10 謎めく強要
「そんでついて来られんの本当に迷惑なんだけど。うっとおしいからやめて。そうじゃないと気持ち悪いから警察呼ぶ。何でついてきてんの」
「何故つけてるのがわかった」
「臭いで」
「臭い?」
「あんたら臭いんだよ。外人だろ?」
「ちょっと待て、お前何言ってる」
内倉は心のなかで男にまるっと同意した。
するとケイヤはわかりやすく鼻をフンと鳴らしてクンクンと動かした。
「えっとおっさんの昼メシは良し牛だろ? しかも唐揚げ追加した。それで朝飯はねぇ、トースト、雨印のホテルブレッドの匂い? それから緑茶? えぇ? パンに緑茶飲むの? 意味わかんねぇ」
「待て、待て待て。何故わかった」
「だから匂いつってんだろ。おっさんからその匂いがすんだよ」
ケイヤは苛立ったような声を出して雑に軽く机を叩く。
スーツは明らかに混乱した顔をして、助けを求めるように内倉を見た瞬間ケイタが俺の足を踏んだ。
「こいつすげぇ鼻いいんだよ。当たってるんだろ? お前マジで俺らつけてたの?」
「そうそう、Uターンしたとこからついてきた」
「何で?」
「知らね」
「……本当に無関係なのか?」
「だから何とだよ」
半切れしているようにしか見えないケイヤを眺め、スーツは困惑しつつも恐る恐る問いかける。
「そのくらい鼻がいいというならなんでつけられてるかわかる……だろ」
「なんで? 喧嘩でもしたから? あのアパートなんかすげぇ血の匂いしてたよな。でも俺らには関係ねぇっつか誰にも話さねぇよ。知らねぇし。でもつけてくるなら警察に話すからな。あと鼻いいからついてきてもすぐわかるぜ」
スーツの男は真に困惑した顔でスマホを操作する。そうするとガチャリとすぐそばの喫茶店の扉が開く音がして、北欧系の男が喫茶店に入ってきた。マッサージ出たところで内倉が自販機で見た男だ。スーツの男と顔を見合わせながら外国語で何か話し出す。
内倉の中で半信半疑だったものが確証に変わっていくとともに、頭の混乱は増大する一方だった。ドミノが倒れるが如く繋がっていく何かに慄いた。男たちの話す言葉は英語でもフランス語でもドイツ語でもない。何語かがわからない。そして北欧系の男を間近で見て内倉の心のなかで鳴り響く警鐘はさらに音を増した。北欧系の男はガタイがいい。戦闘職だ。強い。けれどもさらに驚いたのはケイヤの物言いだった。
「わけわかんねぇ言葉で話してんじゃねぇよ」
「待て、確認してる」
「そっちのおっさんもついてきた奴だろぉ? あと茶髪のお姉さん」
「……こいつの昼食ったもんわかるか」
ケイタは北欧系の男の体に鼻を寄せてクンクン嗅ぐ。
「口開けて……昼は食ってねぇ。スポーツドリンクとガムの匂いしかしねぇ。キシリットクリアミント。朝は氷印の低脂肪牛乳いれたグロッグのシリアルとグレープフルーツ」
「その通りでス」
「すごいなお前」
「で、なんなんだよお前ら」
ケイヤに少し待てと伝え、スーツと北欧系は知らない言語で言葉を交わし続ける。
「ふぅ、なんでお前らあそこに来た」
「あのアパートか? 道に迷ったんだよ」
「目的地はどこだ」
「南神津のマッサージだよ。ずっとついてきただろ」
「神津から南神津に来たならあのあたりに近寄る理由はない」
「知らねぇよ。友達に神津新道で下ろしてもらったんだよ」
この喫茶店が面している中央通りは神津駅から南に直進する大通りだ。この中央通りに並行して神津の東側に南北に走っているのが神津新道で、市街地を迂回する幹線道路だ。神津は同心円状に区画整理がされていて、神津駅を起点としてどこかに向かうには道はわかりやすいのだが、神津駅を経由せずに道路から道路に移動するなら途端に道はわかりにくくなる。この2つの街道の中間あたりにあのアパートはある。だからここを迷う者はよくいるし、理屈は通る。
