6.追われる
けれどもケイヤが小さく『ここ』と言ったのは、倉庫の手前の夏村荘という表札がかかったボロアパートだった。2階建の各階5戸、瓦葺きモルタル塗り。恐らく築は昭和だろう。
ここに死体と聞き、団地妻とか痴情のもつれとか、そのような単語が内倉の脳裏に浮かんだ。
「本当にここ?」
「庭に埋まっています」
「まじで? 雑じゃないの?」
「どうしようかな」
そう言うとケイヤはスマホを取り出し、地図アプリを開いて何か入力し、Uターンして今来た道を戻り出す。
「こっちじゃないみたいです」
「こっち?」
「南神津駅」
その言葉と同時に、内倉の耳に『あわせて』とささやく小声が聞こえた。
何?
「南神津? もう1本北の道じゃない?」
「そうでしたっけ。もう一度検索してみます。……ああ、そうみたいですね。道がよくわからない」
「神津は道が同心円になってるから俺もたまに迷っちゃうんだよね」
内倉は意味もわからず地図アプリを見ながら進むケイヤの後をついていく。
南神津は神津駅から真っ直ぐ南に伸びる中央通り沿いだからどこかで左折すれば出られるはずだけど、その道々でケイヤは立ち止まって左右を眺め、もうすぐ南神津というところで小さく声がかかった。
「南神津あたりに何か用事はできないでしょうか」
「知り合いがやってる健全な方のマッサージ店があるけど」
「じゃあそこで。予約してあるように装って下さい」
内倉がわかったと答えた瞬間、スマホが振動した。表示はケイヤを示し、ケイヤの両腕は腹のマフポケットの中に入っている。おそらくそこからかけているんだろう。
「すいません、ちょっと道にまよっちゃって……ええ、でも近くにはいます。あと、そうだな、5分くらいで着くと思います……はい、すみません」
道に迷ったふりをして予約を装う。この行動から、ケイヤは目的地を探している。
「つけられてるの?」
「はい」
「ヤバい相手?」
「店まで追って来るならヤバいと思います。困ったな、そのお店、どのくらいの知り合いですか」
「たいていのことは聞いてくれると思う」
ヤバい相手、ヤクザ組織、あるいは殺人鬼?
内倉は逡巡したが、付けられている実感はまるでない。さりとてケイヤの言う通り、何者かに付けられているのならば振り返るのはよくないのだろう。このわけのわからない緊張に、内倉は自然と心拍数が上がるのを感じた。
迷ったふりをしながら大通りに面した古い雑居ビルに辿り着き、ガタつく古いエレベーターで店のある4階まで登る。ケイヤに合わせてはいたが、やはり内倉につけられている実感はまるでなかった。ケイヤが立ち止まるタイミングにあわせて場所を確認するふりをして左右を見回したが、妙な人影などそもそも見つけられなかった。
「本当につけられてる?」
「ほぼ確実です。店まで追ってきたら匿ってもらえますか?」
「外階段から逃げちゃえば?」
「だめです、外で見張られる可能性があります」
「2人以上ってこと?」
「はい」
この南神津でマッサージ店を営業してるチャンさん夫妻は数年前から内倉の知り合いだ。大抵のことは聞いてくれる。けれども言っても半信半疑だった。内倉はストーカー慣れしている。追われているなら気がつく自信はそれなりにあった。2人ならばなおさらだ。だからそれでと気づかないなんてことがありうるのだろうかと煩悶する。
しかしエレベーターホール前で、エレベーターがすぐに1階に下に降りて行くのを見て血の気が引く。
「まじか、まじだ。まじなのか」
「早く入りましょう」
あわててガタンと店の扉を開くと丁度良く店長のチャンさんがそこにいた。
「あれ? どうしたの?」
「ごめん匿って。2人で予約してたことにして」
「それは構わないけどマッサージしてく?」
「そのほうがいいでしょう。それから申し訳ないですが今からくる人が欧米系の外国人であれば断って下さい。その分お金は払います」
「うちはそもそも2人でやってるから受けられないヨ」
「えっと、じゃぁとりあえず1時間のでお願い」
案内された台に寝転がるとまもなく入り口が開かれる音がした。エレベータは内倉たちが降りた直後に下に階下に降りた。すぐに上がってきたのなら店の前で様子をみていたのだろうか。この店の入口は磨りガラスだ。内倉たちの影がなくなるのを確認してから入ってきた可能性がある。
予約してないが大丈夫か、今日は予約でいっぱいだ、というやりとりが聞こえる。
「まじで、まじなのか。これ、そんなにヤバい案件?」




