8.意外な縁
「えと、あの、勘違いってことは怨恨ではないの?」
「わかりません。手口は素人です。私は茉莉花の同伴者を知りませんので判断できません」
「腐ってる臭いっていうのはあのアパートからしたの?」
「しましたが、それは別件かもしれません。あのアパートには全体的に腐臭が染み付いています。おそらく処理場なのでしょう」
内倉は絶句した。ケイヤの口調はあくまで淡々としていたが、淡々と話すべきことには全く思えない。
ケイヤは小さく畳んだナプキンを手の中に隠しながら懐から取り出したペンで図を描く。
棒人間、その隣に大きな長方形とそれを囲むように一部が切れた枠。恐らく死体のあった庭とアパートとその敷地を囲む壁。そのアパートの中に4つ,アパートの敷地内で3つの小さな○。アパート周辺を大きく囲む○、その大きな丸の外で×が4つ。その×のうちの2つが四角で囲まれる。
「この四角で囲んだ×が追ってきた人です」
「え」
「これは大まかな想定配置にすぎませんが、少なくともあの場所に外国人が4人いました。×が外国人です。それからおそらくこの○の地点で昨日から今日にかけて7人が致命傷を負う又は殺されています。その死体はすでにない。探していた女の死体だけ庭に埋まっています」
「えと、それは○と×の2つの勢力が抗争してるってこと?」
「多分そうですね。○がもともとあのアパートを使っていたグループだと思います。死んだ場所に外国人の臭いも少し残っています。つまり外国人がもといたグループの人を殺したのだと思います」
「でも俺は両方とも心当たりがない接触したことがない、本当に。何故尾けられてる? あのあたりにも住民はいるでしょ?」
「本当に心当たりはないんですか?」
「その両方には本当にない」
内倉はもともとユカの息子さんに付き纏う茉莉花の関連で儲けようとしただけだ。確かに内倉の知識の中にはあのアパートのあたりを根城にしている組織といえば思い当たる組織はある。おそらく○は神津を締めている絆赤会なのだろう。けれども自分から接触したことはない。それに外国人なんて知らない。
ケイヤはナプキンを握り込んで親指を擦り合わせる。
「内倉さんに心当たりがないのであればあちらも心当たりがないのでしょう」
「うん?」
「内倉さんを積極的に追いかけているわけじゃない。何かを隠したいか逆に何かを探している」
「なんでそれがわかるの」
「7人も殺したのに私たちは殺されていないからです」
「えっちょっと待って。俺ら殺されるの?」
「7人も殺しているのですから追加で2人殺すくらい問題にしないでしょう。そして殺すならあの場所が最適です。捕まえて監禁や尋問するのにも最適です。すでに殺し尽くして制圧していますから。だから私と内倉さんが今生きているということはすぐに殺す予定はなくて、泳がされている」
「泳ぐ? 何のために」
「何でしょうか。探し物。ヤクザだとすると薬や何かヤバいものといった可能性もあると思います。けれども可能性として一番高いのは埋まってる女でしょうか。外国人ですし」
「女はあそこにいるんでしょう?」
「そうですが、埋まっていることに気がついていない可能性があります。多分それなりに深くは埋められている」
「なんでそれがわかるの?」
「嗅いでいるのは直接の死体の匂いではありません。けれども臭いが動いた形跡もありません。ということは相応に深く踏められている。だから彼らは女を見つけられない。何らかの方法で女があそこまで来たことは突き止めて、そこから先の行方を探しているとか」
内倉の脳内は混乱を来していた。
女。その女は誰。ユカの息子は何に関係している。そもそも内倉にその女の心当たりはまるで無い。今わかっている情報はそれが外国人ということだけだ。googleは外国企業だろうけれど、ハニートラップなのかと考えても半信半疑だ。
だから情報を整理することにした。
ユカの息子は茉莉花と頻繁に同伴している。そして昨日殺された謎の女と夕方より前に一緒にいた。その女は外国人で、死体が先程のアパートに埋められている。女と同じ外国人と思われる外国人が、あのアパートをもともと使用していた絆赤会の傘下を昨日、皆殺しにした。
内倉は何か非現実的だと思う。ドラマの中にでも巻き込まれたようだ。姿を直接見ていないだけに余計に現実感がない。
「外人のグループと埋められた女が対立していた可能性もあるのかな。例えばその埋められた女が外人のグループから逃亡していて、あのアパートにいた組織に匿われていたとか」
「最終的にはわかりませんが、恐らく外国人があのアパートを襲撃したのは女が殺され埋められた後でしょう。でもそれは考えても仕方がないと思います」
「仕方がない?」
「内倉さんには心当たりがないのでしょう? そうであれば知っても意味はありません」
「まあ、そうかな」
内倉は正直、ヤクザの裏事情なんて知り……たくはあるから推測してしまうが、関与はしたくない。小金を儲けるのにヤクザにちょっかいを出すのは分が悪すぎる。
「っていうか。何でケイヤはそんなに俺によくしてくれるの」
「知り合いが複数共通しているので」
「知り合い?」
「そうです。例えば西野木の知り合いなんでしょう?」
「え、うん、なんで」
「たまに西野木の匂いがします。西野木からもたまに内倉さんの匂いがします。西野木は知り合いです」
「げぇ。あいつ今どきタバコ臭いからなぁ」
「西野木は色々な匂いがしますからすぐわかります。知り合いが困っていたら助けることにしています」




