう一度読みたい!と、新参さんの少年時代に匹敵する興味心で探して、書き込みを順々に自分のメモアプリに書き写した。多分、新参さん以外にこんな体験した人はもう出てこないだろうと、レアカードを引いたような気持ちの高鳴りを持ちつつ読んでいく。
すると、ある事に気がついた。
「…!お前は、誰だ?」