天国にしてはリアルすぎる
「天国にしてはリアルすぎる。どういうことなの」
「そういうもんだ」
愛想のない声に「こっち来いよ」と呼ばれて玄関へ。
庭付き一戸建て温泉と池付きをお願いしたが、なぜか川が流れている。池はどこに行ったのだろう。温泉は裏手にあった。脱衣所と洗濯機もある。
「生活臭がする」
「そういうもんを要求したんだろう。しかし家でかいな。掃除が大変だ」
「なんで天国なのに埃がたまるの……」
「そういうもんだ。ぐだぐだ言うと地獄に落とすぞ」
おかしいな、天国に来た感じが全くしない。
階段の付いた玄関。入り口は黒く、ランプが左右に付いていた。屋根は灰色がかった色で、壁は白と黄色が入り交じった石で作られ、煙突が二つ付いていた。芝生が綺麗に敷き詰められた庭の先に畑もある。窓は六つほど見えるが、反対側にもありそうだ。家と言うより施設みたいな規模だった。
「図書館はあっち、温泉は右だな」
「家の中なのに案内図が……うれしいけど」
「細やかな心遣いを喜べ」
霊魂案内人は親切だったのだろうか。
「とりあえず、掃除が簡単になる魔法でも覚えろ。あと庭の芝生だな」
「嫌だよ。寝る」
目をこすったハナはあくびを噛み殺し「自室」と書いてあるプレートの案内に従って部屋を探す。廊下の突き当たりにあった部屋に入り、お日様の匂いのする布団に潜り込んだ。
「……まぁ、三日ぶりの睡眠だしなぁ」
とリーベが言うのが聞こえた気がした。
*
社畜とは人間ではない。
そんな社畜だったハナは、小売業界で自社サイトの保守をしていた。というやつである。
正直ブラック以外の何者でもないし、面白くないので割愛するが、過労死した。
天国に来て三日が経った。
毎日良い天気なので布団を干して庭でごろごろしている。初日は虫に悩まされたが、図書館の虫除け魔法とやらを試してみたら、うまい具合に快適になった。
魔法は俺つえーするには古い方式だった。
魔方陣と発動呪文が必要で、いちいち手間がかかる。内容構成も酷く専門的で、別系統の魔法はどうするんだ、と思った。
リーベ曰く「一系統あれば大丈夫だろ。お前のは開発の余地がある優しい方だ」と生暖かい目で言われた。
意味がわからない。
本気で天国かと疑いたいが、食べなくて良いのは本当だ。
しかし代謝はある。
魂が変質しないためなのだろうか。
日が陰ってきたので布団を入れて部屋でゴロゴロしていると「おいナマケモノ」と言われる。
「怠けられる天国。最高」
「馬鹿なこと言ってないで畑に水をやれ。枯れるぞ」
「天国なのになんで枯れるんだろう……」
「そういうもんだ」
やれやれと起き上がって外に出る。
茜色の空は綺麗に広がっていた。ちなみに悪くなっていた視力は、天国へ来た途端戻っていた。天国だ。
「ハツカダイコン育ってる」
じょうろで水をやる。
農具をしまう場所に季節ごとに植える種が完備されていた。
毎年植えて種を入れ替えないと古くて芽が出ないと書いてあった。
『一年農業計画』という分厚い冊子に、一年ごとに植えなければならない作物の一覧計画が書かれていた。霊魂案内人の手書きの冊子は、正直捨ててしまいたいが、将来何か食べたくなっても材料が育たない可能性をリーベに指摘されて渋々植えている。
天国が苦行を強いてくる。
「良い魔法開発しよう」
農業系の魔法もあったが永続的ではなかったので構想を考えている。
肥料とかも作るの面倒だし、倉庫は「百年分くらいは入る」とお墨付きがあるほど広い。なにより置いた作物は時間停止できる。
全種類作って保存したら農業はお休みしよう。
「そうだ! 種を倉庫に入れておけば古くならない痛い!?」
「働けナマケモノ」
「おかしい。ここ絶対天国じゃないよ」
魔法にはいくつかの構成があった。
いろいろなプログラム言語があるように、ジャンルと用途によって魔法の構成も違う。開発は制限されてないみたいだから、問題はないだろう。
誰かに見つからない限り天国の住人もここには来ないだろうし、とのんびりしていたハナに事件が起こったのは約六十年後だった。
*
魔法開発が進み、見えない触れない風車や自動布団叩きなど、しょうもないが実用的な魔法を開発する傍ら、農業自動化魔法が完成した夜だった。
土いじりは楽しくなったが、いい加減飽きてきていた。
ハナは魔法の完成に喜び、温泉で冷たいリンゴジュースを飲んでいた。
もちろん農薬を使っている。無農薬なんて匠の技は絶対無理だ。
リーベもこの日はご機嫌で、いつもより説教が短かった。一緒に暮らすうちに遠慮がなくなり、お母さんみたいになっていた。今思えば、一人だったら寂しいので、リーベがいて良かったかもしれない。
「ハナは次、何作るんだ」
リーベはハナのことを、お前ではなく名前で呼ぶようになっていた。
「観葉植物でも植えようかな。いや、ハンバーガー食べたいかも」
「違う、魔法だよ」
「しばらくはいい。なんか疲れたし」
農業自動化魔法は大変だった。
