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天国なのにおかしい

「天国なのにおかしい」

「聞き飽きた台詞だが仕様だ」

「おかしい」

「何度でも仕様だ」

 整えたばかりの庭の芝に、牛から犬を下ろした。

 全員死んでいると思ったのだけれど、生きていた。なんで天国なのに餓死しそうになってるんだろう。

 天国とは何だったのだろうか――もう突っ込むのはやめにしよう。

「僕は水を汲んでくる」

「いいよ、魔法で取ってきた方が早い」

 中に指を滑らせて円を描くと、そこから水がボトボトと落ちてくる。

「見たことない魔方陣だな」

「いや、これは入り口指定の記号。魔法は川に張ってあるから。それよりお皿とご飯持ってきてよ」

「わかった」

 カップに水を注いで犬の頭にかけると、ピクリともしなかったのに起き上がって飲み始める。

「クーン、クーン」

「あ、本当におとなしいんだ。よしよし。しかしでかいな……二メートルありそう」

 牛がいなければ、とてもじゃないけど運べなかった全部で三匹の犬。とにかく水をほしがったので与えているとリーベが帰ってくる。

「なんで野菜なの?」

「その犬は肉を食わないんだよ」

「う、嘘だ……」

「ここにはいろんな生き物が混じってるからな」

 バケツに入れたキュウリをかじってる犬達を見る。

 涙を浮かべているのはおいしいからか。カロリーが足りないからか。

「僕はあまり物を持てない。果物と白菜を持ってこい」

「へいへい」



 リーベはハナが居なくなると、犬に問いかけた。

『お前ら、どこからきた』

『第9区です。俺はコルト。こちらの二人は仲間のアズルとイグリットです。兵士をしていました。第9区は先日飲み込まれ、同胞は散り散りに……ここはどこの区画ですか』

『応援と救援要請』

『私は、医薬品が欲しい』

 イグリットは衛生兵だったのだろう。

 必死な顔をしてリーベを見上げる三人に首を振る。

『24区だ。だが、この土地には誰も住んでいない。神柱は未だ覚醒に至っていないからだ』

『ではなぜ我々は入れたのでしょうか』

『ここの神柱の頭がおかしいからだ。ハナは土地に必要なもの以外求めなかった。その身に神の奇跡を一つも望まずに。僕らは望まれなければ与えることができない。お前達の言葉すら、ハナは理解できないだろう。お前達のことを物言わぬ動物だと思っている』

