CHAPTER.3
翌朝、俺は昨日のことが未だに夢かなんかやと思っとった。朝一番に機械仕掛けの小鳥を目にするまでは。でも、意味のわからんことに巻き込まれた不安なんかよりも、変化の無い日常に亀裂が入ったワクワク感の方がデカい気がして、これが昨日プロ子が言っとった『受容力』ってやつなんやろうなぁ、なんて考えてた。
「ほな今日の放課後は部活行かれへんなぁ。」
制服のボタンを止めながら、今日の午後の予定を話す。プロ子は人間の姿になって、俺の机を物色していた。
「うーん、部活って20時までだっけ?」
「そやねん、えらい長いやろ。」
「でも、嫌じゃないんでしょ。キミは心から演劇が好きだから。」
ペンをくるくると回しながら、そんな小っ恥ずかしいことを言ってきた。
……はぁー、コイツはかなり鋭いことを言ってくる。
「俺のことはええねん。んで、俺史上初の大捕物はどんなアリメ……えーっ、アリなんちゃらなん?」
「アリメンタムね。それでね、キミはまだ捕獲童貞だから」
「童貞とか言うな」
すかさずツッコむ俺に期待通りといった笑みを浮かべ、プロ子は話を再開した。
「……捕獲初心者だから、簡単なターゲットを選んでおいたよ」
「ほう」
それは素直にありがたい話や。まだまだ勝手もわからんしな。
「ででででで……」
たどたどしい口調でドラムロールをプロ子が始めた。こういうバカみたいなことを直ぐにコイツはする。
「……でででで」
うーん。
「ででででででで……」
いやぁ、いい天気や。外からはスズメの鳴く声が聴こえる。
「……ででででで」
そういや、惣一になんて説明しよか……って。
「いや長いな!どんだけ溜めんねん、はよ言えや!」
プロ子は、ジトっとした目で今言おうと思ってたのにムードを醸し出す。が、直ぐに気を取り直してドラムロールを締めた。
「ででん!」
「今回のターゲットは、ルダス星人のデブ!」
ちょ、デブて。てか、どっからそのポップな文字書いてあるフリップ出てきてん。
「デブはあかんやろ、仮にデブやとしても。」
「はぁ〜」
分かってないといった風に首を振ってプロ子は説明を始めた。
「ルダス星人はね、生きるために食事行為が一切必要ないの。もちろん、食事をしないから排泄もしないし、そもそも口や食道も存在しない」
「食べへんねんやったらデブにはならんやろ」
「ううん、彼らには個々の名前なんて無いの。でも何故か、ルダス星人同士では、名前が無くてもコミュニケーションが取れるんだ、不思議とね」
そこで俺はようやく理解した。
「だから、俺らは『デブ』みたいな見た目でしか呼びようがないんか」
「そ、そしてルダス星人は高度な擬態能力を持ってる。その場に一番馴染める姿となって生活してるの」
どこからか取り出してきたフリップ(二枚目)にはタコの絵が描かれていた。
「じゃ、地球やったら人間の見た目ってことか」
「そうそう。そして彼らは娯楽によって生命を維持してるんだって。詳しい理論は私も分からないけど」
アンドロイドならそんくらい知っとけって感じやけど、案外宇宙人の生態構造なんかは分からないのかもな。喜んで解体されるとは思えんし。
「娯楽ねぇ。そんで、俺の仕事は?」
「今日の朝の姿、私の鳥化は隠密性に特化しすぎて戦闘はほぼ不可能なんだ。でも、人間の姿になったら直ぐに探知されちゃう。」
「なるほど?」
「だから私は鳥のまま、キミのポケットにでも潜んでるから、キミはルダス星人を探し出して、人があまり居ないような所まで連れ出して欲しい。その後は、私がどうにかするから。」
どうにかする、ねぇ。まあ強いらしいもんな。
「なるほど、でもどうやって人間と見分けんの?姿は一緒なんやろ?」
「アリメンタムはルールを破ったものたちって言ったでしょ、じゃあルールってどんなのだと思う?」
俺の質問に直接答えずに、プロ子は問題を出した。
「う〜ん、人に危害を加えるとか?」
「うん、それも一つ。でもね、そんなのは殆ど居ない。最も破りがちなルール、それは自分の存在をバラしてしまうことなの。」
ん?そんなアホなことする奴がそんなに居るんか?怪訝な顔をしていると、プロ子はそれを察したのか
「分からないでしょ。でもね、想像してみて。この人間社会に入った瞬間から、キミをキミたらしめる全てを捨てなければならないの。そして、四六時中永遠に別人を演じ続ける。休みのない演劇ほど辛いものは無いでしょ?」
「ま、それは……そうか。自分が何者か分からんくなりそうやもんなぁ。」
「でしょ、つまり今回のデブも、自分が人間じゃないってことを何となくでも仄めかしてるの。まぁ、未来ではもっと大変なことやらかしてるんだけど……。」
「なるほどなぁ、じゃそろそろ学校行くわ。また、放課後な。」
「うん。」
それにしても、ルダス星人ねぇ。遊戯を糧に生きているんか……。でも、俺よりもよっぽど強い。腕っぷしがものを言う事態になったら、100パー俺の敗北や。こっちの目的は誘導だけ。人間てことは、バレん方がええやろな。ん?そういや、何処に行くんか聞いてないやんけ。