雨が降ったら作物を消毒しなきゃいけないし、木は剪定、収穫、種取り、植える場所の移動……上げればきりがない魔法設定の連続だ。
全部オリジナルだし。
「おい、ここで寝るなよ。溺れるぞ」
「わかってる。でも凄い眠いよ。ほんとに天国か」
「そういう仕様なんだよ」
「クソ眠い」
「女の子がクソとか言うな」
「もう九十になるババァを女の子扱いしないでくださーい」
毎日同じ服着てるんだよ。
女のたしなみなんて忘れてしまったわ。
「僕なんて一億倍は生きてるぞ」
「老猫……」
「敬え。称えろ。……? あ、まて目をあけ――! こら――!」
睡魔に勝てず、ハナは眠った。
起きたら三百年後だった。
*
「お前の寝汚さには脱帽だよ。普通三百年も寝られねぇよ」
「う、嘘だ」
リーベは会ったときのように腕組みをしてハナを見下ろしていた。
揺すっても叩いても温泉で眠り続けたハナは、転生の時間になっても起きないものだから順番を三度も延期したらしい。しかし起きないので忙しい担当者は怒って千年後に変更してしまったという。転生まであと九百年以上伸びてしまった。
「ゆだって死ななかったことを喜びな」
「すみませんでしたリーベさん。でも天国だから死なないし……」
下手に出てみたが、リーベは鼻を鳴らしただけだった。ちょっとウトウトしただけなのに酷すぎる。
温泉から出たハナは服を触ってがっかりした。
朽ちていた。
「着るもの持ってきてやるから待ってろ」
「恐れ入ります……」
しかし、と周りを見回す。三百年経っても辺りは変わらない。
リーベが持ってきた服を着込む。
「お前が寝てる間に倉庫がいっぱいになった。余剰分は肥料用に自動供給されてたが、そっちも溢れて今は森に捨ててるぞ」
「魔法止めてくる」
「そろそろ物々交換でも始めたらどうだ」
唐突に言われる。
「その心は」
「森が肥えすぎた」
家の煙突に登って外を見ると、夕焼け空は巨木で半分ほど隠れていた。
肥料は満杯で、森に撒ききっても余っていた。
「時間のいたずらかな?」
「ちげぇよ。在庫減らせよ」
「ここら辺で天界生活も終わりに……」
「できないのは知ってるだろ?」
眼光鋭く睨まれ、そっと目をそらす。
「倉庫にも全種類は入らないぞ。あと加工食品を作れ。僕はソーセージで数百年以上の残業を許してやる」
「うぐぐ……」
「手引き書はあるだろ」
「ぬー」
残業代を出せと言われれば腑に落ちないながらも頷くしかない。雇い主は他の人なはずなのに。神的な存在なはずなのに。
しかしソーセージを作るのに必要な道具はないものか。
あれ牛の腸からできてるんだったかな。
「動物は野生のが森にいるから、何匹か捕まえるぞ」
「そこから!?」
そういえば鶏もいなかったな。
肩を落としながらリーベの言うとおりにすることにした。
*
次の日の朝。
捕獲用のロープと餌を持って森に出た。
「そもそもさー、三百年も尋ね人? 来なかったからいいじゃん。もうあれだよ。古株的な存在じゃない? 左うちわで暮らせるんじゃ。天界だけど」
木が大きいせいか、下草に元気がない。
魔女が住んでいると言われても納得しそうな暗さだ。
けれど地面はふかふかとしていて、栄養が豊富なのはわかる。
松ぼっくりを蹴りながら進んでいくと、少し開けた場所に出た。
「ここら辺に牛がいる。……あれだな」
リーベが指した先に三メートルくらいの茶色の牛がいた。
「嘘でかい」
「普通だろ。こっち見たぞ。あの種類だと果物が主食だな」
「え、草じゃないの?」
「さっさ餌をやれ」
尻を蹴り上げられながらよく熟れた柿を差し出すと、牛は興味があるように鼻先を近づけ、食べた。数メートル遠くにいた他の牛も、ハナに近づいてきて人なつっこく餌をねだる。
「牛こわっ。臭っ」
「首に縄つけて連れてくぞ。次は羊だな」
次々と指示通り捕まえていくのだが、餌をやるとほいほい付いてくる。まるで桃太郎になった気分だ。
「牛、鶏、ウサギ、カモ、あとよくわからない動く根菜。ねぇ、これソーセージ作るのに必要なの? 豚はどこへ行ってしまったのか。なぜウサギさんなのか」
「僕の代わりにウサギを触れ。寝てるときに触ってたの知ってるんだぞ」
「ペット候補かよ」
「それより犬が一頭もいない」
「猫のくせに犬が好きなのか……」
「犬はよく働く」
牧羊犬か。
と、リーベが横を向く。
「あ。いた」
浮いていたリーベが前足で指した方向を見て、我が目を疑う。
重なり合うように倒れる犬。ガリガリに痩せて力尽きている。
どう見ても生きているように見えないが、それより大きさが問題だった。
「これ犬なの!? オオカミじゃないの!? しかも灰色……」
「あいつらを全員牛に乗せろ。僕は腕力がないんだ」
「いやでかいし怖いし」
「おとなしい種類の犬だ」
「もう一回言うけどオオカミじゃないの?」
「乗せないなら今すぐ残業代をよこせ」
「は、はい……」
見るからに力がなさそうな猫のリーベはそう言って、ハナの尻を蹴り飛ばした。