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第1章②文豪の作品の登場人物

「――明日のコンパのことなんだけど……」

「――実は、その日はバイトがあって……」

「――サークルのやつに聞いてみる……」

 周りからは聴こえてくるのは、コンパがどうとかバイトがどうとかサークルがどうとか、ATMのアナウンスくらい杓子定規な言葉ばかりだった。僕から見たら、周りの人は全員、『千と千尋の神隠し』のカオナシにしか見えなかった。そう考えると、僕はとんでもないトンネルと抜けてきたものである。

 そんなカオナシたちの中に囲まれた僕だが、未だに高校時代の親友たちのことを思い出す。一応、僕は地元で進学校といわれている高校に進学していた。そして、そこで出会った親友たちは皆、k大学やO大学と言った一流大学に現役で受かった。それに比べて僕はb大学という2流大学を一浪してようやく受かった。僕はこのb大学は現役の時にも滑り止めで受かっていた。しかし、こんな2流大学に行くのはプライドが許さなかったので、1流大学に行くために浪人生活を送った。しかし、それでもだ。僕はこの大学に来てしまった。

 でも、僕はしょうもないラノベの主人公みたいに、そういうことでへそを曲げようとは思っていなかった。高校の友達の中には、勉強はできないけど優秀な人や面白い人や人格がしっかりしている人も数人いた。だから、この大学にもそういう人がいると思って、前向きに生きていこうと思った。

 しかし、僕はへそを曲げてしまった。いや、曲げすぎて心を折ってしまった。周りにいる人は大して勉強できないくせに勉強に勤しむやつ、面白くもないくせに面白そうにしゃべっているやつ、人格がしっかりしていないくせにしっかりしようとするやつ、しょうもない奴らだ。10話打ち切りの少年ジャンプの作品でももう少し魅力的な登場人物は出てくるぞ。僕はこんなしょうもない奴らと一緒にいても意味がないと思い、求める人物に出会うまでは大学院試験に向けて勉強に精進することに決めた。

ちなみにこの大学で求める人材は、尊敬に値する教授、既成の概念に囚われない変人を先輩と同期と後輩に一人ずつの4人である。あと、おまけで応援団団長を1人欲しい。そうだな、あとは……

「えー、マジー?」

「バリやばくない?」

「こすいよねー」

 声が僕の思考を井戸から汲み上げた。声の方向を見ると、芝生を囲む垣根からおしゃれと思われる服装が通り過ぎるのだが、おしゃれがわからない僕からは幽霊の着物が色付いただけにしか見えなかった。

(ああ、カオナシか)

そう思って僕は再び空を見上げた。

僕は横にペットの犬ように寝かしていたリュックサックから本を取り出した。実を言うと僕は、大学に入ってから本を読むようになった。それまでは、本を読むといっても漫画ぐらいで、いわゆる活字というものを読んでこなかった。だからだろうか?僕は大学受験を失敗した。高校の時、読書の時間というものが良いと言われて学校で導入されていた時もあった。あの時はあまり乗り気ではなく、適当にお母さんから借りた本を読んでいるふりをしていただけだった。そんな人間がいまや本の虫と周りから思われるくらい本を読んでいる。

なぜ僕が大学から本を読み始めるようになったかというと、それが大学受験に失敗した理由であり、今のままではダメだと思い、自分を高めるために読み始めたのだ。高校の時の親友に馬鹿にされないように頑張ろうと思ったのだ。そのため、やすみ時間も通学の電車に乗る時間も本を読んでいた。『罪と罰』『ファウスト』『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『方法序説』……歴史の教科書に載ってあるような本を乱読していた。時間軸・空間軸の両方に幅広く良い作品を探すためには、過去の世界文学が良いと思ったからそうした。その結果、『罪と罰』の初見でわかりにくすぎて「こんなん、何がおもろいねん!」となっていた。逆に『方法序説』は簡単すぎて拍子抜けした。

要するに僕は、夏目漱石や芥川龍之介の作品によく出てくる少し背伸びをした優等生風情の真似事をしていたのである。

僕は少し本を開けたあと、すぐに本をお腹の上に置いて空を眺めていた。そのまま頭をのけぞって、世界を逆さまに見ようとした。しかし、芥川龍之介の『河童』に書かれていたとおり、何も変わらず憂鬱のままだった。とはいえ、同作者の『歯車』に書かれるような幻覚が見えるくらい憂鬱というわけでもなかった。

(僕はまだ自殺しないんだな)

 そういう安心感を持っていた。僕は死ぬつもりはなかった。というのも、ハイデガー先生の『存在と時間』に感銘を受けたのだ。その内容は簡単に言うと、明石家さんまさんが言うところの「生きてるだけで丸儲け」である。だから僕は生きるつもりである。

「やばい、次の講義が始まる」

 その言葉を聞いて、僕は本を一度も読むこともなく戻した。

(さて、次は英語の授業か、出席確認するから出るしかないか……)

僕はいよいよ文豪の作品の登場人物だ。


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