CHAPTER.2
「君がどんなに現状維持を望んでも、君の才能がそうはさせてくれない。」
そう言ったソイツは、どこか冷たい空気を放って……って
「ヒィィイ!! 不審者や! おかん! 不審者おるぅ!!!」
「……」
っ!?どんだけドアノブを下げても開かへん。ちょ、まじやばい。
「おい! お前誰やねん! なんで無言やねん、こっわい! 」
「……」
フードを被った女はゆっくりと窓から下りた。
「おい、近づいてくんな!ちょ、マジ、おかん!」
「……はぁ〜」
俺が慌ててんのを馬鹿にしたかのように女はため息をついて首を振る。
「……なんやねん」
「あのね、無駄だよ。その必死の呼びかけ。ここに結界を張ったからね。キミもキミの声も何処にも行けないんだ。」
……は?
「なんや結界て、アホか!」
突然、アホなことを言い出した女に俺はついツッコんでしまった。
「ア、アホ!?私が!?」
ひ、酷い!と訴えながらフードを外した彼女を観察する。真っ白な肌に、ポニーテールの黒髪。見た目は普通の子、っていうかむしろかなり可愛い。こんな可愛い子も不審者なるんやな。でも……、なんか、変やな。なんやろか、ちょっと人間にしては雰囲気が冷たすぎる気がする。そこまで思考が回っている自分に気付いて、俺は自分がとっくに冷静になっていることに気付いた。
「はぁー、まぁ、ホンマに出れへんみたいやしなぁ」
一向に空く気配が無いドアにもたれかかって、侵入者と真正面に向き合う。
「じゃあ百歩譲ってや、結界ってのがあったとして? それをここに張ったとして? 一体俺になんの用なんや」
「やっと本題に入れるね。」
待ってましたと言わんばかりにそう言った彼女は、荒唐無稽な話を始めた。思えば、こん時が俺の最後の平凡な時間やったんかもしれん。
「じゃあ、まず自己紹介から。私の名前はプロンプターって言うの」
「……いやいや、やっぱアホやろ。仮にも俺、演劇部やで?プロンプターぐらい知っとるわ。人の名前じゃないってこともな」
「うんうん」
そのくらい知ってるよね、分かってる分かってると、女は頷く。
「そのプロンプターの認識であってるよ。プロンプターって、演劇において演者にセリフを教えて補佐するでしょ?そんな感じでキミを補佐するから、プロンプター。」
彼女は得意げに既に知ってるプロンプターの意味を語ってくれた。
「そんなプロンプター、プロンプター何回も言うな。アタマおかしなりそうやわ! うーん、そうやな、プロ子!」
「え…」
「え…、やないねん。プロ子、とかどうや?親しみやすくてええやろ。」
うん、我ながらなかなかセンスが良いな。
「せっかく、プロンプターってかっこいいと思ってたのに。」
口を尖らせて、プロ子はそう言った。
「で、なんの補佐をしてくれるん?」
「そうだった、えーっとね、その前にちょっと。私はね、アンドロイドなの。」
どうだ! と言わんばかりに胸を張って彼女はそう言った……けど、俺からすると大して意外でも無かった。元から人にしては雰囲気が冷たいと思ってたし。
「うん……ごめんなぁ。そんな気ぃしてた」
「……もうちょっと驚いてほしかったなぁ。じゃあさ……私ね!未来から来てるの!」
今度こそ驚くだろう、といった風にまた彼女は胸を張った……けど。
「うん。まぁ……現代にこんな技術ないからな。」
そうなのだ、ここまで表情豊かに喋って動ける機械など見たことがない。
「いや、まぁその通りなんだけども、もうちょっと反応無いのかなぁって。ま、良いや。それでね手伝って欲しいことがあって。」
プロ子は、急に真剣さを携えた目で俺を見つめた。
「ほう。」
「私の自己紹介にも驚かなかったキミだけど!この世界にはね、キミが知らない、驚くようなことが沢山あるの。それは、例えば地底人だったり、宇宙人だったり、怪獣とか、魔法使い。スーパースターも居るし…」
プロ子は指を折って、フィクションの産物を挙げる。
「いや、待て待て待て。んな、アホな。漫画の読みすぎやで、アンドロイドとあろうものが。」
「ま、信じないよね。良いの、良いの。どうせ信じざるを得なくなるから。で、手伝って欲しいことって言うのは、今、言ったような人外の犯罪者を捕まえることなの。」
「じゃあプロ子は時空警察みたいなもんやな。」
俺の適当な解釈にプロ子は微妙な顔をして頷く。
「うーん、そんな感じに近いかな。人外たちの社会にもルールが有って、それを破ってるものを、アリメンタム私たちはそう呼んでる。」
「ま、それを信じて、や。仮に俺が手伝ったとして報酬は?それなりのものがあるんやろ? 願いを一つ叶えるとか。」
俺は肝心なことを聞いた。この返答次第で、手伝うかどうかが決まるやろう。
「良いね〜、乗り気で。なんと!報酬は星一個です!」
オーバーリアクションを取りながら、彼女はそんなことを抜かした。
「えぇ〜、要らんわ。もっとなんか無いわけ?」
俺が正直に言うと、プロ子は意外そうな顔をした。
「え、星要らないの?資源取り放題だよ?しかも太陽系内の星だから、買い手にも困らないのに?」
心底不思議そうにしとるけど、現代において星にそこまでの価値があるとは思えへんわ。
「いや、星て。」
「うーん、じゃあ上に聞いて他の報酬を打診しとくからさ、手伝ってくれる?」
「あのさ、さっきから手伝って、手伝ってって、なんで自分でやらんの?アンドロイド言うくらいやし、強そうに見えるけど。」
俺は最初から疑問に思っていたことを聞いた。
「確かに私は、そこらのアリメンタムに引けを取らない戦闘力はあるけど、問題はそこじゃないの。」
「……あー、そもそも会えへんのか。」
「そう。彼らは驚くほど警戒心が強くて、滅多にコミュニティの外と接触しないの。ましてや、私なんて直ぐにアンドロイドってバレちゃうから。だから、直接戦闘の場までキミに引きずり出して欲しいの。」
「俺やったら会えると?」
「私よりは簡単にね。」
「なるほどなぁ、ええよ。」
「良いの!?!?ちょっと即決すぎない?危険だし自由な時間もあんまり無いよ?」
「ええよ。」
「えぇー、まぁそれなら、早速明日から頼むね。いやぁ、やっぱ見込み通りだね。」
「見込み?」
「キミね、自分では気づいてないかもしれないけど、ものすごく変化を望んでたの。しかも人並外れた受容力と観察力を持ってる。」
「そうか?普通やろ。」
「ま、真価は別にあるんだけどね。」
「じゃ、結界解除するね。私はこうなっとくから。」
そう言うと、彼女は一羽の鳥になった。あまりにも美しい機械仕掛けの機構に目を奪われそうなった。
「誉ぇー?はよ着替えてー。もうご飯の準備出来てんでぇー。」
おかんの声が下から響いていた。