CHAPTER.5
マンションに入る前、俺がプロ子に耳打ちした内容は三つ。一つは心を読む能力を持つ奴はいるのか。今回の作戦に限らず、これからの為にも聞きたかったことや。
「心を読める系っておるん?」
ボソッと、耳元で誉に聞かれた最初のことがそれだった。私の知ってる中では、正確に心を把握出来るような種族は居ないので、そう答えたら
「正確に?ってことはある程度は読める奴がおるってこと?」
「うん、嘘を見抜く種族は結構居るね。」
「……それくらいなら、まぁええか。」
嘘を見抜く程度なら何とかなるやろ、要するに嘘をつかなければ良いだけやからな。向こうに主導権を握られて、二択を迫られん限りは大丈夫や。そんで二つ目、これがキーや。 それは、プロ子が鳥化時の隠密性について説明した時。
「人間の姿になったら直ぐに探知されちゃう。」
そうプロ子は言っとった。つまり理外の奴らは人か人でないかをなんらかの方法で探知出来るんとちゃうか? つまり、それを逆手に取れば俺を人間じゃないモノと誤解させることも可能なんちゃうか? 俺は、そう思って次の質問をした。
「鳥化時に、ワザと存在感放つとかって出来る?」
最初、私はその質問が理解出来なかった。確かに可能だが私にとって、鳥化とは唯一の隠密手段であり、自らバレるようなマネをするなんて荒唐無稽な話に思えた。でも、誉は
「自分で人間じゃない!って言うよりも、向こうが勝手に誤解する方が何倍も楽や。」
なんて言って、誤解させることにこだわりを見せていた。確かに、今の状況で向こうは完全に誉の正体について、人間という選択肢を最初から外している。もし、誉が人間だと最初にバレていたらルダス星人のフリをしている時点で殺されていただろう。じゃあ、真似をせずに無知な人間のフリをすればいいと思うかもしれないけど、それでは適当にはぐらかされて部屋に入れなかっただろう。では、普通の人間じゃないモノとしてなら普通に入れたかと言うとそうでも無い。おそらくは、人間でない証明を迫られていただろう、そうなるとゲームオーバーだ。人間じゃないし、話が通じない狂人と思ってもらえたからこそ、結果的に殺されずに入れてもらえ取り調べという対話の場に持ち込めている。
プロ子の可能という返事を聞いて、俺はかなり今回の作戦について勝利を確信した。そんで三つ目や。それは、惣一の存在。俺が学校を出てから、ずぅーーっと後ろを惣一が尾けとった。もし、惣一が仲間になるんやったら、それほど頼もしいことは無い。だから、巻き込んでいいか、聞いたんやけどな。
「惣一、尾けてきてるやん?」
誉はそう言った。共通認識みたいに彼は言ったけど、私は一切気付いていなかった。でも、そう言われて後ろを窺うとサッと陰に隠れる人影が確かに居た。
「ちょっと巻き込んでいい?」
が三つ目の話だった。でも、それには首を横に振らざるを得なかった。
「ダメ、キミが思ってるよりも人外種族の件は繊細の話なの。」
「あ、ちゃうちゃう。そんなガッツリ打ち明けるんやなくて、利用していい?ってこと。」
「利用?まぁ、それなら良いけど……。」
そして話は今に戻る。
カジノの喧騒と、二人がついているテーブルは隔絶されていた。雰囲気的な話だけじゃなく、実際になんらかの干渉がテーブル自体にかかっているみたいだけど、私にはそれが何か分からなかった。
「俺の正体か、それは……」
「おっと、嘘はつかないでくださいね。私、分かるんです。」
私は、そこで勘づいてしまった。今目の前に座る男は、よりにもよって誉にとっての最悪の相手だった。それは、さっき話した種族で……
「自己紹介がまだでしたね。私は、この裏カジノの干渉体観察員、いや少し難しい言い方をしてしまいました。えぇっと、セキュリティ面のマネジャーみたいなものです。」
その種は相手の嘘を看破することで、嘘をついたものを自由に死に至らしめることが出来るそうだ。つまり、誉にとって最悪の相手。その種族の名は
「そして、私はムスカリ族のナキガオです、以後お見知り置きを。」
ナキガオは、以後があったらの話ですが。という言葉を飲み込んだ。二十年以上も各地のいわゆる「裏」の場所で働いてきたナキガオだったが、今までにここまで真意を読み解けない男は居なかった。長年の勘が、この男は危険だと告げていたが証拠も無い状況で無下に扱うわけにはいくまい。そういった考えで、最後の皮肉は口に出さないでおいた。
「えぇ、こちらこそ宜しくお願いします。」
私は驚きを超えて半ば呆れていた。似合わぬ敬語で、作り笑いをする誉が別人に見えることに。それにしても、嘘を見抜くムスカリ族が相手だというのに、誉はひとつも焦りを見せない。
「さて、ナキガオさん。いや……それも本当の名前じゃないみたいだが、」
