CHAPTER.4
学校が終わり放課後、俺とプロ子はある場所に向かって歩いていた。何故か、行先は教えて貰えなかったがもうすぐ着くとのことだ。それにしても、なんか怪しんどったなぁ惣一。今日、部活は休ませてもらうわ、って言っただけやのに、部活以外にお前に何があるねん、とか酷いやろ。
そんなことを考えてるうちに、目的地に着いたらしい。タタタッと軽やかに前に出て、プロ子は振り返った。
「はい!ここが今回の土壇場です」
「うーん、ちょっとちゃうな、使い方。出来れば、土壇場にはならんようにしたい所やねんけど」
てか、普通のマンションに見えるんやけど。
俺たちが見上げているのはごくごく普通なマンションだった。
「え、家凸でもするん?」
「ううん、ここはね。裏カジノ」
えーーー。
「こわ」
「キミが知らないことが沢山あるって言ったでしょ」
「いや、裏カジノて、ちょっとファンタジー的なんとはベクトルちゃうやん。でも、俺どう見たかて高校生やで、入られへんくない?」
「そこは気合いで。ただね、オーナー含め全員が人外、特にルダス星人だからセキュリティは凄い甘いの。警察も分かってて手を出さないしね。」
「ん?国は知ってんの?その〜、異星人とか。」
今更何を言っているんだ、みたいな目でプロ子はこちらを見る。
「当たり前でしょ。国が情報統制しないと直ぐに明るみに出てるよ。それでさ、どうする? 私もプランが無いわけではないけど……」
「んや、俺の作戦でええ。それでさ…プロ子…」
聞きたかったことを耳打ちすると、プロ子は不思議そうに出来ると言ってくれた。その他にも幾つか今回の計画に必要なことを話した。
「ほな行こか〜」
あえて気楽に口に出してみた。
薄暗い中、下卑た笑い声と煙が充満している場所で、私は私の人選が正しかったと確信していた。いや、分かっていたはずだった。誉には並外れた演技の才能と度胸があることは。それでも、流石にコレは予想外。私は半ば呆れた目で彼と談笑する誉を見ていた。
少し話は戻って。
誉は、エレベーターに乗って5階を押す。若干、緊張は感じられるけど逆に良いのかも。裏カジノに初めて来て、緊張しない人なんて居ないだろうし。カジノの入口は502号室、さて、誉のお手並み拝見としようかな。って思ってたけど、全然誉はインターホンを押そうとしない。それどころか部屋の前を行ったり来たり。落ち着きのない誉の姿は、ニコチンが切れたタバコ依存性の人を彷彿とさせた。
「くそ…腹減った。はぁ、はぁ。」
え?もしかして……いや、いやいや、違うよね。誉はおもむろに床に座り込んでポケットからサイコロを出して振り出した。
「ぅあああ、痛い痛い!!」
あぁー、嫌な予感が的中しちゃったよ。これ完全にルダス星人を演じてる。でも、痛いってなに?サイコロも娯楽だから、彼らの糧となるはずなんだけど……。誉はまたサイコロを振っては絶叫する。
「ぁぁあああ!足らん!」
それにしても、本当に誉なのか疑わしい形相だった。さっきまでの関西弁でおちゃらけていた彼の面影はまったく無く、ひたすらに飢えて、今にも倒れそうな狂人と化していた。また、サイコロを振る。また叫ぶ。振って、叫んで。振って、叫んで。
「はぁ、はぁ、死ぬぅぅ……」
12回目くらいそのサイクルが続いた。枯れた喉で叫ぶ誉は、駄々をこねる子供のように、でもその奥のどうしようもない生存本能の為の欲望をチラつかせながら、声を振り絞っていた。
「遊びたいぃぃぃぃ!」
床に這いつくばっている誉の視線の先には、一向に開く気配がない冷たいドア。そして、全てのエネルギーを使い切ったような誉は、目を瞑った。
誉は、頭の横で回るルーレットの音で目覚めた。ように見えるだろう。実際には、誉は一睡もしていない。ずっと心拍数を聞いている私にしか分からないことだけど。
「お目覚めですか?」
そう聞いてきたのはおそらく、オーナーか警備員的な役割の者だろう。
「う、う〜ん……」
誉はぬけぬけと今起きたかのように振舞っていた。
「あ、無理に体起こさなくて良いですよ。そのまま寝たままでいいですから」
「いえ、お陰様で少し元気になりました」
誉の身体を廊下から部屋に運んだバーテンダーらしき服を着た男に礼を言った。
「やっぱりルーレットって、胃ぃ空っぽでも全然負担無くて良いですよねぇ」
今の一言で私はようやく、さっきのサイコロと「痛い」と叫んでいた理由に気づいた。おそらく、誉は人間が空腹時におかゆを食べるように、ルダス星人にも空腹に負担が強いものと弱いものがあると踏んだんだ。そして、サイコロは負担が強いと仮定した。あまりにも根拠の無い仮定、然しその仮定に基づいた演技は絶大なリアリティをもたらした。
「はは、面白いことを言うルダス星人ですね」
でも、それは悪手だったんじゃないかなぁ。だってルダス星人は人間の形をしてるだけで……
「胃なんて無いだろうに。それに、私がルダス星人みたいに聞きましたけど、そうじゃないのも分かってるでしょう?え〜、確かイーデムでしたっけ?ルダス星人の間だけで、可能な会話術の名前って」
「イーデェムですね、正しくは。それに、私はルダス星人ですよ?自らも面白くないと。」
上手い、正確な発音、いや実際には正確じゃないかもしれないけど、それを指摘することでより自身をルダス星人と思い込ませている。さらに、自分はルダス星人だと名乗り直した。知らないことで、ここまで涼しげな顔をして嘘を吐く誉に、尊敬に似た恐怖を覚えた。でも、何か……。
「いやぁ、それにしても驚きましたよ。防犯カメラを見てたら、貴方が急に叫びながらサイコロを振り出したんですから」
「いや、本当にお恥ずかしいです。なにぶん文字通り、娯楽に飢えてたもんですから」
今まで順調だったからだろうか。何か、嫌な予感がした。
「エレベーターでは平気そうでしたけどね」
っっっ!?やっぱり、コイツ勘づいてたんだ!でも、わざと、気づいてた上で誉を中に入れてる。ってことはまだ確信は得ていないのか?
「……はは、エレベーターは三半規管が揺られて、私にとっては娯楽なんですよ。」
「またまた笑、ルダス星人に三半規管なんて無いでしょ?」
「……」
「知っていますか?ルダス星人が飢えで意識を失ったら、もう二度と目覚めることは無いんです。いや、少なくとも娯楽では目覚めないんです。何故か、分かりますか?娯楽はね、目覚めて意識がある状態じゃないと娯楽じゃないんですよ。」
「……」
「さて、いい加減正体を教えてくれませんか?貴方がルダス星人でないこと。そして、人間でもないことは分かっているんです。」
私は、彼の言葉を聞き思わずほくそ笑んだ。