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たたみでソファー  作者: 瀬山藺人
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となりの湯山

外を歩いていると、気になるあいつが現れて。

 いつもみたいに、家の西にある長く伸びている丘を歩いていた。適当に歩いて時間を過ごす。でも、今日はそろそろ帰ることにした。特に目的がないと、ちょっと歩いたらすぐ飽きる。何度もクリアーしたRPGを最初からやるとするか。

 森の外れの空間にある自宅が木々の間に見える。そこを抜けて空間に出ると、下校中の女子が遠くから歩いてくる。

「湯山か」

 肩まで伸びた髪型で、隣に住んでいる湯山と分かる。この辺りに住んでいる生徒は俺と湯山以外はいないし、住宅自体が二つしかない。親同士の付き合いはそれなりにあるみたいだが、隣といっても家三つ分ほど離れているせいか、湯山とは妙な距離感があるし、組が違うから話す機会もなく、たまにすれ違うときに無言で無愛想に頭を下げて挨拶をするだけ。いくら組が違うといっても、同じ学年で唯一の隣人なんだし、それなりに仲良くなっていてもおかしくないはずだが、そもそも喋るのが苦手な俺が別の組の女子に話しかけられる訳がない。湯山も物静かで誰かと積極的に話しかける性格じゃないみたいだし、これまで全く交流がない。問題なのは、こういうときに物凄く緊張してしまうこと。仲良くなれたら楽なんだが。

 湯山との距離が近づくと、いつものように笑顔でこっちを見てくる。思い切って話しかけてみようかな、それとも、いつもみたいに軽く挨拶だけしとくか。

 あまり話さない人に愛想よく挨拶をするのは苦手だから、なんとか目を合わせて無愛想に軽く頭を下げると、湯山は笑顔で頷いて通りすぎていこうとする。しかし今日は、なぜか言葉が続いた。

「ねぇ、あとで家に来る?」

「うん」

 湯山は振り返って笑顔で頷くと帰っていった。

 物静かだけど、すれ違うときはいつも笑顔だから、もしかしたら良い返事が返ってくるかもしれないと思ったのも話しかけられた理由だが、いい加減に変な挨拶で神経を使わないようにしたいという思いが限界に達したんだな。それと、誘う勇気が湧いたのにはちゃんとした理由があるからだ。ゲームの対戦という理由なら全く不自然じゃないだろ。まあ、言ってはいないが、そういう目でもしてたかな。

 そっと振り替えると、赤い服に赤いランドセルを背負った湯山が北西に方向を変えて帰っていく姿が見る。俺の家と湯山の家の間に生えている木々を通り抜けていった。


 すぐそこに見える自宅に着き、南向きの門を開けて玄関に入る。持っていたカメラを置いて、外壁の外側に置いてあるベンチに座って湯山を待つことにした。湯山の姿が見えないか、植えられているツツジの向こうを見てみるが、まだ現れない。目線を戻し、目線の先に広がる森を眺めると、五月らしい瑞々しさを感じる新緑が広がっている。誰もいない森を眺めていると湯山が来た。

「じゃあ、上がって」

「うん」

 相変わらずの笑顔を振りまく湯山に馴れ馴れしく声をかける。

「あっ、カメラだ」

 この際だし、湯山を撮ってみるか。

「撮ってあげよっか?」

 そう言うと湯山は笑顔を作る。

 人は撮ったことはないな。いつもは森や町並みばかりだし。あとは丘から見える天見山や山脈ぐらいか。天見山は西の丘も良いけど、北の丘も良いんだよな。あそこは山脈も合わせて撮れる。それと、羽橋駅周辺や百貨店、更に店内の陳列なんかも撮る。俺から見れば芸術なんだよな。あんなワクワクする空間はないよな。羽橋駅の隣には三つ百貨店があって、どれも個性的でカッコいいんだけど、特に好きなのは瀬空だな。壁のでこぼこはかなり凝ってるよな。



