Epilogue.壊れたHD
男は誠実そうには見えるが、人ではない気配がした。
だから言っていることはおそらく本当なのだろう。本当で、栄市は放っておけば死ぬのだろう。逆に言えば、放って置かなければ生き返る。
「糞ッ」
智樹は小さく叫び、男の指し示す木の根元のまだ柔らかそうな土を堀り始めた。じゃりじゃりと智樹の爪の間に小石が入り込む。智樹は美容師だからその指先というのは大切な商売道具だ。けれども一刻を争うというのならやむを得ない。悪態をつきながら途中、その辺にあった細木を掴んで掘り返していると、土の中からイテッという声がした。
気づくと栄市の幽霊は既にその場にいなかった。この体に戻ったのだろう。そして男もいつのまにやらいなくなっていた。
丁寧に土を取り除くとなんとか首だけ露出した。そして目が合った。
「あれ? 智樹? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ、お前が呼んだんだろ? 幽霊になったお前を見つけたんだよ」
「おお、それは智樹にしかできないことだ」
いつのまにやら女が救急車を呼んだらしく、消防隊員が駆けつけた。そして土に埋まった栄市を見て困惑した。一瞬俺と女が埋めたのかという目で見られたが、そうではないことはすぐに知れた。何故なら栄市は頭が僅かに地上に見えるだけで、その足は桜の根本に向かって埋まっている。どう考えても栄一を埋めてからこの巨木が生えたようにしか思われない配置だったから。
掘削の果てに栄市が掘り出され救出されたのは夜半だった。こうして智樹の休日は潰れた。
その間、多少事情聴取をされたが、虫の知らせとか、ここに行くと栄市が言ってたとか適当な言い訳で何とかなった。土台、栄市の埋まり方は人の力で可能であるとは思われなかったからだ。この町にはそんな奇妙なことがたまに起こる。
栄市は一晩病院で様子を見たが、異常は全くなかった。
もともと大した外傷はなかったのか、あるいは桜が治したのかはわからない。
「あの桜、掘り出したら財宝出てこないかな」
「次は助けろって言われても完無視するからな」
「ええ、智樹にしかできないじゃん」
「うるせぇ」
「あ! ねえ、PCのデータって消しちゃったよね!」
「お前が消せって言ったんだろ」
「いやでも! いろんな()なデータが! どうしてくれるんだよ!」
「知らねえよ」
言い争いの結果、今後、HDのデータを消すのは死体を現認してからにしようと智樹は心に決めた。
この話の顛末だが、あの女と栄市は付き合ってはいない。栄市は女の好みじゃなかったらしい。
智樹は女に水子がついているぞと忠告したが、産婦人科に勤めるせいじゃん、いっぱいいそう、と返答が帰ってきた。それなら何故あの女に付いてるんだと言いかけて、口を噤む。振られた以上、言っても仕方がない。栄市に振られた自覚はなさそうだが、それは智樹が関与すべきことではない。
世の中訳のわからないことだらけだ。
Fin




