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バイ菌死すべき消毒しよう

「いったいどこにあるってんだよ、24区はよィ!」

「荒れないでよ、私達だって疲れてるのよ!!」

 何百年探しても見つからない幻の区画を探すのは、軌跡に縋るようなものだ。

「おーい、おーい!」

 それでも探さなければならない事情を抱えていた二人は、仲間の声に顔を上げる。

「あれは9区の狼じゃない? ちょっとやだ、養えないわよ!」

 9区が滅んだのは有名な話だ。とうとう安全な土地は7区画だけとなり、回りはウイルスが蔓延る魔境になってしまった。

 残りの土地を争って種族間戦争が始まったところもある。

 暗澹たる気持ちで世界の滅びを待つ今、誰だって自分達を守る事で精一杯なのだ。

「ちょっと待て、様子がおかしいぞ?」

「持ってるのってまさか、奇跡の水かしら」

 二人は仲間と合流する。

 すると、彼は言った。

「24区があったんだ! ずっと解放されてなかっただけだったんだ! あったんだよ24区が!!」

 歓声を上げ抱き合った。

 これで世界の寿命が少しだけ延びた。



 起きたら目の前に巨大なモモンガが居た。

 白黒の虎模様に茶色と白だ。

 なんだ天国だったのか。

『×○*※$#!』

『○*※+/¥』

「そうかそうか。何言ってるかぜんぜんわかんないや。ははっ」

『*※$#!?』

 犬は虎模様のモモンガに問い詰められ仰け反っていた。

 きっと知的生命体なのだろう。

 リーベはいつ帰ってくるのだろうかと考えて溜め息をつく。言い逃げクソ猫は永遠に帰ってこない。わかってるが、酷い話である。

「まぁ、何言ってるか全然わかんないけど、ここに住むなら犬と仲良くね。あとでお腹の毛とか触らせてもらうけど必要経費だから」

 犬とモモンガは言い争っているようだったが、ハナは無視して布団に潜り込む。

 ぬくもりこそ至高。

 モフリたいのは嗜好なのだった。

 それから毎日モモンガが顔を出すようになっていた。

 モモンガの鳴き声を聞きながら、さりげなく背中やお腹に顔を埋めるのは――ぜんぜんさりげなくなかったが――良い気分である。

 しかし話し相手がいないのもつまらない物だ。

 昔は動物の言っていることがわかれば……と思っていた時期もあったがクソ生意気な事を言われると興ざめだ。相手は動物じゃないが。

 最近困ったのは、モモンガもそうだが、犬の様子もおかしいことだった。

 ハナを尋ねて来てはキュンキュン泣いている。病気かと思っていろいろ診たが素人には判断がつかない。当たり前の話だった。

「なんかさ、こうもうちょっと知的に話し合うとかないのかな。例えばジェスチャーとか絵を描くとかさ」

 そう言っているハナは空の人になっていた。

 簀巻きにされて三匹のモモンガに吊されている。全く楽しくない。

 眼前には良すぎる景色と、怒った犬の鳴き声が木霊していた。

 ハナは、攫われていた。

 なぜこんな事になったのか、全く思い当たる節がなかったが、とりあえずモモンガはどこかに連れて行きたいはずだ。と言うよりどうやって人間一人引っかけて飛んでいるのだろうか。三位一体ならなんでも持ち上げられるのだろうか。

 虎模様と白と茶色のモモンガは、魔法のように――そうか魔法を使ってるのか。

 疑問が氷解したのはいいが、釣り上げられているのに変わりない。

 幸いだったのは布団にくるまれている事。

 欠伸を噛み殺し、ハナは眠気に身を委ねた。



「……」

「……」

 モモンガその他諸々が鳴き合う声が響いている。

 ざっくり眠ったあと、気付けばハナは長椅子に乗せられていた。体を起こすとはらりと布団が滑り落ち、拘束が解けていたことを知る。

 問題は椅子に座り直した後だった。

 滝のような汗を流す中年男性が、青い顔で口を引き結んでいる。これは必死で頭を回しすぎて言葉が出てこないんだな、と思い、パジャマの皺を手の平で伸ばす。

 その間にもモモンガとわんわんと鳴く犬の声。

 追いかけたくなるのは種族特性か。犬は最後までハナの後をついてきたらしい。ベジタリアンなのに凄いガッツだ。どうやったら力が出るのだろう。こっちは肉を食っても長く走れない体だというのに。

 部屋の調度品は、品の良い白い石で作られた物に統一されているようだった。長椅子も机もそうだが、壁も床もだ。絨毯は焦げ茶色で、堅く編み込まれている。品質が悪いように見えるのは、現代の商品を見慣れたせいだろう。

