驚異的な人々
「公晴、もう見ていいよ。公晴も解いてみる?」
「私は関与しない」
「構わないのに」
「最初は夜道がやってみるか?」
「いいの?」
「構わない、ケーキを早く食わないとこっちも奏汰に取られそうだ」
「取らないよ、甘いものは苦手だもの」
「ならチーズケーキも食うな」
「これは別腹です。ほとんど甘くないし」
大岳と奏汰さんの言い争いが始まった。
よし、その間に何とか開けてしまおう。それにしても本当に綺麗な箱。何種類ものモザイクタイルが組み合わさったような不思議なパターン図形。それが何重にも幾何学的にも組み合わさって箱の表面を彩り埋め尽くしている。
奏汰さんはさっきこの図形の一部を引っ張ったり外したりしていた。動くんだろうかと思って端っこを調べていたらその一部がカタリという小さな音と共に横にずれた。それを引っ張ると半分ほどが箱から分離したけど、半分は箱にくっついたまま。これは強引に引っ張ってもいいのかな。壊れちゃう?
「奏汰さん、これ無理やり引っ張っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ああひっかかるよね。力一杯やっても大丈夫だと思う。からくり箱って一定無茶な扱いするのが前提だし」
奏汰さんは面白そうにニカッと笑った。奏汰さんは相変わらず歯が眩しい。
でもそう言われて結構強引に引っ張ってみたけど動かない。じゃあここは違う場所か。いや、他の何処かと連動してるのかな。いくつか引っ張れる部分があって箱自体が凸凹してきた。ううう、多分全部開きすぎ、どこかに特定のパターンがある、はず。
ひょっとしたら何かの機構がハマる時に音がするかもとか思って耳をつけて調べてみたけど全然わからない。
「夜道ちゃん、機械仕掛けじゃないから音は鳴らないよ」
「そうなんですか?」
「そう、寄木細工ってのは木を組み合わせてるからね。動くように動くし動かないところは動かない、ほら貸して」
そう言って奏汰さんは私が引っ張り出した木片のあらかたを元に戻して一つの面全体を大きくスライドさせた。
「これでヒントはおしまい。思ったよりダイナミックに動くから楽しんで」
「いいのか? ヒントなんか教えて。俺も見たぞ」
「大丈夫。これだけじゃ解けない。開けてる途中の動きの半分くらいがフェイクなのは気がついてんだろ?」
「同じような動きを何度か繰り返してたからな」
「結構真面目に見てたよね。でも流石に大岳でもわからないでしょ」
大岳は大きくため息をついた。なんだか私じゃ到底開けられそうにない感じ。大岳の前に箱をそっとおいて、代わりに食べ終わった皿を集めて重ねる。自分用に買ってきたクランベリームースを食べるのだ。ああでもミルクティーちょっと冷めちゃったな。後で追加いれよう。
「夜道、もういいのか?」
「私じゃ開けられなさそうなんだもん」
「はは、まあ今回は少しガチめの箱を持ってきた自覚はある」
「俺が開けてしまった後は楽しめないぞ」
「まあいいよ」
「奏汰。多少強引にやってもいいんだな?」
「まあね、そうそう壊れはしないよ」
「言質はとったぞ」
大岳は箱をほっぽって機材の置いてあるスペースに向かった。あれと思ってみていると、何か平たくて細くて金属の楔みたいなのを持ってきた。
「ちょま、大岳、骨ノミはずるいぞ」
「黙れ。強引にやっていいと言っただろ。これなら壊さない。お前なら戻せるだろ」
「ええ、大人気なさすぎない? ちょっと。あれ、チーズケーキそんなに怒ってる?」
「怒ってる。てこの原理の恐ろしさを思い知るがいい」
