1.モモンガの見分け
梅宇の本来の仕事は有り体に言うと自宅警備員だ。それなりにハイグレードな1LDKのマンションを警備しているが、警備体制は万全でもない。
気が向いた時に起きて気が向いたら出かけ、日中は本を読んだりしながら過ごして暗くなると飲みに行って朝になったら帰る生活を繰り返している。
そんな自堕落な梅宇の収入源は名義貸しである。世の中には特定の資格がなければ営業許可が降りない業種というものがある。典型的なのが不動産業で、1つの事業所の従事者5人につき1人以上宅建士を置かなければならない。梅宇は知り合いの不動産業者に宅建士として名前を貸して月3万円もらっている。
相場としては少し安めだが、その分信用ができる者にしか貸していない。梅宇はそのような資格を大量に保有していて、積もり積もるとそれなりの収入になる。
だから新しい資格ができるととりあえず取ってみるという習性があり、高卒で取れる資格は軒並み取得している。
そして今回梅宇が仲井に貸した名義はトリマー中級で、仲井の店は梅宇を動物取扱責任者として登録していた。
普段は仲井が店の全てを回しているが、今回は生憎、仲井が海外に希少動物の買い付けに出かけていた時に店を預かるバイトが交通事故に遭い、来れなくなったと言う。
「店を開けなくて良いんだ、動物に餌をあげて温度管理がおかしくなってないかだけ確認して欲しい。餌の
分量は全てメモをしてある」
「1日1回見に行けばいいか?」
「いや、あの、ぴーちゃんの子どもがいて、ですね」
ぴーちゃん……。
責任者になっている手前、月に1度ほどは店に様子を見に行く。それで仲井が猫可愛がりしていた文鳥を思い出す。そして卵を産んだと言っていたことに思い当たる。
生まれたばかりの文鳥は1日4、5回餌をやらないといけない。
「糞。今2時半かよ。朝飯やってねえじゃねえか!」
「そう! そうなんだよ! だから早く餌をやらないと!」
「1日3万だ」
「えっ高くない?」
「この俺に規則正しい生活をさせようというんだぞ?」
「すまなかった」
それで先ほどの顛末に至る。
梅宇がそんなやり取りを思い出しながら他の動物の餌箱に餌を投げ入れていると、ふいにチャランという音が鳴り響いた。文鳥の餌の一念に駆られて店のシャッターを半明けにしたままだったことを思い出し、慌てて入口に向かうと見慣れた淡い金髪が見えた。背の高い男が半閉めのシャッターの下から店の入り口を押し上げ、店内を覗き込んでいる。
見知った奴であることに息をつく。
「御免ください、って何でつゆちゃんがいるの?」
「店長は出張で帰りは1週間後だ。何か用か」
目の前の公理智樹は梅宇の幼なじみで25歳イケメンの美容師だ。3日に1度は一緒に飲んでいる。
「困ったな。昨晩徳田さんにモモンガ預けたんだよね。今日もバイトって聞いたけど」
「モモンガ飼ってんの?」
「預かってるんだよ。でも夜はここに預けてる」
「お前のマンション、ペット可だろ」
「そうなんだけどさ。俺、酔っ払ったら暴れるから」
「あー」
「それでどの子かわかるかな」
智樹は酒乱だ。なのに昔から飲まないと寝られない。暴れなくとも窓を開けたまま飲みつぶれて、逃がしてしまわないとも限らない。
店内を見渡すと、いくつかのケージにはモモンガが入っていたが、恐ろしく見分けがつかなかった。個体差がないな。
徳田というのは事故にあったバイトだ。連絡先を聞こうと仲井に電話しても繋がらない。出先はパラグアイと聞いたから今は深夜だろうし、そもそも電波が繋がらないのかもしれない。
「まじ見分けつかないよね。俺に頼んだ奴もわかんないと思うけど」
「じゃぁどれでもいいんじゃね?」
「飼い主ならわかる気もするからなぁ。この飼い主ね、急に出張になったからって友達のホストに預けたんだよね」
「なんだその営業。客も客だよ。何故ペットホテルに預けない」
「急だったんだってさ。だから俺経由で徳田さんに頼んだんだよ」
「ああ、お前顔広いからな」
店内には8体のモモンガがいた。オス2、メス6で6匹に絞られたが、そこで梅宇は頓挫した。本当に見分けがつかないのだ。まだ文鳥の方が違いがわかる。その友達とやらはケージごと預けたらしいがケージにも特徴がない。
「困ったな。今日そのお客に返すらしいんだけど」
「その客を連れてきて選ばせればいいじゃないか」
「友達の面子が潰れちゃう」
「知るかよ」
梅雨は頭をかきながら徳田がメモを残してないか漁っだけれども何も見つからなかった。だから仕方なく、その辺のクリップをまっすぐに伸ばして鍵付き戸棚をピッキングして徳田の資料を取り出す。
「凄いね。ひょっとしてつゆちゃんヤバい仕事もしてんの?」
「危ない真似なんぞするか。1級鍵師を取る時習ったんだ。実地で使うのは初めてだ」
「今日から泥棒になれるじゃん」
不機嫌そうな梅宇が仕入れ簿と売上を照らし合わせた結果、この店の在庫の雌モモンガは5頭とわかる。だから1頭はやはりその友人とやらの持ち込みなのだろう。
従業員名簿から徳田の連絡先を見つけてかけると4コールほどで繋がった。これでなんとかなるだろう。そう思って梅宇が胸を撫で下ろせたのも束の間だった。