北欧系が軽くうなずく。確かに俺らの行動はその説明で不自然は、ないな。そう思って内倉は上着のポケットにつっこんだ指先が汗をかいているのを感じた。
こいつらが何者かはしらないが、こうまでスラスラ言い訳が出れば多少なりとも無関係ではないかと疑うだろう。もとより何らかの確信があって追いかけていたわけでもないはずだ。内倉たちはあのアパートに初めて行ったし立ち寄ってもいない。内倉にもおそらくケイヤにもあのアパート自体に心当たりはないはずだから。あれほど近くで臭いを嗅げば、ひょっとしたらケイヤには何かがわかってるのかもしれないが、もともとはわかっていれば行かないよな、多分。そう内倉は当たりをつけた。
あのアパートに4人いて費やしたリソースが3人だ。もともと何人いるのかはわからないが割く人員が過多に思われた。そしてそれが外国人の本気度を表しているのであれば、危険性は高いのだろう。撤退しろ。撤退してくれ。内倉は心の中でそう呟いた。
「わかった、信じる。だがちょっとだけ協力してほしい。調べたいことがある」
「調べたいこと?」
「ああ、俺達は探しものをしている。一旦あのアパートに戻るがいいか」
「やだよお前ら俺らに何かするつもりだろ?」
「誓ってしない」
「信じられるかよ」
机の下でまた足を踏まれた。
内倉は、信じられるかよ、の言葉からありうべき会話の方向性を推測する。
「あの、さっきこいつがそのアパートで喧嘩してるって言いましたよね、血がたくさんって。流石にそんなとこにいくのはちょっと」
「そうだ、行くなら警察も一緒だ」
スーツは苦虫を噛み潰したような顔をする。警察はますますまずいのではないかと内倉の背筋が緊張する。
「けど」
「けど?」
「安全を確保できて金もらえるんなら考える」
「金?」
「フリーで失せ物の仕事をたまにしてる」
「いくらなんだ」
「口止め料と合わせて三十。見つかったら倍。ユウにも口止め料で十五。お前ら警察に知られたくないんだろ? ユウはそれでいい?」
「俺は構わないけど……というか関わりたくない」
「払おう」
「ユウは先に返す。1時間に1回、俺から連絡がなければ警察に連絡させる」
「それは駄目だ」
「駄目じゃない。そうじゃなきゃついていけない。警察を呼ぶ。お前らが欲しいのは俺の鼻でユウじゃないだろ」
「……わかった」
「ユウ、こっから出てどっかで待ってて。連絡がなければ警察に通報して。わかった?」
「わかったけど」
「俺は大丈夫だから。おっさん、ユウをつけたら匂いでわかるからな」
内倉は喫茶店を出て急いで一人で神津駅に走る。内倉には尾行の有無はわからない。だから万一を考えて人通りの多いところに待機している方がよいと判断する。それであれば人目も監視カメラが多い神津駅前で警察が異常に気づく場所がいい。
けれどもたどり着くまでに拐われたら意味がない。だから内倉は神津駅まで走った。急ぐほどにリスクは減る。相手が手順を整える時間を与える前に。繁華街にたどり着き、内倉は店に休みの連絡を入れた。
プランを頭の中で整理する。ケイヤから連絡がない場合は警察に通報。内倉は神津の警察にもコネはなくもないがそれは奥の手だ。安易こ切りたいカードではない。その立場は絶妙に中途半端だった。自身の生命の安全がかかっている以上、通報したほうがよい気もするが、全容がわからないから通報の使用がなかった。変な人に追いかけられていますじゃ警察は何もしてくれないに等しい。
そしてケイヤについて考える。もともとは内倉自身が持ち込んだ話だ。ケイヤはケイヤの言う通り、姿をくらませば逃げられるだろう。それなのに何故自分を逃すのか。ケイヤにこんなリスクを追う必要も理由もない。何故ケイヤは自分を助けるのだ。
金のためにしか動かない内倉には理解し得ないものだった。




