プロローグ
桜の木の下を恐ろしいと思ったことはあるか?
特に満開の桜は最悪で、夜桜など持っての他だ。桜の下は虚空が広がっている気がする。何もない世界、虚空。
桜の花が満開の頃は美しく、花びらが散ると寂寥感が訪れる。だからかなと考えたこともあった。そう考えると、満開→散ると言うのは人間の比喩なのかもしれない。だから恐ろしいと思うのか?なんとなくそういう気もするし、それだけでは割り切れないような領域もあるようなきがする。わからない。
わからなくてもいい。スマホのCPUがどういう仕組み。アーキテクチャでうごいているか、人に聞いても情報工学に詳しい人しか即答できないはずだ。1÷3だって割り切れない。人間の心ぐらい、矛盾をしても許してほしい。
事故や病気がなくても、人間老衰で死んでいく。若いことは、死への執行猶予がただ長いだけにすぎない。いかに年を取り、どんな生き方をし、どんなことを成し遂げるのか、そして何を残して行けるのか。そんなことに僕はあまり興味がない。心の中に冷たい螺旋が張り付いていく。
僕は中学生の時から、ここの土地の旧家である実相寺家に預けられている。長女は実相寺漫(第五帝大医学部4年)で、次女の実相寺律は、僕と同じ中学に通い、僕と同じで今年北高の新入生だが、科が違う(僕は普通科で、律は美術科)。進学校である北高に県内ゆいつの美術科があるのは不思議である。べつに美術科普通科と制服に差があるわけではない。女生徒はセーラー服で男生徒は学ラン。
入学式の前の日、漫がこんなことを言っていた。入学してすぐ生徒会選挙があるから、律は庶務に立候補しろと。僕と律で不思議がった。しかし、今の実相寺家の家長は漫である。漫と律の両親は仕事で海外に行っている。立候補しなければ家から追い出すと言われれば、どうにもならない。僕と律は相談して、仕方なく律を立候補させることにした。