第七話 雷豆腐
こちらの世界に来て好きになったものがある。
祭りや舞台、甘口の酒に四季の花々。
そして何といっても、豆腐。
江戸時代の日本がそうであったように、手頃で味の良い豆腐は月桂国では欠かせないおかずの定番食品である。
一人住まいの長屋の台所は流しと温符台のみの簡素な作りとなっており、外食が盛んなことも相まって自炊をする機会はそう多くはない。
せいぜいが簡単な朝食と、買ってきた惣菜を温め米を炊くくらいである。
火事を防ぐために一般家庭での火起こしが禁止されていることも大きい。
とはいえ温符はIHと電子レンジを足したようなものなのでコウに不都合はないのだが。
朝の内に豆腐小僧の俸手振りから買い入れ、水切りを済ませた木綿豆腐を半丁。
木綿豆腐もこちらに来て好物になったものの一つか。
圧倒的絹ごし豆腐党であったコウも江戸の流れを大いに汲んだ月桂国の料理にふんだんに使用される木綿豆腐をすっかり気に入ってしまい、今では両者甲乙つけがたい。
所変われば何とやら。
ごま油を炒って豆腐をつかみ、握るように崩し打ち入れて揚げ焼きにし、醤油を入れて混ぜ合わせる。
ぱりぱりとはぜる油の音が心を躍らせる。
名前に雷とつく料理が多いのは雷を恐れる月桂国の人々の心の表れだ。
豆腐に火が通ったら千切りにした白葱のワサビを加え味をなじませ、大根おろしを載せて出来上がり。
ふと思いつき、庭から大葉を取り刻んで乗せる。
昨年から始めた大葉の鉢植えだが、今年はさほど手入れをしていないにも関わらずすでに鉢から溢れそうになっており、この夏は気合を入れて消費せねばならない。
仕上げにかつお節をぱらり、で出来上がり。
「いただきます。」
「イタダキマス」
行儀は悪く鍋のまま、れんげではふはふ言いながらあつあつをほおばる。
ぐぅも同じ鍋から直箸で出来立てをついばむ。
片面はかりっと、片面はふんわりと。ぴりっと効いたわさびが良い味を出している。
ごま油の食欲をそそる香りもまたいい。
ぐぅはかりかりに大根たっぷりがお好みらしく、豆腐を鍋に押し付け両面に焼き目を付けている。
「美味いな。」
「美味イ」
何でもない昼食。美味しい昼食と初夏の午後。