 二階にある自分の畳部屋に入ると、さっそくゲームを起動させようとする。

 いやしかし、湯山はゲームをやらなさそうだから対戦はやめとこうかな、それとも、一人用のシューティングにしようか。

「これ、対戦もできるんだよ」

 カセットを入れ換えずにゲーム機の電源を入れてパッドを湯山に渡す。

「人の姿をしてるけど実は妖怪で、人間社会に紛れて生きてるんだけと、いつの間にか妖怪同士の抗争になっちゃって、色んな方法で妖怪社会の権力を握ろうと日々戦ってんの。それで、今回はドッジボールなわけ」

「そうなんだ」

 湯山は笑顔で答える。

 俺はゲームは得意な方だと思うが対戦はどうも苦手で、そのせいか、二年前に発売してらずっとやってるのに、どこか消化不慮という思いが残っている。

 俺は主役のライバルチームを選び、湯山は主人公がいるチームを選ぶ。試合が始まり、基本的な操作や技の入力を教えてから対戦が始まる。ボールを投げると、湯山は慣れたように一回で受け止める。

「上手いじゃん」

 湯山もボールを投げ、こっちもボールが体に触れる瞬間にボタンを押して受け止める。今度は技を入力して特殊シュートを放つと、ボールが楕円形に変形し高速で飛んでいく。

「うわっ、取った」

「ふふ」

 湯山は余裕の表情で微笑む。今度は湯山が特殊シュートを放つと、途中でボールが三つに分裂して三方向に飛んでから一つだけ残って飛んでいき、選手に当ててふっ飛ばす。やりながら湯山に聞いてみる。

「ゲーム機は持ってる?」

「持ってるけど、あまりやらない」

「なんのソフト持ってんの?」

「青いロボットの」

「あれか、子供向けの割りになかなか難しいよな。クリアーはした?」

「うん」

「ええ!? 俺は四面の言ったり来たりな謎解きが限界」

 湯山は笑む。

 結局、湯山の勝ちで終わってしまった。まさか女子に負けるとはな。しかも、隣の湯山に。ここまで上手いとは思わなかった。

「それじゃあ、ゲームは初心者どころか上級者だな。で、このソフトは対戦ものの定番でさ、同じ組のやつらとよく対戦してるけど、そいつらより湯山は上手いと思うよ」

「ふふ」

 湯山は嬉しそうに微笑む。

「このソフトはとにかく対戦が熱いゲームだけど、対戦以外はあまりすることがないからすぐ飽きるんだよね。まぁ、それで湯山を誘ってみたんだけど、どうだった?」

「うん、おもしろい」

 湯山は笑顔で答える。

 なんかゲームを理由にしてるのが、かえって誤魔化してるみたいに聞こえるな……。

「湯山はいつも何してるの? なんかピアノとか上手そうだよね」

「うん、ピアノ弾いたりする。キーボードだけど」

「なるほど、だからゲームも上手いのかも」

 湯山は微笑む

「友達と遊んだりは?」

「あまり」

「女子はあまりゲームやらないもんな。そうなると集まる理由があまりなさそうだし。集まる約束をしてる女子もそんなにいなくないか? 放課後に何人かで歩いてる姿もあまりみないし。むしろ男子達と公園でふざけあってる女子の方がよく見かけるかも。俺も紛れてたりするし」

