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赤司れこの神津観測日記  作者: tempp
その長い闇の向こうへ(呪術師 円城環)
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1.環への依頼

「あの、あなたが(たまき)さん、でしょうか」


 円城(えんじょう)環が手元のタブレットから目を上げると、二十代半ば程の背の高い茶髪の男の胡乱げな目と目が会った。オフホワイトのポロシャツに濃い目のデニム。環はその姿から休日なのだろうと読み取る。


「そうですが、あなたは?」

「あの、変なことの相談に乗ってくれる、と聞いたのですが」


 気後れした声と雰囲気。


「どこで?」

「友達の、友達に」

「その友達の友達の名前は?」

「ええと、なんだったかな」


 男は困惑したように、そして問い詰められるとは思わなかったとでもいうように、居心地悪そうに目を左右に揺らした。けれども環としても、話の出どころがわからなければ気軽に断ってよいかの判断がつかない。友達の友達など、すでに都市伝説並みに存在が不確かだ。けれども男をこのまま立往生させ続けるのも具合が悪い。

 ラティスの隙間から柔らかくなった日差しがそよそよと入り込むここは、クウェス・コンクラーヴェという少し高級な部類のカフェの奥まった席で、いつも環が占領している。環は日中はこの気に入りの場所で仕事、つまり原稿を書くと決め込んでいた。けれども最近、こんな風に話しかけられる事が増え、あまり増えるようなら河岸を変えないといけないと悩み始めていた。

 懐の名刺入れの2番目の仕切りから1枚を取り出して差し出す。


「雑誌ライターの円城環と申します。本日はオカルト記事のネタの持ち込みにいらした、ということでよろしいでしょうか」

「えっ? あ、あぁ、そういう方なんですね。私は櫟井(いちい)成康と申します。名刺は持ってきてなくて」

「結構です。ご丁寧にどうも。どうぞおかけ下さい」


 成康はホッとしたと同時に少し残念そうな、複雑な表情を浮かべて環からメニューを受け取り、アイスコーヒーを注文する。これで櫟井にとって極めて胡散臭かった環の存在に適切な名前と理屈がついたわけだ。その環の奇妙な服装も、ライターならそういうものかと納得したらしい。

 環はぶっちゃけていかにもサブカルに汚染された変な格好をしている。今日は長い黒髪を1つにまとめて背中に垂らし、ショートすぎる焦げ茶のベストに深緑の細身のシャツ、それにやけに裾が膨らんだ臙脂のデニム。環が趣味でしている格好だが、ライターという名前が一番違和感がない。

 その奇妙な格好を目印にして噂を聞いた人間が話しかけてくるのだが、当の環はそれに気づいていなかった。


「それでどういったお話でしょう」

「その、少し馬鹿馬鹿しい話なのですが、最近とみに夢を見るのです。子供の頃に見ていた夢と同じではあるのですが」


 店内は外と比べて随分涼しい。それでも夏の終わりの陽ざしにあてられたのか、環の目の前のグラスはいつのまにか随分と汗をかいていた。

 成康が語る夢はこのような内容だ。

 真っ暗闇で目が覚める。そして遠くに僅かな光を見出す。

 嫌な感じを覚えながらその光を目指すと、背後から奇妙な息遣いを感じる。そのフハフハという獣のような音は次第に生臭みを増す。そのころには成康は全速力で走っている。けれどもその横長の四角い出口に近づくと、3つの縦長の影に気がつくのだ。その3つの影は背後の真っ白な明かりを受けて、ぽっかり黒黒と浮かび上がり、あたかも通せんぼをしているようにみえる。どうしていいかわからず立ちすくむうちに、背後からやって来た何かに捕まりそうになり、恐怖で目をさます。

 そして夢を見るたびにその息遣いは近づき、もうすぐ捕まりそうだ、というのだ。


「横長の四角? 丸ではなくて?」

「そうですね、丸というよりは四角かったです。長方形といいますか」

「へぇ。どこから逃げてるんだろう」

「どこ?」

「ええ。光というのは本来丸い。けれどもそれが四角に見えるなら、光を四角く切り取るものが存在する。それは建物か、あるいは洞窟のようなところの出入り口なのかもしれないけれど、この神津(こうづ)のどこかでしょう」

「神津の? どうしてそれが?」

「あなたはこの神津にいる時しかその夢を見ないんでしょう?」


 成康は小学校のころまでこの神津市に住んでいたが、親の転勤で県外に転校してそのまま進学就職し、この春に一人、神津に戻ってきたそうだ。いわゆる∪ターンというやつだ。

 そして戻ってきてから結構な頻度、そして最近では毎晩のように同じ夢を見るようになった。そして転校前にも同じような夢を見た気がする、そうだ。


「神津にいる時しか見ないのならば、その夢の原因はこの神津にあるのでしょう。それでどこから逃げているんだろうと思いまして」


 神津の暗い穴、というと環にはいくつか心当たりがある。伊弉諾(いざな)山と辻切(つじき)下。けれども追いかけてくる者は言葉は話さず、何かが立ちふさがる。環の思い当たる話と状況が大分違うように思われた。


「どこから……」

「小学生の時、この夢を見るきっかけになった出来事はありますか」

「ううん、どうでしょう、小学生といっても3年生の秋に転校したもので」

「同級生の方はいらっしゃいませんか。場所を特定しなければどうしようもない」

「あの、どうにかしようがあるのでしょうか」

「そのために私に話しかけたのでは?」


 再び胡乱な目が環をとらえる。

 普通の人間というものは、訳の分からない現象に直面してそれを解決したいと思っても、解決できると明言するような人物は胡散臭く感じるものだ。それがいわゆる『超常現象』で、自身もいまだその事象をどのように把握していいのか、というよりは現実と認識しても良いのか理性と感情が戦っている段階にあるからだ。

 仕方がなく、環は名刺入れの3枚目の仕切りから名刺をもう1枚取り出して渡す。

 環は当初、話を適当に聞いてお仕舞にするつもりだった。けれども途中で気がついた。成康の背後から、たしかに何かの息遣いが聞こえ、それと同時に腐ったような甘い香りがわずかに漂っていることを。


「神津大学金井(かない)研究室……?」

「ええ。そこに所属して民俗学の研究を行っています。あなたとしても仮に夢に原因があるとするならば、それを特定したほうがすっきりするでしょう?」

「それは、ええ。そうですが」


 成康はいくぶん警戒を緩めながらそのように答える。

 おせっかいかとは思いつつ、環は仕事のネタになるのかなと思い始めていた。

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