骨ノミというのは確か整形外科で骨を削る時に使う器具だ。大岳はその平たいノミを寄木細工の隙間に差し入れて力を調整する。何度か場所を変えて差し入れるとパキという小さな音がしてパーツが外れた。それを何箇所か試すと、箱の三分の一くらいがとれてしまった。あぁ~哀れ哀れ。
それを奏汰さんはあーあって顔で見ている。これ、本当に治せるのかな。まあ確かに割れたりはしていないようだけど。
それで底の方にあった1粒の錠剤をつまみ上げて薬袋に戻す。
「えぇ~ずるくない?」
「強引にやってもいいと言った。夜道も聞いたよな」
「うん、まあ聞いたけど」
「酷いよね? はぁ、今回は仕方ないか。我慢する。代わりに普通の薬頂戴」
「やけに往生際がいいな」
「彼氏に誓ったし」
奏汰さんは随分残念そうだ。まあ薬はもらえないし箱は壊されちゃったからなぁ。けれども奏汰さんなら簡単に直してしまうのだろう。というかもう半分くらい直している。器用だ。そういえば結局開け方はわからないまま。後で奏汰さんに聞いてみよう。そう思っていたら公晴さんが声をかけた。
「大岳が箱を開けたということでいいか」
「うん、そうだね」
「なら袖口にしまった薬を返すべきだ」
「え」
「最初に『うまく開けられちゃったら薬を返す』と言っていた」
ああー、と言って奏汰さんは天井を仰ぐ。その手の中の寄木細工はすでに魔法のように元に戻っていた。奏汰さんは左袖の中から一シート出してそれを大岳に渡す。
「いつ取ったんだ、魔法使い」
魔法使いというのはあまりに手先の器用すぎる奏汰さんの異名だ。
「えーと俺が箱を開けてた時。大岳と夜道ちゃんが箱に集中してただろ? 薬袋が雑に置いてあったから箱を回して影になったすきに、つい」
「油断も隙もないな」
「いやごめんて。それより公晴は何でわかったんだよ。後ろ向いてたんじゃないのか?」
「戸棚のガラスに一部始終が映っていた」
「まじかよもう、奇人どもめ」
「奏汰さん、私は普通」
「そうだね、夜道ちゃんごめんね?」
けれども私はもう死んでいるから、一番変といえば変か。変変。
奏汰さんがしょげてる。なんとなく可哀想に見えてきた。奏汰さんはどことなく犬っぽい。奏汰さんのカップに新しいドリップバッグを乗せてお湯を注ぐと、ふうわりコーヒーの芳しき香りが漂ってきた。円を描きながら少しずつお湯を増やすのが美味しいコツ。美味しくなれ美味しくなれ。
「それで重症なのは彼氏の方なのか?」
「え。うーんまあそう、8度6分出てる。でも症状は俺と同じだから多分ただの風邪」
「仕方ないな、夜道、水を持ってきて」
「はぁいすぐに」
大岳は手近な棚から錠剤を一つ取り出す。
「これは普通の風邪薬だからお前が今飲め」
「えでも」
「それでこっちは彼氏に飲ませろ」
「えいいの?」
大岳は忌々しそうな顔でさっき薬袋にしまった錠剤を机に出した。
「また来られたら鬱陶しい。どうせ一回帰ってまたすぐ戻って来て貰えるまで帰らないとか始めるつもりなんだろ」
「よくわかったね」
「彼氏のためなら引かないのはしってるからな」
「ありがと、早く諦めてくれて」
「今度来る時はケーキ買ってこい」
「わかった。本当ありがとね」
奏汰さんは錠剤を引ったくるように手にして走り去ってしまった。あー彼氏一直線だぁ。熱い熱い。
「あいつは本当にいつも騒がしい」
「面白いじゃない。それよりこの箱置いてっちゃったけどどうしよう」
「もらっていいんじゃないか。あいつ同じネタは持ち出さない趣味だろうから」
そうして不思議な箱が転がり込んできた。何回かトライしてみたけど、開けられる気配は全然ないな。残念残念。