「……これは驚きましたね、貴方も嘘を見抜けるとは。いよいよ正体を知りたくなってきましたね。」
驚いたのは私もだった、おそらくは誉の異常な観察、例えば目線の動き、例えば唾を飲みこむ間隔、例えば眉の動き……生命体が発する情報は無数で、そこから嘘を見抜くことも理論的には可能だろう。でも、それは理論の話。実際に行うのとは天と地ほどの差がある。だからこそ、彼からすれば人間の御業とは思えないだろう。
「しかし私の名はナキガオで良いのです。本当の名前など、ずっとずっと昔から名乗ってないもので、忘れてしまいました。」
「そうか、じゃあナキガオさん。そろそろ本題にいこう。アンタは俺が一人で乗り込んで来たと思っているようだが、それは間違いだ。俺には、複数人、仲間がついている。」
意味ありげに誉は笑ってそう言った。
「……確かに、嘘はついてないようですが。」
「信じられないか?じゃあ、外を見てみるといい。どうせ、カメラで直ぐ見れるだろ?」
私は、目の前で起きてることが信じられなかった。突如として高圧的な口調に転じた誉は一切嘘を交えずに、本当のことをはぐらかしている。そして、確かに複数人の仲間は居る。私と、惣一の二人だ。本当にカメラで外を見ると惣一は居るだろうし、実際は仲間といっても惣一と私だけだが、ナキガオからすれば物陰に何人もの仲間が潜んでいると考えるだろう。
「なるほど、どうやら本当のようですね。しかし、それが何なんです?」
モニターを覗いて、惣一の存在を確認したナキガオだったが、まだ余裕の表情だった。
「そうだよな、まだ一番大事なことを言っていなかった。俺達には、アンタ達全員に対抗、いや制圧するだけの力があるってことを。アンタも政府の犬達を知らないわけではないだろ?」
誉がそう言った途端、ナキガオは今の発言に嘘がないことが分かったのか、苦々しい顔をした。
「あぁ……そうか、そうだったのか。この場所も終わりなんですね。」
ナキガオの顔は絶望の色に染っていた。さっきまでの丁寧に敬語で話しかけながらも決して隙を見せない威圧的な態度から一変して、早くも諦めているようだ。そんな彼に私は同情していた。彼は今、自らの仕事を全う出来ずに、政府側の人間、まぁそれも嘘なんだけど、誉をカジノの中に入れてしまったと後悔しているに違いない。私は、同時にナキガオの能力について考察していた。誉は私の力を買いかぶりすぎているようだ。私は、確かに強いけれど異星人で溢れかえるこの場に居る全てを制圧する力など無い、にも関わらずナキガオは嘘と見抜けなかった。つまり、誉は私が出来ると思っている。だから、ナキガオは誉の言葉に嘘を探知できない。つまり、ムスカリ族の嘘を見抜く能力も結局は、嘘をつく対象が嘘を認識していないと意味を為さないのだ。そして、最後の誉がした政府の犬の話。誉はただ、政府の犬って知ってる? と聞いただけに過ぎない。それをナキガオは拡大解釈をしてしまい、いや、させられてしまい、私たちがこのカジノを取り締まりに来た政府の者だと勘違いしてしまった。ようやく、私は誉が「相手に誤解させる」ことに拘っていた理由が理解できた。相手に言われたのはなく、自分でピースを集めて組み立てた事実を、そう簡単に否定出来ないのだ。それこそが、バレない嘘の最も簡単な作り方ということにようやく気付いた。
「いや、終わりじゃない。」
誉はナキガオに強く首を振った。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないが俺はな、人間以外が肩身狭いこの地球では、ストレス発散出来るここみたいな場所が不可欠だと思ってる。だから、俺もこの場所を壊すのは本意じゃない。」
「……」
訝しげに誉を見ているナキガオだが、気にせずに誉は話を続けた。
「一つだけこの場を守る方法があると言ったら?」
「内容にも……依ります、嘘を言っていないのは分かっているので。一体何を要求すると言うのですか。」
「簡単な話さ。ルダス星人のデブを俺に引き渡してくれ。」
「……っ。」
「あぁ、分かっている。それが如何に裏カジノとしての信用を欠く行為なのか。しかし、俺も手ぶらで帰る訳にはいかない。幸い彼は、俺らが追っているなかの一人だ。彼だけでも連れ帰れば、プロ子……俺の上司みたいな者だが、満足してくれるだろう」
「嘘は……ついてないのですね。」
「そうだ。さぁどうする?」
「ずるいですね、あなたは。それは私に選択を委ねているようで、一切委ねられてませんよ。」
「あぁ、俺はずるい男だ。だからこそ、ずるい方法でアンタに頼んでる。」
「……分かりました、完全に私の負けです。少し待っていてください。呼んできますので。」