買い出し
店で使う物探し。
五月十一日金曜日。朝、家の前にあるベンチに座っていると湯山が来る。
「おはよー藺山」
「じゃあ、行くか」
湯山は今日も明るい笑顔を見せてくる。こっちが不安になるほどの眩眩しい笑顔でなにより。
「親が店をやってくれるといっても、急に店をやることになったからドキドキしてたけど、七雲をやってたら楽になったよ。湯山はどう?」
「さすがだな。なんな、親達の方がやる気満々みたいで、今日、材料とかを持ってくるみたいなんだよね。それで、今日は午前で終わりだし、店の準備をすることになったから、湯山も手伝ってくれ」
「うん、うちの親も手伝いたいって」
「そういえば、店長は誰がやるんだ?」
「家主の藺山がやればいいんじゃない?」
「でも、頭が良くないと駄目だから、やっぱり湯山がやってくれ。といっても、まずは親が店長とかを俺達の代理でやるんから、湯山が本当に店長になるのはずっと先だな」
学校が終わり、湯山と帰る。家に着くと店について聞く。
「必要な道具はほとんどあるし、材料も親が持ってくるし、あとは何がいる?」
「うーん、エプロンとか」
「確かに無いな。今から探しに行く?」
「瀬空で探してみる?」
「じゃあ、行ってみるか」
エプロンを探しに羽橋駅近くの瀬空へ行くことになった。待っていると湯山と妹の園葉が来る。
「よし、行こう」
晴沢駅まで歩いていく。湯山はいつもの笑顔を崩さないでいるけど、園葉はずっと真顔でいる。姉妹なのに性格は真逆ということか。いや、姉の鈴葉も俺と仲良くなる前は、学校で見かけると園葉のような真面目な顔をしていることが多かった。学校で友達と話してる時は笑ってるところを見たことはあるけど、どちらかというと真面目かな。やっぱり、湯山は頭の成長が他より早いんだろうから、周りに合わせるのが苦手になってきてるのかな。だけど、俺と仲良くなってからは、友達と楽しく話してるところをよく見かける。湯山も将来とかそれなりに悩んでいたけど、店をやることになって楽しくなってきたということかな。
電車に乗ると、羽橋駅に向かって発車する。二人は相変わらず笑顔と真顔を崩さないでいる。
「どのお店に行くの?」園葉
「とりあえず瀬空かな」
「瀬空か」園葉
羽橋駅に着き、南口から瀬空に向かう。エスカレーターで上の階に向かう。
「エプロンはと……」
「あそこに台所用品があるよ」園葉
台所用品を扱う店の一角に、エプロンなどの身につける商品が並んでいる。
「色々あるじゃん。この形は特に色の種類が多いぞ。色はバラバラにするか」
「私は深緑」園葉
「私は赤にする」
やっぱり赤が好きなんだな。湯山は赤というより小豆色のエプロンを選ぶ。
「俺は黒かな」
「一応、親の分も買っておく?」鈴葉
「そうだな。うちは母親が青で、父親は白にしとくかな。二人がどっちを選ぶか分からないけど」
「うちは、お母さんが桃色で、お父さんは黄色かな」鈴葉
「予備として、茶色と焦げ茶色も」園葉
エプロンを九枚買うと、二人は勝手に他の店に向かう。
「ここはコーヒーの道具が色々あるよ」園葉
「必要な道具は揃ってるし、急いで買う物はないかな」
「これ、珍しくない? 竹ドリッパーだって」鈴葉
「竹製のドリッパー、500円。試しに使ってみるか。二人はコーヒー作ったりする?」
「あまり飲まないかな。親は二人共、よく作るけど。でも、これからは増えると思うよ」鈴葉
「じゃあ、とりあえず藺山家用と湯山家用に二つ、店用に四つ買うか」
竹ドリッパーを買って二人に聞く。
「もう買い出しはいいかな。どこか寄る?」
「屋上に行きたい」園葉
表情は堅いが、好奇心はある園葉の要望で屋上に向かった。
「じゃ、行ってみよう」
九階の東側は開けた空間になっている。芝生に羊が四匹設置されている。
「カメラあるよ」
鞄から小さめのカメラを取り出すと、羊の両脇に立つ二人を取る。
「三脚もあるんだなぁ」
三脚にカメラを取り付けてタイマーを設定すると、俺は羊の後ろに立った。
瀬空を出て駅に向かう。
「そういえば、昼飯まだだった。なんか食べてく?」
「うん、お腹すいた。園葉は何が食べたい?」鈴葉
「じゃあ、クレープ」
「それじゃあ、クレープ食べるか」
駅の構内を通って北口に出て、向かいに見える百貨店の地下にあるフードコートに向かう。
「色々あるけど、やっぱりチョコバナナを食べたくなるんだよな」
「私はイチゴ」鈴葉
「私はツナサラダ」園葉
「端にあるレタスときゅうりをツナマヨで味付けしたあれか」
園葉は姉の鈴葉より大人だよな。湯山の大人なところが強まってる感じ。
