家主
翌朝、目が覚めると、昨日の事が嘘のような気がしてならない。将来に対する急激な変化に、心が追い付いていないみたい。今日は少し早めに家を出て、外のベンチで湯山を待つ。一応、毎日一緒に登校することになったんだよな? このまま来なかったどうしよう。
「おはよー藺山」
右側から湯山が現れる。
「じゃ、行くか」
森を抜けて道路を歩いていく。
「急に色々あるから、朝起きると夢だったような気がしてならないんだよね」
「うん、夢みたい」
「小四で婚約だぞ、さすがに気が早くないか?」
「でも、小学生の頃にはプロを目指したりするでしょ?」
「確かにそうだけど……」
「大丈夫だって、コーヒー好きなんでしょ?」
「ああ、好きだよ。紅茶も緑茶もね」
「なら大丈夫」
「そうだな……」
一組の教室の前で湯山と別れ、遅刻になる時間の五分前に席に着く。
稗田にいつ話そうか。いや、稗田には話す必要はないか。稗田の親にだけに話して、稗田には黙っておこうか。訳を話したら変に噂が広がるかもしれないし。とりあえず、稗田の家に行って話したついでに教えて、あとは黙っておいてもらおう。
昼休み。
「あとで稗田に話す事ががあるから、家にいてね」
「家に? いいけど、何の話?」
「詳しくはあとで話す」
「分かった」
下校の時間になり、湯山と帰る。
「昼休みに稗田の家に行くって言っといた」
「私も行った方がいい?」
「本当ならもちろんいいんだけど、稗田に深夜のられたらややこしくなりそうだし、俺だけでいく」
「じゃあ、近くまで行く」
ランドセルを置いて、稗田の家の近くまで湯山と歩いていく。
「じゃあ、その辺にいて」
湯山は稗田の家の周りに広がる草地で待たせることにした。呼び鈴を押すと稗田が出てくる。
「じゃあ、入って」
居間にいると、稗田の両親が入ってくる。
「話はお母さんから聞いたよ、自由に使ってください」
「ありがとうございます」
「なんの話?」
稗田は全く知らされてないのか。
「森に俺が建てた空き家があるだろ、あそこで響人君が店を開きたいみたいなんだよ」
「へー凄いなぁ、藺山がそんな事を考えてたとは意外だな」
「ま、まぁね」
「こっちとしても、やっと使いたい人が決まったから助かるよ」
「なんの店?」
「まあ、お茶屋かな。俺はコーヒーが好きだし」
「そうか……」
「一応、この話は秘密な」
「ああ、分かった」
「それじゃあ、この書類に必要事項を書いてね」
自分が所持する書類と、市役所に提出する書類に氏名などを記入する。
「あとはこっちゃが手続きをしておくから」
「ありがとうございます」
「それにしても急だな、まさか藺山がもう将来を決めてるてとはな」
「いや、俺も驚いてるんだよね」
「なんでコーヒーの店をやりたくなったの?」
「この前、空き家を覗いたらなんとなく興味が湧いちゃって、で、母親が市役所に行って持ち主を調べてもらったら、稗田ということが分かって……」
「まあ、使」
「楽しみにしてるからね」稗田母
「はい、それじゃあ帰ります、ありがとうございました」
稗田宅を出ると、湯山が離れた所に立っている。
「どうだった?」
「とりあえず、持ち主は俺になったよ」
「おめでとう、藺山」
「どうも」
「空き家に行ってみる?」
「行くか」
自宅を通りすぎ、木々がまばらになり始めた所に建つ一軒家に着く。中に入ってみたが、前に来たときと何も変わっていない。蛇口を捻ると水が出た。電気コンロを付けると熱が伝わってくる。
「持ち主が俺になったといっても、今すぐ店を始める訳じゃないからなぁ」
「でも、使うのは自由なんだし、試しにコーヒーを作ってみればいいんじゃない?」
「やってみるか」