 湯山は微笑む。

「まぁ、俺もよく集まる友達は数人だし、まぁ、そんなもんでしょ。あとは、友達の友達とかも集まったりするぐらいだな」

 湯山は頷く。

「漫画は?」

「あまり……」

「まぁ、女子で少年漫画を読んでるやつあまりいなし、湯山は大人っぽいから少女漫画も読まなさそうだよな」

 湯山は微笑む。

「湯山は家が近いし暇そうだか、これからは対戦相手に困いかな」

「うん」

 湯山は微笑む。

 ゲームを再開すると、次はどたばた競争を選ぶ。町中を走り回ってゴールを目指すモードで、川の中や屋根の上などを通り、相手を妨害しながらゴールに向かっていく。

 進めながら、ふと、湯山について思い返す。確か一、二年生の湯山がいた組は一組で、三、四年生も一組。五年生も一組だから、六年間ずっと一組ということになる。だから、湯山を見かけるたびに『一組の人』という言葉が思い浮かぶ。それほど明るくないが暗くもない。いつも物事を冷静に見ていそうで、小学生の割りに少し大人っぽい。あと、赤い服を着てる印象がある。いつも赤い服を着てる訳ではないけど、なぜか赤が印象に残る。赤い服を着てる生徒はそれほど多くないことも理由の一つだと思うが、もともと赤が似合う顔をしてると思う。

 それにしても、一組の人が自分の家にいることが不思議で仕方ない。同じ組の女子でもかなりの違和感を感じるだろうが、それを飛び越えて一組の女子が俺の部屋にいて、一緒にゲームで遊んでる。一年生の時に女子の家に行ったことがあるが、あれは学校の課題で同じ班の生徒が集まるためだし、個人的な理由で自分の家に女子がいることより自然な流れ。一組は威勢が良く、組全体に異世界人のような近寄りがたい空気が漂ってるだけに、余計に不自然な感覚が残る。

 結局のところ、近所ということが大きい。近くに住んでるからそれなりに慣れてるし、物凄く対戦ゲームをやりたいから声をかける勇気が出たことは間違いない。もし、一人用のモードがもっと充実していたら、声をかけることは無かったかもしれない。とにかく、これからはすれ違ってもあまり緊張しなくて済みそうだ。

「また湯山が一位か」

 俺は二位でゴールした。

 いくらCPUとは違う動きをするとはいえ、ゲームが苦手な女子を相手にしても詰まらないだろうと思っていたが、湯山の強さは予想外だ。やはり大人だな、精神的な余裕を感じる。

「あと、これは少し前に発売した人気シリーズの最新作」

 光カードを見せてから、差してある光カードと入れ換える。

「やってみる? 俺はもうクリアーしたし」

「うん」

 パッドを交換して起動する。湯山はオープニングが一周してからボタンを押した。

「今回は主人公の性別を選べるんだけど、どっちにする? 登場はまだだけどね」

 湯山は女を選ぶ。

「名前は変えられるよ、自分のにしてみる?」

 湯山はすずはと入力する。

 二つめのセーブを作り、章仕立ての物語が始まる。第一章は戦士が主役の物語。城を出て、隣の町に向かう。

「音楽も良いでしょ」

 湯山は頷くと、モンスターを倒しながら緑色の大地を進んでいく。

「森や山の中に入るとモンスターの出現率が上がるから、レベル上げのとき以外は避けた方が良いよ」

「わかった」

 湯山は緑色の所を進めていく。地下通路から川を越えて町に着き、まずはセーブをする。

「そうだ、俺もキーボード持ってて、このゲームの楽譜を買ったんだけど、ピアノ用の本格的な演奏の楽譜みたいで、ゲームと同じ楽譜じゃないんだよね。だから、音を聞き取って楽譜を作りたいんだけど、よく分からないから湯山に楽譜を作って貰いたいんだけど、できる?」