席に着いて食べ始める。
「食べる? 美味しいよ」
ツナサラダを食べてみる。まあ、ツナマヨが入ってるから美味しいけど、ここまで来てツナサラダを注文するのもなんかなぁ。
「美味しい、私も今度注文してみる」鈴葉
大人だな、二人共。
「全然足りないから、六階のレストラン街でちゃんと食べないか?」
「足りないね、行こう」祭
レストラン街の奥の角にあるファミレスに入る。
「何にする? 俺はお子様ランチを食べたことないから、子供のうちに食べてみたいんだけど、小四だともう変だよなぁ……。湯山はどう思う?」
「確かに変かも。でも、私も食べてみたい」鈴葉
「私も」園葉
「なんで、瀬空とか日空でたらこスパゲティとか食べてたかな。あれ、好きなんだよねぇ。結局、同じのを食べたくなる。クレープもチョコバナナばかりだし」
「うん、私もいちごクレープばかり」
「そうなの?」
いちごは分からんな。
「じゃあ、三人で注文すれば、怖くないか」
店員を読ぶ。
「あの……お子様ランチって注文できますか?」
「どなたでも注文できますよ。大人のお客様にも注文される方がおられるんですよ」
「そうなんですか。じゃあ、お子様ランチを三人分お願いします」
「響人、飲み物は?」園葉
「じゃあ、メロンクリームソーダを三つ」
注文を受けた店員が戻っていく。
「ふう、なんとか注文したぞ」
話してると料理が運ばれてくる。
「おっ、来た来た」
オムライスには白地に丸い水色がある旗が刺されている。
「水の丸っていうんだよ」
「知ってるって、これは持ち帰ろう。二人もな。要らないなら俺が貰っておくぞ」
「私もせっかくだから持ち帰るよ」鈴葉
「私も」園葉
旗を抜いてナプキンに置き、色々食べてみる。
「美味い美味い、大人も食べたくなるよな、駄菓子だって食べるんだし」
「うん、また来たら食べたい」
「園葉ならまだ注文しでも変じゃないな、今のうちにもっと注文しておかないともったいないぞ」
「うん」
「なんだろう、この感じ」
「満足感?」鈴葉
「そんな感じかな、名前をしあわせランチに変えたらどうだろう。お子様だと注文しづらいし」
「ふふ、いいね」鈴葉
「旗を小さな傘にするとか」
「傘も持ち帰りたいなぁ」園葉
「いや、やっぱり旗じゃないと」
晴沢駅を降りて歩いていく。相変わらず、園葉は真面目な顔だし、鈴葉は笑顔でいる。うちの家の前に着くと二人に聞く。
「他にも何か要るのある?」
「店を開くことを町中に広めないと、お店が始まったことに気づかないかも。あの辺りはあまり人が来ないしい」
「どうやって伝えようか」
「町中にある掲示板に広告を張るとか」鈴葉
「なるほど。それじゃあ、商店街に行って、爽山で紙とかを探してみよう」
湯山姉妹が荷物を置きに自宅へ戻り、すぐ戻ってくると商店街に向かう。雑貨屋の爽山に入り、学習道具などがある地下一階に下りる。
「まあ、ノートより少し大きいくらいでいいよな。色はどれにする?」
「森の中だから、緑とか」鈴葉
「じゃあ、大人っぽく、深緑にしよう。あとペンかな」
ペンを探しに行くと、園葉がセットのペンを手に取る。
「十六色はあった方がいいと思うよ」
「そうだな。あとは?」
「そういえば、お店の看板は?」鈴葉
「看板かぁ。大変そうだな」
「標章として登録したいよね」園葉
「標章? じゃあ、とりあえず、判子に絵を書いて、広告にでも押しておくか。じゃあ、判子は器用な二人が作ってくれ」
「いいよ」園葉
「まかせて」鈴葉
湯山姉妹は判子の材料を探す。
「これは?」
鈴葉が四角い木製の判子を見つける。
「こんなのも売ってるのか、ここは」
「あと、これ」
園葉が25センチある四角い木製の板盤を持ってくる。
「これを入り口に飾るんだな。それにしても、色々売ってるな、他にも使いそうな物はないかな」
店内を見て回っていると、切り離せる白い紙メモ用紙を見つける。
「そうだ、メモ帳もいるよな。席に置いといて、払う金額を記録しておくんだよ。俺ならすぐ忘れちゃうし」
小さなメモ帳を三十冊と、ボールペン二十本をカゴに入れる。
「あと、立て看板もあれば」鈴葉
「確かに要るな、全て客任せてと書いおかないと」
立て看板とチョークを見つけ、レジに持っていく。
「こんなもんか、他にも要るのがあれば、またあとでいいし」
「粟野はいないな、よく手伝ってたりするからな」
「うん、見たことある」鈴葉
「こっちは客が払ったりするし、なんとかなりそうだよな」
「うん、なんとかなるよ」鈴葉
家に帰っていった。