湯山を空き家に残し、家からコーヒー豆と砂糖と牛乳とペーパーフィルターを持ってくると、カウンターで湯山が道具を用意し、注ぎ口の細いポットで湯を沸かしていた。お湯が沸くと、お盆に載せて、窓際のボックスソファーに持っていく。缶から二人分の豆を入れてお湯を注ぎ、コーヒーカップに注ぎ分けてると、まずはそのまま飲んでみる。
「香りはいいけど、やっぱり無糖はまだ早いな」
「私は少し好きかも」
「湯山は味覚も大人だな。まあ、今日はいつもと違って無糖もいりな気分かな」
少し飲んだところで、俺も湯山も砂糖と牛乳を入れる。
「やっぱり飲めないな」
「ふふ」
「そういえば、お店の名前を決めないと」
「そうだな。まあでも、良いのが思い付かないし、あとでいいんじゃない?」
「ホホ、ホーホー、ホホ、ホーホー……」
「山鳩か、湯山の家からも聴こえる?」
「うん、よく鳴いてる。でも、なんの鳥なのかは知らなかったから、フクロウだと思ってたけど」
「確かにちょっと近いよな。でも、山鳩はホーホーの前にホホって鳴くからな。山鳩はよくその辺りを歩いてたりするけど、見たことある? 尻尾が雉に似た模様をしてるんだけど」
「見たことある。あれが山鳩かぁ、普通の鳩かと思ってた」
「ちょっと違うんだよね」
「そういえば、尻尾が少し長かったような」
「よし、店の名前は山鳩屋にしよう」
「いいね、山鳩屋」
「山鳩屋かぁ、俺としてはなかなか上出来だよな」
「でも、なんで知ってたの?」
「よく鳴いてるから気になって仕方がないから、なんの鳥なのか図書館で調べてみたんだよ」
「藺山も図書館によく行くの?」
「新刊の漫画を読みにね。でも、湯山みたいに年中行ったりはしないな」
「そうなんだ」
片付けを終えて、持ってきた紙袋に道具を詰めて、空き家を出る。
「どうせなら、近いうちにでも開店できるんじゃない?」
さすが藺山、気が早い。
「え? でも、色々大変だし、そもそも俺達は学校があるし」
「親に手伝ってもらうとか」
「確かに暇そうだからやってくれるかもね。道具は用意しておいて、片付けや支払は客任せ。うちの駄菓子屋も、支払いは客に任せてるし」
「開店時間は?」
「普通は早くて九時からで、閉店は夕方辺りだっけ? 自営業はそんな感じだろうけど、全国でやってる店とかはもっと早くから夜までやってるよな。まぁ、うちはせいぜい九時から五時かな」
「営業時間も客任せでいいんじゃない?」
「つまり、客が朝に明かりを付けて、夜中に誰もいなくなったら、最後の客が明かりを消すってこと?」
「でも、どうせなら二十四時間営業でもいいんじゃない?」
「そりゃまあ、客が勝手にやるんなら、二十四時間営業もできるな」
「うん、二十四時間営業にしよう」
湯山と別れて家に入る。テレビを付けながらゲームをやっていると、母親が帰ってくる。夕飯の時間になり、居間で夕飯を食べ始めたところで父親が帰ってくる。
「空き家の持ち主は俺になったよ」
「良かったじゃない」静葉
「近いうちにお店を始めようと思うんだけど、俺達は学校があるし、店員がいない時はコーヒーを作ったり洗ったりは客に任せで、品を揃えたり、売り上げとかの計算とかはよく分からないし、二人に任せるから」
「いいけど。それにしても急じゃない?」母
「いやまあ、湯山がかなりやる気があるみたいで、営業時間も二十四時間らしい」
「まあとにかく、響人の将来が決まったんだから、手伝ってやるぞ」勇人
夕飯を終えて部屋に戻る。
「もう店を始めるのかよ。さすがに早すぎだろ。小四だぞ」
忍の刃を始める。
「うーん、集中できない。もっとサクサクとやれるのがいい」
天の雲を作り出してテンポ良く上に上がっていく。急激な生活の変化に心が追い付いてこれていなかったが、ゲームをやっているうちに平常心を取り戻していく。
「湯山は焦りとかないのかな。やっぱり凄いな湯山は」