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月宮国見聞録   作者: 判百 十一
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第四話 焼き鳥〔ねぎま〕(前)

冷たい小雨の降る中、摺り硝子の嵌った格子戸を引くとそこにはよく見知った顔がいた。


(しろ)、今日はここだったんだ。」

「おうコウとぐぅ。大将、隣いいか?」

「はいよ、いらっしゃい。」


入口すぐに並ぶ8席のカウンター。

長い手足を窮屈そうに椅子に収め右端の焼き台の前を陣取る男の隣の、馴染みの席に腰を下ろす。


「今日はまたえらく早えぇなあ。まだ夕三の刻(午後3時)だぜ。」

「お前が言うなよ。また開店前から入り浸りかよ。今日は相談受けの日だったからな。終わるのが早いのはいいけど昼飯食えてないんだ。」

「腹減ッタ」


蛇種らしい縦長の赤い瞳孔を楽しげにゆるませ、大口を開けて笑うと鋭い白い歯がぞろりとのぞき見えた。

見た目の年のころはコウとほとんど変わらず20代半ば。

開店と同時に入店したにもかかわらず、皎はすでに血管が見えるほどに透き通るような真っ白い肌を薄く赤く染めていた。

今日も早い時間から飲んでいるのであろう。


「コウ、何にする」

「まずはビールからにしようかな。」

「はいよ。」


栓を抜かれた瓶ビールをグラスに注ぎ、皎の盃と軽く合わせる。


「お疲れ。乾杯。」

「うん、乾杯。」


まだ肌寒さを感じるこの季節、たいていの店ではビールは常温で提供される。

外気より少し温度が低い程度のこの店のビールは香りと味わいが豊かで、のどをするすると心地よく流れていく。


この国の酒の王者は圧倒的に日本酒である。

酒の消費量のうち約半分をビールが占め、巨大な流通を誇る大手メーカーがある日本とは違い月桂国のビールは、クラフトビールに近い。

蔵によって味の違いがあり、それぞれの店が季節や料理によって仕入れを変えている場合が多い。

もちろん飲み慣れた日本のビールのように、よく冷やしてあり喉越しがよくすっきりと飲めるラガーもあるのだが、当然のように当たりはずれがある。

様々な味を楽しみつつも、はずれを引いたときなどは安定していて安心感のあった日本のビールが恋しくなることもあった。


突き出しの焼き豆腐をぐぅと共に1口で平らげてしまい、慌てて品書きを眺める。

とにかく腹が減っている。

肴の一品もいいけどもう焼き物が食べたい。


「ねぎま!塩とタレ2本づつで!」

「はいよ、1本の半分はちび用な。」

「腹減ってんだろ。大将、今焼いてる俺の、先コウにやって。」

「いいの?ありがと!」

「イイ奴ダナ、シロ」


お礼を込めてほとんど空いてしまっていた盃に酒を注ぐ。

皎はおおよその蛇らしく大酒飲みである。

今日も割りの燗(江戸風日本酒)をチェイサーに特上辛(日本酒辛口)の冷をまるで水かのように盃を干す様は、見ていて気持ちのいいほどだ。

器用に中指と薬指で串をつまみながら親指と人差し指で20cmはあろうかという盃を持つ様はあまり褒められたものではないが、皎にかかればその粗暴ともいえる仕草すらどこか色が滲んで見えた。

人と同じ形の手には爪がなく、刈り上げられたサイドの髪のすぐ下、耳の後ろから腕を通って指先までぴっしりと蛇の鱗に覆われている。

節の目立たない細く長い指は、5匹の白蛇がそれぞれ意思をもって動いているかのようだ。


すすめられ皎の肴を失敬する。ぐぅもちゃっかり横から梅ささみの和え物をつまんでいた。


「半月ぶりだっけ、皎はまたどこか行ってたの?」

「おう、急ぎの仕事があってな、ちょっと朱雀のところまで。」

「南に行ってたんだ!いいなあ、南のほうはまだ鬼の里までしか行ったことないんだよな。」

「朱雀池は遠いからなあ。飛んで行くか土符の定期船じゃないとなかなかな。」


数の少ない空を駆ける能力を持つ皎は空飛脚としてコウの暮らす金中京(きんちゅうきょう)を中心に、4藩8都に急ぎの荷物を届けることを生業としている。

高額な依頼料にも関わらず陸便や船便よりもずっと早く、羽持ちたちよりも重い荷物を運ぶことも可能なため、役人や大商人からの依頼が引きも切らないらしい。


「焼けたよ、お待たせ。」

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