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赤司れこの神津観測日記  作者: tempp
バレンタインと金回り(身売り系ホスト自称内倉遼平・特殊能力系ホスト須賀井公晴)
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3.ケイヤの異能

「茉莉花自身は特にヤバくはないと思います」

「うん、そうだねごめん。本人は雑魚っぽい。でも茉莉花が狙ってる相手がちょっと面倒かもしれない。ケイヤは大丈夫だと思うけど」

「そうですね」

「今日は同席ありがと。また何かあったら教えるね。あとこれ、今日のお礼」

「これは?」

「ヘクセンハウザー。今年の辻切区で一番流行るチョコかな。もうすぐバレンタインだから接客に使って貰えればと思って」

「いつもありがとうございます」


 時刻は午前1時を回った。

 神津のホストクラブは午前1時までが営業時間だ。条例で決まっている。その後、店内清掃や片付を行うものだが、当然ながらナンバーワンのケイヤはそのような雑務は免除されていた。


 内倉の目の前に座るケイヤはやや不機嫌そうにも見える。けれども内倉はこれが素なのだと思っていた。客前以外のケイヤは大凡こんな感じでテンションが低い。客前との落差が大きい。

 気を利かせて誰も近寄らない店の一角でヘクセンハウザーのケーキの箱を開く。最近辻切で人気のドイツ菓子の店で、ユカに勧めた店だ。ドイツ菓子はだいたいに重たいものだけれど、それを一口サイズに綺麗にまとめてコーティングされていて、贈答品として人気が高い。

 カラフルなたくさんの小さなチョコとケーキを更に細かくカットする。ケイヤはつまらなさそうに一口ずつ口に含み、ティッシュに吐いて捨てている。なんだか利き酒のように見えるが、実際に同じなのだろう。会話のネタになればよく、そもそもケイヤは店が用意した未開封の酒とつまみ以外口にしないという。


 内倉は更にケイヤについての噂を思い浮かべる。

 ケイヤは日常的にたくさんのプレゼントを客から受け取るが、食べ物を含めてその全てを店のホストに配り、名入のものは個別に処分していると聞く。それでもケイヤに高価品を送ることがケイヤの客のステータスになっている。

 客に対する扱いも物と同じで、店外営業は一切せずにヘルプのホストに客を割り振り、ケイヤ以外はダメという客は全て断っている。つまり店での営業は店で完結させているのだ。アフターや同伴も全て断っているらしい。

 そんな殿様商売でやっていけるほどケイヤは顔とトークスキルが飛び抜けている。

 客に夢を見させることに関しては天才的というやつで、だからここのオーナーはいつもホストにケイヤを見習うよう言ってるが、内倉としてはこれはケイヤの特殊能力で、学べるものではないと認識していた。

 一方でその反動なのか、店が終わった後は素っ気ない。他人が話しかけても最低限の返事しかしないいわゆる塩対応だから、少し恐れられているようだけれど、それは不要な労力を払わないというだけだ。

 誰にでも愛想を振りまく内倉とは正反対だが、それは内倉の営業に全方位の愛想が必要だからであって、内倉も必要性、つまり見込みのない営業などは全くしない。その辺が内倉はケイヤが自分に似ていると気に入っているところで、そしてその顔と能力故に必要性のある営業範囲が極めて少なくて済むケイヤを尊敬しているところでもある。


「それで気づいたことある? 茉莉花のこと」


 ケイヤはゆっくり目を閉じた。長いまつげが揺れている。

 途中に口を挟むと嫌がられることを経験上知っている内倉はその様子を眺めながら、既に不要となった残りのチョコを摘む。30秒ほど後にケイヤはふぅと息を吐いてゆっくり目を開け、頭の中をまとめるように組み合わせた両手に視線を落とし、人差し指をトントンと擦り合わせながら口を開いた。

 内倉はこの仕草はいつかテレビで見たイタコの口寄せ感があると思っている。


「茉莉花はカイザーに来る前にナミと会った。その前はアンジェル・ホートスにいた。アンジェル・ホートスへは男と同伴した。その男とヘイリ・ホテルのエヌリ・タンテで夕食を食べた。その男とはスカイオフィスのデッレ・キナーティで待ち合わせをした。その前は家にいてシリアルを食べた。朝食かもしれない。昨日の夜は別の男と寝た。それより前はわかりません」


 内倉の口笛にケイヤはわずかに嫌そうな顔をした。

 ケイヤには真似ができないたくさんの特殊能力がある。これもその一つで、超能力じゃなくて物理能力だ。

 ケイヤは恐ろしく鼻がよく、そして記憶力もいい。だから、出会った者の匂いから、その行動を推測できる。

 内倉はケイヤの語る内容に水商売の女の行動パターンを当てはめて時系列をひっくり返す。

 茉莉花は昨晩枕営業でもして朝だか昼だかに起きてシリアルを食い、その後に営業LIMEでもして同伴の男を確保してスカイオフィスのカフェで待ち合わせてホテルでフレンチを食ってからクラブに出て終業後にナミと待ち合わせてカイザーに来た。


「いつもながらどうしてそんな前までわかるのさ」

「『匂いの重なり具合』である程度ならわかります。近い匂いは明瞭で重なり合い、遠い匂いほど薄れてまじりあっている。けれども必ずしも正確ではありません」

「風の強さとか服の素材の吸着率とかで違うんだっけ」

「ええ。だから正確な部分だけです」


 正確ではないから、間違っても構わないからと前置いて聞かなければその他の可能性は教えてはもらえない。

 そしてそのように言いおいて聞いた情報は、確かにたまに間違い、だいたいは合っていることを内倉は経験上知っていた。


「同伴した男の素性とか居場所はわかるかな」


 驚異的なことに接触者の残り香が対象に残っていれば、それがわかることがある。

 特殊な仕事であれば匂いでわかるし、昼に何を食べたかが判明すれば、職場の場所もある程度絞れる。特にエスニックなんかの香りが強い店なら店まで特定できることがある。

 ただし他者の匂いはそのひとまとまりで付着するものなので、その分時系列は曖昧になる。


「無理です」

「あれ? 全然? 珍しい」

「血の匂いしかしないから」

「はい?」


 ケイヤから飛び出した予想外の言葉に内倉は固まった。

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