3.概念的カブ
おじいさんは両手で野球ボール大の丸を作る。
「最初はこのくらいの大きさの種だった」
種の時点で既に随分大きく見えた。カブの種というものはは見たことがないが、この種自体が既に普通のカブ1つ分ほどの大きさに見える。
「俺たちは冬が来たら種を植える。春になったらカブを収穫する。それができずに夏を過ぎたらこのカブは人を食う。そして誰もいなくなる。けれども冬になったらカブは枯れて種になる。この話は繰り返される人とカブの闘争の歴史なんだ。だから大きくなりすぎる前にカブを抜かなくちゃならないのにな」
「うまくいかなかったのか」
「そうだ。いつだったかな。それまでずっとうまくいってたから少しだけ油断して、それで少しだけ抜くのが遅くなったんだと思う。その年はネズミの手を借りてもカブは抜けなかった。だからネズミに誰かを呼びにいくように頼んだんだ。ネズミを捕まえてネズミを引っ張る者を。けれどもネズミにそこまでの頭はなくて、そこらへんを走り回っているうちにカブが這い出して全てを食べてしまったのだ」
「ネズミじゃぁなぁ」
ネズミが所在なさげにキョロキョロしている。
カブを見上げる。とてもとても大きなカブだ。これを人3人と動物3体で引き抜くには既に手遅れなのだろうな。
「わしらは新しい物語が始まる時、カブと一緒にこの世界に生えてくる。まずわしが生え、カブの種を撒き、そのあと順番にばあさんや娘が生えてくる。だが情報は引き継がれた」
「情報?」
「そうだ。わしらは毎回カブを食って力を蓄えて終わる。その年はわしらはカブを食えず、カブはわしらを食ったのだ。だから力関係が逆転した」
「食った分だけカブのレベルでも上がったのか」
「レベルというものが何かはわからんが、ともあれその次の年は娘が生えた直後でも、犬や、猫や、ネズミが生えた直後でもわしらはカブを抜けなかった。間に合わなかった。それ以降はずっと食われ続けてる。だがそのうちネズミも学習したのだろう、わしらを真似て何かを呼びに行くようにはなった。だがネズミを引っ張ってくれる者はいなかった」
「ネズミに伝言ゲームは無理だろ」
おじいさんははぁ、と大きくため息を付き、俺をちらりと見た。
それから振り向いて大きなカブを見て、再び俺と、俺とネズミに連なる長い列を振り向いた。
「なんの因果で人間がここにいるのかわからんが、あんたも運が悪かったな。毎年、順番に俺から食われて繋がったやつは全て食われてそれで終いだ。そしてまた、来年カブは更に強くなる。食われる者が増えるほどにな」
「まぁ俺はいつも運はあまりよくないんだがな。だが今回はあんたらにとってラッキーだ」
「何?」
「あんたはカブを抜くためにおばあさんを呼んで自分を引っ張らせた。それでも無理でおばあさんは娘を呼んで娘はおばあさんを引っ張った。けれどもその流れはネズミで断絶して、ネズミが声をかけた者はネズミを引っ張らなかった」
「そう、だな」
「それが巡り巡ってこの話を知っている俺までやってきた。この世界では引っ張れば引っ張るほどその力は加重又は倍化して前の者に伝わるのだろう? 流石にネズミが引っ張る力が猫に伝わっただけでカブが抜けるってのは物理的におかしいからな」
「うん?」
「つまり俺はあんたがしていたように、カブを抜くために俺を捕まえた者を引っ張って、そいつが更に捕まえた者を引っ張っていけばどんどん力が伝わっていくはずだ。この連鎖がこの世界の理ならば」
ぽかんとしているおじいさんをよそに俺は俺の後ろにいたパンダを持ち上げ引っ張った。パンダからほよよ、という音が出た。不思議なことに引っ張る意思を持ってパンダをつかめば手はパンダにくっついた。『カブを抜こうとする意思』と力がパンダに伝染した、気がする。
困惑するパンダに後ろにいるロボットを引っ張るように言うと、俺をくっつけ俺に引っ張られたままパンダはロボットのところまでとてとて歩き、ロボットを引っ張った。パンダがロボットに近づいた分、俺はおじいさんから少し遠ざかった。けれどもその分、俺とパンダのカブを抜こうとする意思と力がロボットに伝わる。ロボットはうなずいて、俺とパンダをくっつけながらガタガタと歩いて生首を引っ張った。
それぞれの間の距離が少しずつ詰まる。少しずつ距離が詰まる度にその分俺はおじいさんから遠ざかり、いつの間にか俺は再び列の最後尾、おじいさんから最も遠い位置に収まる。
カブを抜く意思と力は俺を起点にして最終的にその力の総体を終点、いや、起点にいるおじいさんに届ける。132体分の意思と力はうねりとなっておじいさんに届いて集約され、おじいさんに力はみなぎり、掛け声が聞こえ始めた。




