私はセックスがしたい 私は眠りたい 私は
おなかが空いた、後でお昼ご飯を食べよう。
空は青く、高く、雲一つなく清々しく澄み渡っている。
私は休日に懐かしい、我が家のように親しみのある山へと登っていた。
木々は熟成された緑色から、ほのかに紅葉しようとしている。木々に瞬く新鮮な赤色が、私の心に郷愁の念を抱かせる。
懐かしいと思いながら、私は山の頂上にある崖沿いに立ち、口で呼吸をする。
そうすると、あの日の特別な一日、素敵な出来事を思い出す。
私は自殺をしようとしていた。
両親が事故死。無職で引きこもりの私は葬式の帰りに、違法サイトにアップされていた女児をレイプする児童ポルノでオナニーをした。
オーガズムを超えた先、肉が喜べば後に残されるのは脳みその悲しみだけだった。
死にたい。そう思った。
だから死ぬことにした。死ぬために、私はとりあえず山に登ってそこから飛び降りようと考えた。
そして崖の上、私は今から飛び降りようとしている。
風が気持ちいい、もうすぐ秋だ。
崖の終わりに立ちながら、私はふと誰かに呼ばれたような気がしていた。
怒られたり、哀しまれたり、そんな雰囲気は感じさせない。
あたたかな喜び、歓迎のような言葉。久しくもらっていない意識の形だった。
ごうごう! 風が吹き荒れ、私の体を崖の下へと押しやっていた。
崖から落ちる。体の一部が潰れた。
ごちゃごちゃ。柔らかい肉が押しつぶされる。
ぶちぶち。皮膚が裂けて欠陥が中身を漏出する。
ぼきぼき。骨が砕けてはみ出て、骨髄が丸見えになる。
落ちた時の衝撃で眼球が少しはみ出ているのだろう、視界が大量の体液で滲む。
私の足、左足はコンパスのように曲がっていた。
これはもう元の形には戻らないだろうな。
そう考えていると、声が聞こえてきた。
「なんともったいない!」
子どものように軽やかであり、しかし同時に老人のような深みを感じさせる。
声のする方を見る。
「廃棄するのならば、もしよろしければ「それ」をいただいてもよろしいでしょうか?」
「それ」は私の折れた足の先、赤くちぎれた足の断面図あたりにいた。
それは真っ白な蛇のような姿を持っていた。
蛇のようなものが私の足の中、ちぎれた中身へと入り込んでいる。
「ああ美味しい、実に美味しい。こんなにも美味いものはないだろう」
蛇は私の足、冷たい体で太ももの付け根まで登る。
「ああ美味しい実に美味しい。
私は長い間ずっとこの山にいる。いや、山そのものといってもいい、いつ生まれたかもわからない。たぶん、このままだとずっとここに居続けるでしょう」
蛇のような姿を模した、山は私に優しく話しかける
山は下腹部をぐるぐる回る。
山は私の大腸にたまった下痢便をぴちゃぴちゃと舐めとり、尿道に残ったおしっこを喉の奥に味わう。
「ですが私はここにいるのに飽きた。別のところに行きたい。だけど私には足がない、なぜなら山だから。山は動けない。」
山は私の小腸のうねりをぐるぐる。ポリープも丁寧に噛み砕く。
「けど貴方は山登れるのでしょう? 私は山に登ったことが無い、登れない、登りたい。
歩きたい」
山は私の肝臓の胆汁をごくごくと飲み干す。
「私はセックスがしたい、山はセックスすることができない。だけど貴方にはできる」
山の歯が胃のあたりまで届いた。酸っぱい胃酸を炭酸飲料のようにぐびぐびと飲み干されながら、私は山のことをうらやましく思い始めていた。
「私は眠りたい。山は眠ることができない。ずっと置き続けることができる。眠る必要がない。だけど私は眠りたい、あなたのように眠りたい」
そんなにもうらやましいのならば。
私は考える。そして提案した。
山がそれを聞く。
「なんと!」
山は驚いた。
「それは実に……実にすばらしい」
山は喜んでいた。
「ああ、しかし……それだと」
喉の奥を通り抜けて、歯が脳みそまで届こうとする。
私の中身をほとんど食べつくした後に、山は名残惜しそうにしている。
相手の都合など知らない。もう二度と美味しいものが食べられなくても、私は。
私は山の崖の上でお昼ご飯を食べることにした。
立ち入り禁止の柵の向こう、慣れ切った動作で崖のヘリに足を投げ出す。
公園のブランコで遊ぶ子供のように、うきうきとした心もちで足をぶらぶら。
ザックから持参した自作の昼食をとりだす。
程よく焼いた小さなコッペパンに、肉や内臓を磨り潰した料理とラディッシュを挟んだもの。
私はそれを口に含み、咀嚼する。
我ながらうまく作れた、のだが、しかし……。
「美味しかったなあ」
私は食事のたびに味について思い出さずにはいられない。
「またいつか、可能なら食べたいと、そう思わざるを得ません」
眠る時も、性行為をする時も、あの味は私のこころを魅了し続ける
「最後に、人間には、人間であるのならば食べてはいけない、最高のごちそうでした」
私は大きな、ケロイドがぷっくりと膨らむ傷跡の残る左足を見る。そうすると、どうしても口の中にたっぷりのヨダレが滲み、口の中を見たし、唇の端からこぼれて落ちる。
「ですが、ときどき後悔をしますよ。もう二度と、あの味を味わえないなんて……」
口からこぼれ体液が、私だったもの、そして貴方になったものに吸い込まれていった。
おそらく夢は全部叶いました。