『それは……!』

『畜生として接されるのが嫌ならば、他の区画へ送ろう。この土地は豊かだ。好きなだけ食い物を持って行くが良い』

『ここにいても良いのか』

 アズルが問う。

 ハナはリーベが飼えと言えば拒まないだろう。

「持ってきたよー」



 家畜はその辺に縄を解いておいてきた。

 好きな場所で好きなように暮らすだろうとリーベは言う。

 トマトとスイカとメロンを見ると三匹の犬は涎を垂らし釘付けになった。

 好物みたいだ。

 トマトを食べさせてる間も、それぞれ別の果物に釘づけた。

「終わったら温泉で洗おうと思うんだけど。ばっちいし」

「そうだな」

 果汁を一つも残さずなめ取るように食べている犬から漂う異臭。

 食べ終わってトロリとした顔の三匹を連れてお風呂に入る。

 雌が一匹いて、ハナが担当。

 後の二匹はリーベが担当だ。

「まさか二足歩行するだなんて……」

「わんわん」

 背中を洗っている手が止まったのでイグリットが振り返る。

 リーベは動物の言葉もわかるらしくて、名前は聞けた。

 全員同じ種類だから見分けが付かなさそうなのだが、耳がピンと立っていて一番体が大きいのがコルト。耳が折れてるのがアズル、女の子で一番小さいのがイグリットらしい。

 牛にも名前あったらリーベは困らないのだろうか。

 将来ソーセージになっちゃうかもしれないのに。

「よしよし、お湯流すよ」

「わん」

「お利口な犬だなぁ」

 さすがに二足歩行の狼はいないだろう。

 桶に汲んだお湯で泡を流す。

 真っ黒になった泡が溶け、流れていく。指の間までキレにしたイグリットを湯船に入れて、しっかり体を温める。

「あー、まだちょっと黒いな。擦ろう」

 温泉は川の水で割ってちょうど良くなっているし、そのまま下流に流れていくので湯が汚れてもすぐに綺麗になる。

 首の周りを擦って綺麗にすると、肩に頭を乗せてきて、くつろいだように息を吐く。

「クンクン、クーン」

「ここがいいの? うりうり」

「クーン!」

 マッサージででろでろに溶けたイグリット。持ち上げながら湯船からでてタオルで拭く。むちゃくちゃ重かった。

 タオルは布地がすり切れて薄くなっていた。

 そろそろ新しいのがほしいけれど、布を織る施設がない。当然蚕もいない。

「あー、それで羊だったのかも。いやまって、ということは糸を紡がなくちゃいけないって事で……農業が終わったら、生活用品を作らされるのか……」

 独りごちながら拭き終わり、絞って体を拭く。

「リーベ、上がった。夕飯も野菜で良いの?」

「ああ。皿が足りないから木でなんとかしておけよ。他の動物達も野菜で良い」

「へいへい。ベジタブルだなぁ」

 イグリットを玄関に置いて、木と工具を取りに行く。

「あー皿の形どうしよう。深皿かな……やばい、今から作っても夕飯には間に合わない。餌やりだけでいいや。ねぇウサギはにんじんで良いの?」

 足下にいた白い塊に聞けば、耳をぴくぴく動かした。試しに貯蔵庫からにんじんを取り出すと、鼻をひくつかせてかじり出す。

 他にもつれてきた牛、鶏に同じものをやる。カモは川で勝手に泳いでいた。よくわからない動く根菜は畑で作物をかじり、三つに増殖している。

「……まあいいか」

 増殖したものから大きめの葉っぱを三枚ちぎる。痛そうにうねったがカボチャを目の前におくと、いそいそとツタで巻き付き始めた。

 茎が二つに割れ、ギザギザの葉と紫色の口内が見えたが、何も見なかったことにした。


***


 あれから一夜明け、昼過ぎに叩き起こされながら外に出ると、犬が十匹に増えていた。

「どういうこと!? 呼び寄せの呪文でもあるの!?」

「群れで暮らすからな。家はあっちに勝手に建てるだろう」

 リーベはあっさりというが可笑しい。

「何なの? 犬に建築技術があるの? なんでトンカチ持ってるの? こんな事ってある!?」

「天国にはいろんな種族が入り交じってるんだよ」

「……お仲間か」

 かわいそうに、と呟く。

「お前は食器でも作ってろ。僕は土地の案内に行く」

 昨日葉っぱに食事をおいた瞬間浮かべた三匹の表情を思い出す。

 一瞬で耳が垂れて「え、マジでこれで食べるの?」という顔で見られた。

 増えた犬も二足歩行だ。同じことをしたら、同じようになるだろう。

「ノルマがきつい!」

 おかしい。思った天国と違う。



「ていうかさー、一緒にご飯食べるのはいいんだけど、なんで食器類作らないの? 大工ができるなら自分でコップくらい作ってよね!」

 プンスカ怒りながら言っても、犬達は欠食孤児のように野菜を丸かじりして聞いていない。いや、言葉が通じないのだけれども。

 犬が作ったのは掘っ立て小屋で、十人が寝られるとは思わない。

 入ってもギュウギュウだが、屋根があるだけマシなのか。

 倉庫は野菜果物でいっぱい。今は渋柿を吊すために皮を剥いている。紐は謎の根菜が蔦を大量に出していたのでもらってきた。

「終わったら増えすぎた木を植え替えて、剪定しろ」

「やだやだ寝る」

 サポートがあれやこれや口うるさいけど、楽しいことだけしか働きたくない。

 じろりとリーベが睨んだ。

「お前、本当に日本人? 勤勉さとかどこやった」

「生まれた時にママンの腹の中に置いてきたわッ! そもそも、加工品とか百年後じゃだめなの?」

「まぁいいけどな。サクッとしたもちもちパンにソーセージ、ケチャップとマスタード多めにかけて食べるとかしたくなければな」

「ううううう」

「ハンバーガー、フランクフルトにポテトサラダ」

「ああああやめろお」

「ドレッシングのかかったサラダに味噌キュウリもいいよね。僕けっこう好きなんだ。猫だけど」

「いやあああああ」

「そばに天ぷら、ちらし寿司……酢飯の香り。サクサクのから揚げのお供にビールと日本酒はどうだろう」

「あああああリポーターかよぉおおお!」

「何とでも言え。あと九百年か、長い道のりだな」

「わかったよー」

「缶詰工場を作れ」

「さりげなく無茶降りすんな」

 食欲に負けたハナは、渋々加工品についての資料を調べ始めた。

 リーベはほくそ笑んでいた。

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