「やってみる」

「じゃあ、これ貸すから、持って帰ってずっとやってて良いよ」

「うん、ありがとう」

「どうせなら、今やってみる?」

「うん」

 キーボードを取り出して床に置く。

「ところで、うちは全て畳部屋だけど、湯山の家は?」

「居間は畳じゃないよ」

「ソファーとかありそうだな」

「あるよ」

「いいなぁ、ソファー。畳部屋だと変だし」

「そんなことないって」

 湯山は微笑む。

「そうかなぁ」

「畳部屋は障子と襖もあるでしょ? 紙だから湿度を取ってくれるし音もこもらないから、私は畳部屋が好きだけど」

「なるほど」

 湯山は流れてくるフィールドの音楽に集中する。曲が一周すると、湯山は音楽に合わせて弾き始めた。

「すごいじゃん」

 湯山はふふっと笑う。

「やっぱり、湯山は天才だな」

 キーボードをどかしてゲームを再開する。町人に話しかけて、起きている謎についでに聞いて回る。


「ねぇ、写真撮るのが好きなの?」

 湯山は置いてあるカメラを見て言う。

「まあね、でも、良い写真を撮りたいというのもあるけど、記録のためでもあるかな。例えば、この辺りの森がいつまでも残ってるとは限らないし、あるうちに記録を残しておこうかなって」

「そっか……」

「撮ってあげよっか」

 湯山は左を向いて笑顔を見せる。

「なんか言って、動画もとるから」

「カメラって動画も撮れるの?」

「そりゃ、もちろん撮れるよ」

 湯山はふふっと微笑む。

「藺山も撮ってあげる」

 湯山は手を差し出してカメラを受け取ろうとする。

「いや、俺は撮られるのが苦手なんで……」

「いいじゃん、貸して」

 湯山はカメラを取って構えると一枚撮る。

「なんか言って」

 動画も撮るみたい。少し考える。

「……湯山とゲームしてます」

「ふふっ」

 思ったことを言ったが笑われてしまった。自分が撮られたことはないな、当たり前だが。

「あとで写真あげるよ」

「ありがとう」

 湯山はカメラを置いてパッドを取り、森の洞窟を探索していく。町から子供達がいなくなってしまった真相を探るため、住人から手がかりを聞いて回ると、よく子供達がこっそり遊んでいる洞窟が森にあることを知り、森の洞窟に向かうことにした。

 森の洞窟に入ると、分かれ道で子供のような声が道を教えてくる。湯山はその言葉に逆らって道を選び、行き止まりを引き当てる。全ての道を効率良く確認して回るなら、行き止まりを先に回るのが理想的だが、あまりゲームをやらない湯山がいきなり無駄のない順路を引き当てる訳だから驚く。湯山は勘も良いみたいだな。


 やっぱり撮るなら風景だな、人は全く撮ったことがない。いつもは森や町並みばかりだし、あとは丘から見える天瀬山と山脈ぐらいか。天瀬山は西の丘からの景色も良いけど、北の丘は天瀬山と山脈が上手く収まるんだよな。この辺りの他にもいろんな所に行って撮るけど、離れた所だと羽橋駅の周りが多いな。あの辺りは百貨店が三つあって、どの建物も個性的で撮りたくなる。陳列棚も時代を表す芸術。西館と東館に分けてるけど、間の通路からの景色が何気に良い。そこから見える向かいの百貨店はちょっと近未来的だし、外側の通路も良いよな。一応通ることができるから、よく外に出て眺めたりする。壁の色使いも先鋭的だな。そして瀬空。壁のでこぼこは、もはや芸術的だし、一階と二階は外に開放された造りで、ちょっと暗い通路は特にお気に入り。二階のガラス張りと南側一面の階段に挟まれた空間はずっといたくなる。

 動物も撮ろうとは思ってるから、猫とかスズメを撮ったりするし、山鳩もよく見かける。蝶も撮るし、カブトムシも家まで飛んで来る。山鳩は朝や夜中、昼でも曇りの日に家の近くで鳴いてるから、鳴いて姿も撮りたいかな。


 湯山は洞窟で座敷わらしを仲間にして、攻略に必要な羽の靴を手に入れると町に戻り戻る。

「なんか熱いから外に行こうぜ」

「うん」

 湯山は微笑み返した。

ねこのねがいごとに登場する瑞葉の親である響人と鈴葉が子供の頃の物語です。

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