 窓があり、ハナは首を伸ばす。

 遠くに街並みとテラスがあった。

 柔らかい日差しを浴びながら目を細めていると、やっと中年男性の口が動く。

「その、体の方は大丈夫か? 悪かったな、うちの区画の者が。とりあえず顔を拭くといい」

「おっと涎が。失礼」

 水差しで濡らしたハンカチを借りて顔を拭く。

「ええと、それでどちら様でしたっけ。すみません、寝起きのせいか眠くて何も覚えてなくてですね」

「今さっき目が覚めて、これが最初の挨拶だ」

「そりゃよかった」

 それで、人を攫ったモモンガは何だというのだろう。

 気になったがその前に、と軽く頭を下げる。

「根酒ハナです。日本人です。以前は自社サイトの保守をしてました」

「ご丁寧にどうも。俺は五十嵐蔵三。石屋だった。わかるか?」

「お墓とか作ったりする仕事ですよね。なるほど、だからこの部屋は綺麗なんだ」

「おう。全部俺がやったんだ……ここの連中は手先が器用じゃないからな」

 モモンガの手で彫刻とか無理ゲーである。

「とにかく、同じ仲間に会えて良かったよ。会うのは久しぶりだからな。24区は最近解放されたんだろう? 最後の区画が開いて、本当に良かった。9区が崩壊してから余剰住人を抱えきれなくてな……」

「そこら辺の事情、ぜんぜん知らないんですよ」

 おや、と首をかしげる蔵三に今までの事を話して聞かせると、げんなりした顔をする。

「俺の所のウサギも似たようなもんだったぜ」

「世知辛い」

「まぁな。んじゃ、せっかく来たんだから説明を聞いてってくれ」

 この世界はデコルテと言う名前で、動物達が知的生命体として暮らしている世界だった。喋るウサギが知的生命体で人間に準ずる生物。喋らないウサギが動物という認識だという。ややこしいので、知的生命体をひっくるめて獣人と呼んでいるらしい。

 そのややこしい彼らの世界は平和だったが、他世界から病原菌がやってきた。

 バイ菌である。

「これアンコが頭に入ってるアレのパラレルワールド? そうか、まだ寝てるんだな。寝よう」

「おいよせ、絵柄が全然違うから。生身だから」

 冷や汗を流すハルに首を振りながら、蔵三は続けた。

 バイ菌は一センチから山と同じ位大きなサイズまで様々にある。この世界の住人では歯が立たなかったという。

 このままでは世界が病原菌だらけになってしまう。

 というわけで、別世界から対抗するために創造し、神によって呼び込まれたのが24区の神柱――24人の日本人達である。

 世界を24分割し、神柱を置くことによってバイ菌を倒そうとしたらしい。

 意味がわからなかった。

 兎に角区画内は神柱の準備が整うまで何人たりとも侵入できない聖域と化すらしい。どうしてそれを使ってバイ菌を追い出さなかったのかわからないが、何か事情があるのだろうと蔵三は言った。

 そんな事情はクソ食らえだ。

 おそらくリーベの言っていた制約のことなのだろうが。

 神柱は神に願った能力を授かり、それを持ってバイ菌と戦い、区画内を守るらしい。神柱が倒れれば区画は崩壊し、神の加護は消える。

「神の加護?」

「バイ菌で作物が枯れない」

「大切だね!?」

 やっとリーベが作物を育てろとせっついていた意味がわかった。わかっただけで最初から説明しろよと思うが。

 デコルテには様々な種族の獣人がいて、蔵三が担当している4区画はモモンガが中心だという。他にはワニや羊や熊や魚人がいるらしい。

 大きな湖があるので、後で見てみると良いと言われた。

「あれ? でも犬が作ってる石はバイ菌に効いてたけど」

「ああ。あれは種族ごとの固有魔法を凝縮したものだ。魔石と呼んでる」

 しかし魔石を投げつけても触れた部分にしか効果がなく、固有魔法をぶつけても威力が低くて通用しないのだそうだ。

「エタノールと混ぜたら普通に効いたけど」

「はぁ?」

 もしかしたら固有魔法が溶け込んで表面を削り、そのおかげでエタノールが効いたのかもしれない。

 そう言えば蔵三は三十秒くらい考えてから「奇跡の水のことか」という。

「何その怪しげなお水は。宗教はお断りしてるんで……」

「ふざけろ。最近樽の水がバイ菌に効くって流通しだしてるんだ。24区で作ってたのか?」

「ええと、犬から買ってるならうちのだと思う。一大ブームになってるから」

「……そうか、エタノールに魔石溶かすのか」

「必要なら作るけど」

「いや、俺ん所は大丈夫だ。それより11区に優先でやってほしい」

 蔵三は立ち上がるとテラスへ行き、ひょいと指を振った。

 すると部屋中が揺れ、遠目に見えていたバイ菌が串刺しになって消えた。

「俺が貰ったのは岩を操る力でな。十分対処できるんだ。だが11区はシールドでな。攻撃できないから回りに溜まっちまってるんだ」

「それはご愁傷様で……」

「そういうわけで、次に落ちそうな所から頼むぜ」

「わかった。じゃあ、交渉はよろしくね」

「ん?」

「えっ?」

 見つめ合うこと数十秒。

 ずっと騒がしかった動物達の鳴き声が静かになっていた。

 ああ、とハナは思い出す。

「神様から何も貰ってないんだよね。だから何言ってるか全然わからないんだよね。リーベ以外で初めてこっちで会話したんだよ。やー、言葉教えてもらえとかどうやれと。わんわんっ」

