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鈴の音が聞こえたら  作者: クープ
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プロローグ

 誰にだって、心にひとつ大切な譲れないものを持っている。今立ち読みしている流行の漫画の中で、主人公はそう言いながら己が仇敵へ斬りかかった。何度だって聞いた定番のセリフだろう。本屋に行って適当な漫画や小説を手に取る。映画館に行って、目についた演目を流し見るのも良いだろう。そこには大抵先ほどの主人公と似たような言葉が登場し、敵へ、親友へ、そして私たちへ投げかけられる。多くの人が当たり前に共感できる論説だ。そんなある意味お約束と流すべき部分で、なぜ今日に限ってこんなにも引っ掛かりを覚えるのだろう。ここが深夜のコンビニで、自分が家出中なのは大いに関係するのだろうが、そう短絡的にはすまない気がする。そう、私は家を飛び出したのだ。理由は珍しいものでもなく、両親とケンカしたのである。ほんの小さな行き違いが我慢できなくて、感情的にわめいてそのまま飛び出してしまった。私はまさにその譲れないものを強く抱く状態にあるはずだった。店内を満たすのは昼間よりもゆっくりとした、どこかけだるい雰囲気。打って変わって軽やかな店内放送は、人気のアイドルがまぶしいくらいの夢を歌っている。まぁ、先ほどの話に戻ろう。大切なものの代表格と言えば愛とか、絆、それこそさっきのアイドルのように夢とかだろう。ただ、それだけとは限らない。例えば無人島にひとつ持っていくのなら、そう聞かれて思い浮かぶのは何だろう。この質問だってその人にとって譲れない大切なものを問うものだ。しかしこの質問に対して愛だの夢だの答える人はそう居ないだろう。でも逆に物語の主人公はどうだろう、食料や豊かな生活を掲げて悪に立ち向かうこともないとは言えない。形のない気持ちを弱いと言いたいわけではないが、少し贅沢なものなのかもしれない。

 私は読んでいた雑誌を棚に戻して店を出た。先ほどの違和感のせいでほとんど話も入ってこなかった。外はまだ暗く、夏だというのに虫の声も聞こえない。いわゆる丑三つ時に歩く街は、陳腐な表現で言えば知らない土地に思えた。私の住む町は都会と言えるほどに栄えてはいない。自宅から少し離れたこのコンビニは幅広の国道沿いにあり、こんな夜中でも少しは車通りがある。暑いとも言い切れないぬるい風を受けながら、自然と足はわが家へ向かっていた。先ほどの国道沿いを南下してゆく。周囲に流れていく景色の大部分をシャッターと明かりの消えた看板が占める。これほどの大通りなのだから、当然商店が多い。田舎の夜は早く、こんな時間に営業している店など無いに等しい。思えばただの漫画の立ち読みから随分と壮大なことを考えたものだ。それに比べたら私の家での理由なんてハムスターの餌ほどにもならないだろう。ついたらまず謝ろう。今思えば笑ってしまうような些細なことだった。遠くに家の明かりが見えて、両親が寝ずに待っていることを知った。早く帰らなければ。しっかり怒られて、そしてこの胸の内を、私が譲れなかったものを知ってもらおう。

 少し元気になった私は駆け足気味になっていた。空は曇っていて月明かりなど差し込む隙間はないが、現代社会では外灯が十分すぎるくらいに代役をはたしていた。あとは国道を横切って少し路地を進むだけだ。横断するべく押したボタンに反応して、車向けの青信号が黄色く変わる。少し待つと私向けの信号が青く変わり、はやる気持ちのままとうとう走り出した。完全に上を向き切った私の心情を盛り立てるかのように周囲は昼間のように明るくなった。明るくなった?いくら外灯が明るいとはいえ、道路の真ん中にこれほどの光は届かない。私は弾かれるようにして横を向いた。二条の光で闇を割きながらトラックが迫る。赤信号などものともせず、猛スピードのまま停止線を越えた。こんな時は過去の出来事や心残りが脳裏を駆け巡り、ゆっくりとした時間の中で死を自覚するものだという。ある意味で貴重な経験を積もうとしている私が感じたのは、トラックの大きな走行音とまぶしさに眩む目の痛みくらいだった。当然と言えば当然で、そんなに一瞬でいろいろ考えられるほど私の頭は精巧にできていない。一つ考えていたとすれば、早く家に帰らないと、それだけだった。

 よほど当たり所が良かったのだろう、痛いとか、意識がもうろうとするなんて工程を飛ばして私の体は機能を停止した。それなのにどうしてこんな風にモノローグが続いているのかって?この文章も場面転換に差し掛かったわけだし、少し自己紹介をしよう。改めまして、この物語の主人公で作者のすずなだ。先ほど轢かれてしまったのは14歳のすずなちゃんだった。こうして省みると本当に若かった……。失礼、説明が足りないのと感情表現が苦手なのはいつまでたっても変わらないものだ。

 交通事故に遭った私は、この後いわゆる別の世界に生まれなおすことになる。仏様を信じていたわけではないけど、イメージとしてはそのまま輪廻転生にあたるだろう。そしてこうやって前世を語れるくらいに記憶を引き継いできた。そしてそれなりに生きて、時間もできたのでこれまでのことを記録しようと思い立ったわけだ。今これを読んでいる君たちには、そんな思い出話に付き合ってもらおう。そんな昔のことを思い出せるのかって?これが半分日記とはいえ物語調である以上、本当かどうかよりも面白いかどうかを気にしてほしいところだ。だが物語の外側に不安を残しては素直に楽しめないだろうから、一つ種明かしを。生まれ変わった私は、魔法と呼ぶにふさわしい技能を身に着けた。それを使って、自分の半生を紅茶片手にゆっくり観劇しているのだ。さて、導入の語りにしては少し長すぎた。それでは、魔法をかけましょう。別に必要はないけれど、せっかくなら呪文を一つ。むかしむかし、あるところに……。


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