店の準備
次は店へ。
五月十一日金曜日の続き。
家に着くと、家の車が近づいてくる。父が仕入れた材料を運んできた。
「色々仕入れてきたから、店まで運んでくれ」
俺と湯山はコーヒー豆が詰め込まれた紙袋を両手に持って店まで歩いていく。園葉は紙のナプキンなどが入った紙袋を持つ。父は用があるからと家に入っていった。店までの道のりには木々があるために車では近づけないため、三人で歩いて運んで行った。
店に着き、棚や冷蔵庫に材料を詰めたり、コーヒー豆や茶葉を缶に入れ換える。作業が終わると、窓際の席に着き試しに三人でコーヒーを淹れることになった。
並んで座っている湯山姉妹は上手くお湯を注いでいる。
「そういえば、ちょっとした食べ物もあるといいかも」
「お茶受けとか?」
「コーヒーとか紅茶なら、普通はケーキやクッキーを食べるんだろうけど、俺は大福とか団子も好きなんだよね」
「それと、喫茶店といえば読書じゃない?」
「そうだな。大きな棚も奥にあるし、これから増やしていけばいいか」
「鈴葉と響人、よく図書室にいるよね」
「気づいてた? 最近は特に居るんだよね。園葉は図書室とかに行ったりするの?」
「時々ね。いつも友達といるから、友達と図書室に行くことがあれば」
「そうなんだ。本が好きなんだから、いつも図書室にいそうだけど」
「本はいつでも読めるし、学校では友達と遊ばないと」
「普通なら図書室で本を読んでる方が大人だと思うけど、それよりも大人な答えがあるとはな……」
「鈴葉も、もっと友達と遊ばないと」
「……うん」
湯山を苦笑いさせて困らせるとは……。湯山を越える大人な妹がいたとはね。
「それにしても、本を何時間も読み続けるにはどうしたらいい?」
「うーん、よく分からない」園葉
「本の楽しみ方を分かってないのか、本が詰まらないのか、それだけならまだマシなんだよ。問題なのは、誰のことを言ってるのかが分からなくなることなんだよ。彼とか彼女とかを使ってくると分からなくなる。読むだけな、もっと速く読めるんだけど、話が分からなくなるからゆっくりになるんだよね。そのうち飽きて、最後まで読みたくなくなる。なんか良い方法はない?」
「じゃあ、先に最後の方を読んでおくとか」
「そうか、なんとなくでも最後はどうなるのか知っておけば、なぜそうなるのか知りたくて続きを読みたくなるかもしれない。カレーと一緒だな。給食がカレーだと、なんか楽しくなるじゃん? 給食がカレーじゃなくても、夕飯がカレーだと知っておけば少しは朝から楽しくなるかも。もっと夕飯のことを考えて生きれば人生がもっと楽しくなるな!」
「分からないのも、それなりに面白いと思うけど」園葉
「いいこと言うじゃん。そうだよな、分からない面白さもある。分かってると詰まらなくなることもあるな。あまり期待してない夕飯だったら、かえって朝からダルくなりそうだし。まあ、俺は何でも美味しく食べるから、あまり関係ないかな」
話してると、うちの親達も紙袋を持って店に来る。
「こんにちはー」
湯山と園葉が明るく挨拶をする。
「あ、どうも。響人は役に立ってるかな?」
「はい、三人で必要な物を買ったりしてました」
「お店は私達がやるから、無理しなくていいからね」母
「ありがとうございます」鈴葉
「じゃあ、こっちもコーヒー作るか」父
親達は持ってきた材料を仕舞うと、通路を挟んだ隣の席でコーヒーを淹れ始める。完成したコーヒーを飲んでいると、湯山の両親も店に来る。
「待ってましたよ。どうぞこちらに」
父か湯山の両親を向かいの席に向かい入れる。
「あっ、こんにちは」
「鈴葉と頑張ってね」湯山母
「うちらも手伝うから任せといて」湯山父
「ありがとうございます」
湯山の両親もコーヒーを作り始める。親達は会話が弾み、楽しそうに話している。
「何か一つでも手作りの甘いものがあればいいよね」鈴葉
「湯山はケーキとか作ってそうだよね」
「うん、パウンドケーキはよく作る。今から作ってみる?」
「一人で作れるの?」
「作り方は覚えてるから、材料を持ってくるね」
湯山は材料を取りに一人で家に戻っていった。
「うちの親が手伝うのは土日だと思うよ」
「いやいや、ありがたいことです」
湯山が紙袋に材料を詰めて戻ってきた。俺と園葉も厨房に行く。
「ああ、長方形の形で作るやつか、胡桃とかドライフルーツとか入ってるケーキだろ? うちの母親もたまに作ってるぞ」
「そうなんだ」
湯山は手際よく作業を進めると、生地を形に流し込み、オーブンで焼き始める。
「簡単だから、藺山も今度作ってみてね」
「まあ、作ってみるよ」
湯山はオーブンの窓を覗き込むと、蓋を開けて形を取り出し、まな板に出して小皿に切り分けていく。小皿を持って席に戻るり、一口食べてみる。
「美味しいじゃん」
「具は無いけど」
「いやいや、生地の良さがよく分かる」
「美味しいよ、鈴葉」
園葉も美味しそうに食べる。親達も美味しそうに食べる。席に戻り、残りのパウンドケーキも食べる。
「そういえば、店はいつから始めるんだ?」
「明日でいいんじゃない?」鈴葉
「明日か、さすがに早いな。まあ、準備はできてるし、あとは親に任せておけばなんとかなるか。小型の電気コンロも沢山あるし。あとは、広告と判子と看板だな」
俺達は店を出て、湯山の家に向かった。親達はまだ話してるみたい。当分の間は親に任せることになるが、他に手伝いたい誰かがいないか探してみるのもありかな。
湯山の自室で広告と判子と看板を作ることになったが、三人の中で一番字が綺麗な湯山がスラスラ書いていく。まず、紙の上に大きく山鳩屋と書き、その下に五月十二日からとかく。その下に、コーヒーを作るのも、支払いもお客さんにお任せ。手作りのパウンドケーキもあるよ。
「さすがだな」
次に湯山は、判子を取り出す。
「どうしようか」鈴葉
湯山は少し考えると描き始め、完成すると絵を見せてくる。
「こういうのは?」
緑の用紙には、正面を向いた山鳩が赤ペンで描かれている。ここでも赤か。
「上手いじゃん。これにしよう」
湯山は判子に下書きをしてから彫刻刀で彫っていく。
「ほんと、器用だなぁ」
次に、板板に同じ絵を描き。四角の下に山鳩屋と書き、彫刻刀で彫っていく。
「あっという間に完成したな。それじゃあ、広告を張りに行くか」
町中を自転車で走り回る。掲示板を見つけると画ビョウで広告を張っていく。
「確か、あの辺りにもあったはず」
町の南側にある掲示板に張って家に戻った。
「よく覚えてるね」鈴葉
「掲示板はいつも見てるからね。いつも自転車で町中を走り回ってるし」
「こんなところかな」
「パウンドケーキをもっと作らないと」
「そうだな、広告にも書いちゃったし」
「じゃあ、もっと材料を持ってくるね」
湯山と園葉は家に戻っていった。一人で店に戻ると、親達はまだ話している。厨房で二人を待っていると二人が戻ってくる。湯山は一時間以上かけてパウンドケーキを四本作った。その間に親達は帰っていった。
「よし、今日はこれで終わりにしよう」
片付けて店を出ていき、家の前まで来る。
「それじゃあ、開店は九時にするか。じゃあ、八時に店に来てね」