「アホかてめぇ!?」

 タダより高いものはない。

 そう思っていた時期が、確かにありました。



 バイ菌死すべき消毒しよう。

 そのスローガンの元、結成されたのが24区と神柱だと言うなら、終わったら寝られるんじゃね? という希望を抱くのは当然だ。

 ハナは蔵三に地図を書いてもらい、そのまま犬と話して貰った。

 犬達は当初怒っていたが、最終的にはハナを11区に連れて行ってくれることになった。背中に樽を背負いながら。

「いや、転送できるし……まぁいいや。背負いたいものを背負えば良いよ」

 その重みが役に立つこともあるだろう。

 そう思って進んでいくと、11区の周辺はうじゃうじゃとバイ菌が散乱している。

 地面が黒い。

 バイ菌がゴミのようだ――ゴミ以下だった。

 とにかく樽では足りないので、魔法でエタノール混合液を噴射しつつ進んでいくと、もっふりとした鳥とアルパカの集団が待っていた。

 天国がここにあった。

 わんわんと犬が説明すると、モーゼのように道が割れる。

 11区の神柱は聞いたとおりの能力持ちで、シールドで区画を覆い尽くし、バイ菌の侵入を阻んでいるらしかった。

 そうして連れて行かれた先には、24区にも来た山ほどもあるバイ菌相手に耐えている女の子がいた。

「ぐぬぬ~!」

「あのー、ちょっといいかな」

「後にして!? これもう、本当にしんどい! 魔法解けそうなのよ気が散るから!」

「聞けよ」

 ぶしゅっとバイ菌の頭上にエタノール混合液をぶちまけると、悲鳴を上げながら消えていく。

 目を丸くしたツインテールの少女は両手を前に掲げた状態で、顔だけ振り返った。

「24区の神柱でぇす。エタノール混合液持ってきたから」

「へっ!?」



「しくしくしくしくしくしくしくしく」

「……面倒くさいタイプだった」

 これまでのいきさつを話して聞かせると「無能力者に負ける私は無能……!?」と体育座りですねだしてしまったのだ。

「なによぉオバさんのくせして! 異世界転生ならチートは盾だって決まってんのよー!」

「オバちゃんにその常識ないから。ババア舐めてると痛い目見るよ」

「今見てるわよー!」

 おかしい。

 何も悪いことをしてないのに、アルパカと鳥類達の視線が冷たい気がする。

「まあ、とりあえずエタノール作るやつ仕掛けるから。あとは固有魔法溶かして何とかしてね」

「うううううありがとうございます」

「御礼はちゃんと言うんだ……」

 11区の神柱は「蔵三にありがとうって言っといて」と半泣きで言った。

 意外と可愛かった。

 あの神柱は十四歳くらいかな。

 他の区画の様子も見てきて欲しいと言われたので、ついでに近くの20区に足を伸ばす。

 区画から区画の間は、小さなバイ菌が大量にいて、植物は軒並み病気にかかっていた。動物も具合が悪そうなのが多い。

 不思議なのがブシュリとエタノール混合液を拭きかけると元気になることだ。

 まるで回復薬をぶちまけたかのよう。


 20区は機械の発達した土地だった。巨大ロボがいたのでそれなりの年齢だろうと思ったら、大きなお兄さんだった。

 さっそく製造されたエタノール混合液を巨大ロボに仕掛け、放水して喜んでいる。

 確かに日本にいたらこの規模のロボを作るのは、お金がかかっただろう。

 しかしそれで良かったのだろうか。


 お次の17区はシューティングゲームが大好きな男の子だった。

 一日中部屋に籠もって、巨大なスクリーンで区画の周辺を見回し、現れたバイ菌を撃ち殺しまくっている。バイ菌の強さによって倒した際にもらえるコインの量が決まり、このコインが銃弾の役割になるらしい。なくなると魔力で充電しないといけないので、めんどうなのだそうだ。

 エタノール混合液はあまりいらないようだったので、軽く話して必要になったら取りに行くと言う事になった。


 17区の獣人は亀と爬虫類だった。

 全然楽しくなかったが、エメラルド色のイグアナが綺麗だったことだけ覚えて帰った。


 2区の魔法少女はエタノールいらない派だが、滅んで汚染された他区画の土地を、使えるようにできるか実験したいというので、エタノール製造魔法を設置した。

 キノコとカバという獣人に分類していいか一番わからない生物がいた。

 2区じゃなくて良かった。

 間違えて食べるところだった。


 15区の危ない刃物系お兄さんは、いちいち刺しに行くのが面倒だったらしく、投げナイフに塗布して使用すると言うので、設置してきた。

 鹿と鷹がいるほんのり羨ましい区画だった。


 21区は筋肉が全てを解決していたので必要ないらしい。

 素敵なおネエさんだった。

 ペンギンと蛙とライオンがいた。

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