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月宮国見聞録   作者: 判百 十一
1/7

第一話 サクラマスの西京焼き(前)

仕事の報告を終え青東藩(せいとうはん)屋敷を出ると、穏やかな陽射しと冷たい風が同時にコウの顔に当たった。

三の月もあと3日を残すばかりとなり、ずいぶんと外を歩きやすい気温になったが、昼日中を過ぎるとまだまだ吹く風に冬の名残が残る。

コウが上掛けの前を深く合わせると、懐中から不満そうな声が聞こえた。


「ああ、ごめん。もう出ていいよ。」

「先ニ出セヨ」


懐から赤い顔をのぞかせた()()()の〔ぐぅ〕が一度大きく伸びをすると、外側に向かうにつれて青みががかる透き通った羽をふるふるとふるわせて肩まで登り、ちょこんと腰掛ける。


「腹減ッタ」

「おう、夕飯食って帰ろうぜ。まだ時間も早いし少し歩こうか。」


表門に立つ馴染みの()()()の門番に挨拶をし、青東藩と赤南藩(せきなんはん)の間にある中常通(ちゅうじょうどおり)を通り東へ向かうと、都の南北をつなぐ鶴川(つるかわ)亀川(かめがわ)が見えてくる。

緩やかな弧を描き二本の川を(また)ぐ三宝橋。

その上を渡り川辺に目をやると、いつもであれば上り下りの多くの水運船で賑わうのは亀川のほうであるが、この季節は遊歩道の広い鶴川に都中から花見客が集まっており常にない活気に満ち溢れている。

化け狸に大蝦蟇にぬらりひょん、呼び方のわからない数多くの人間ではない者たち。

特に今日は河童たちが宴会の余興として相撲大会を開催しているらしく、酒も相まって緑の顔を赤く染めて競い合い、また周りの妖怪たちも巻き込んで大変な様相を呈していた。


今年は三の月の中頃に温かい日が続いていた。例年よりも10日ばかりはソメイヨシノの開花が早く、あと2,3日で満開になるだろう。

藩邸街の南端に当たる一常通(いちじょうどおり)から北側は鶴川・亀川の両岸から垂れ下がるように桜並木が連なっている。薄桃色の天井と、陽を受けてきらめく水面に映る桜の両方を一度に楽しめるこの道をコウはことのほか気に入っていた。

風が強く吹き、コウの目にかからない程度に切りそろえた黒髪を揺らす。まだ吹雪く気配のない心強い桜の下を木々の向こうから聞こえる歓声をBGMに、比較的賑わいの穏やかな亀川沿いをいつもよりもゆったりとした歩調で歩いていく。

満開間近の桜をこれほどのんびりと楽しめるようになってまだ3年だ。

日本にいる時のこの季節は仕事に追われていた。

ゆっくりと花見など何年できていなかっただろうか。


「今日の夕食は何にすっかなあ。」

「美味シイモノ」


お気に入りの店に行くのもいいが、初めての店を開拓する楽しさも捨てがたい。

ぐぅと夕食の店を相談しながら南に向かい歩いていると、上り川筋の中ほどからコウを呼ぶ声がする。荷運びを終えたらしい水運株の川天狗が声をかけてきた。


「コウ、仕事終わりかい。」

「うん、鉄さんも?」

「おうよ、今日の荷は青龍領(せいりゅうりょう)の海産物だったからな、船を戻しておしめえだ。」

なるほど、魚。

「お疲れ様。鉄さん、今の季節なら何の魚がいいかな?」

「海のモンなら鯛やら貝やらだがなあ、俺ぁマスかな。サクラマスなんか酒のアテにゃあ抜群よ。」

サクラマス!

「いいね、ありがとう。じゃあ行くね。」

「おう、また水運株所(かぶしょ)にも寄ってくれ。小せえのもまたな。」

「マタナ」


(かい)を操る鉄さんのマガモによく似た後姿に手を振り見送る。今日はあそこに決定だ。食べたいものが決まったら店の冒険はしないことに決めている。

店に向かう桜並木の下を歩くうちに陽は沈み、残る西日を金弓城(かなゆみじょう)の金色が反射してオレンジ色の光を残すばかりになっていく。

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