48.私は、やっと自覚する
「まずは悪かった」
頭上からいきなり謝罪の言葉が発せられた。
「えっと新しい奥さんが来る事ですか? いえ、この国は二人まで大丈夫だと学びました」
どんなに努力しようと所詮生粋のお嬢様方に敵うはずがない。
「それに私みたいな付け焼き刃な教養で一般異世界人よりよいと思います。それでお願いがあって。邪魔しないのでこの場所を暫く借りてもいいですか? いずれ出て、ふぐっ!」
フランネルさんに片手で両方の頬をわし掴みされた。頬が潰れる!
「いひゃいでひゅ!」
ああっ! 赤ちゃん言葉になってしまった。でも、ちゃんと話せないんだよ。
「指っ、くい込んでまひゅ!」
こんな事されたの初めてだよ!
そして痛い! 地味に痛いから止めてよ!
「もう一度言ってみろ」
どこの荒くれ者?
ホントに何なんですか?
「手、はなひてくれないと話せまひぇん」
いい加減、自分の力が強くて加減できてないのに気づこうよ。
「それで?」
とりあえず顔は解放されたので、ほっとした。まだ痛む頬をさすりながら。
「これ以上ほっぺた膨らみたくないのでくい込ませたり、伸ばしたりは止めてくださいって、また怒ってるし! 本当にどうしたんですか?」
上を見上げればまだ怒っているよ。その薄い唇が開かれた。
「私は、他に伴侶を持つつもりは今もこの先もない」
「え、でもシンシア様でしたっけ?」
奥さんが来るんじゃ、いや、もう来てるのかな。
「何処でどのように聞いたか知らないが、シンシアは妹だ」
「妹さん? フローラさんの他にも兄妹がいるんですか?」
初耳だ。
「ああ。上には兄がいる。シンシアは貴方より歳は下だが気が合うかもしれないと思い呼び寄せた」
私の為なの? フランネルさんは、なんとも言えない苦笑にちかい表情だ。
「フローラは最近忙しい。その為気を許せる者が近くにいた方がよいと思ったのだ。少々騒がしいのは困るがな」
な、なんか。
「私、一人でマヌケですね」
「そうだな」
え?! 否定しないの?
「少しは興味を持たれていると解釈してよいのか?」
今朝、顎で切り揃えた髪をひと房とられ私に視線を合わせたまま口付けられた。
し、初心者にはハードルが高すぎ。そして私の言葉を待ってるし。
「ご、ごめんなさい」
「…何に対しての謝罪だ?」
ああ。この場面ならイエスが正解だよね。
でも──。
「わからないんです。正直、最初会った時のフランネルさんは、怖かった」
綺麗なんだけど近づきたくない。
「でも、最近はあまり怖くない」
考えながら言葉を選びながら話すのがもどかしい。
「シンシアさんが来るって聞いて、モヤモヤしたんです。そんな後に夜に付き合っているというか夫婦みたいな夜になりかけて…でも最初の日みたく未遂というか」
そう。
「私は対象外なのかなって。漫画みたいに一目惚れとか夢見てないけど、少しずつ話をしていけば変われるかなって」
でも、なんか自分はいるだけで迷惑だと感じた。
『お飾りの聖女』
確かに私はお飾り、いや飾りすら出来ていないのを自覚し、それはシンシアさんの話を耳にし痛感した。
「私の存在は異質。だから偶然見つけたこの建物に図々しいけど施設が整うまでいさせて欲しくて」
刺さったままの視線だけどあえて上を彼の目を見た。そんな私に苦悩するような顔をされた。
「屋敷から出ての生活は許可できない。それに伴侶ではなく妹だというのは本当だ。いや、最初に戻るが貴方が周囲の心ない言葉に傷ついていた事に気づかずすまなかった」
真面目すぎるフランネルさんに、つい笑みが出てしまった。私が笑ったのに驚いたようだ。失礼な!
そこで、この際ぶちまけてしまえと私の何かが壊れた。
「私は、きっと面白くなかったんです」
彼氏彼女を通り越し夫婦になってしまった。形だけだけど、いつか歩み寄れて仲良くなれるかなと考えていた。
「私は、シンシアさんに嫉妬したんです」
本当は、もっとこの人が気になっていたのかも。
「今更ですよね」
ですよねと自嘲気味に呟いた時。
「私の意思は問わないのか?」
「え?」
顎が強く上げられたと気づいたら既に口は塞がれていた。軽いやつじゃない噛まれそうなキス。
何で?
というか苦しいよ。
暫くそれは彼の腕を本気で叩くまで続いた。