46.*静かな夜に私は*
「これが種なんて信じられないなぁ」
新しい棲みかとなった温室で私は、幾つかあるうちの小さな小瓶の一つのコルクの蓋を抜き瓶を斜めにしながら沢山でないように少し振れば一つが出でてきた。それを棚に置いたランプの光が当たるようにすれば、輝きがいっそう際立つ。
「エメラルド、しかも磨かれたやつにしか見えないんだけどなぁ」
さざれ石に見えるけどちゃんとした種だというのは昼間、庭師の人に発芽した状態のものを見せてもらい理解はしている。でも、やっぱり目で見るといわゆるパワーストーンにしか見えない。
「綺麗だな」
角度を変えれば淡い光る若葉色になる。いつまででも眺めていられそう。
「はっ、いけない実験してみるんだった」
私は、我にかえり他の瓶からも一粒づつ種を取り出したあと、素焼きの既に土をいれてある鉢に蒔き水をかけた。
「さて、ここからだよね」
手伝ってもらい与えられた自室から運んできた長椅子に座り、楽器を抱えそっと指を動かした。
「音は違うけどアコーディオンそのもだ」
ヴィトがある部屋の隅に埃をかぶっていたアコーディオンをみつけたのは昨日のことだ。見つけてから触れてみたくて事後報告になるけどいいやと拝借し今に至る。
「いや遊びじゃないもん」
好奇心は確かにあったけど、これを利用しない手はないという思いが一番だ。
音も私が知っているものより小さく儚い。だけど落ち着くのは何故だろう。
「あっ!」
独り言を呟きながらも手を動かしていたら、鉢の中の種に変化がみられた。
緑の可愛い双葉の芽はぐんぐん大きくなり天井近くまで伸びると黄色い朝顔のような花をいくつも咲かせ始め、そこでやっとこれ以上成長したら片付けが大変なことになると気づきアコーディオンから手を放した。奏でるのをやめれば植物の動きも止まった。
「庭師のムートンさんが言っていたのは本当だったんだ! でも教えてもらった内容だと、直ぐに効果は出ないって…私のせいかな」
私の力なのかアコーディオンの力か。
「あれ、でも他の鉢には変化がない」
全部で小さな鉢を五個用意したのに育ったのはその内の一つ。
もしかして。
私は、また弾き始めた。
「やっぱり!」
二つの鉢から芽が出てレタスと人参にそっくりな野菜が出来上がった。小さな鉢が窮屈そう。
「曲調により種によって好みがあるなんて、すっごい我が儘な植物だよ!」
でもね。
「なんか楽しいー!」
わくわくしてきたのもつかの間、問題が発生する。
「施設で育て、そこで加工し販売しようと思ったんだけど、この急成長させる能力が私限定だったら?」
意味ないよね。
「品種改良とか聞くけど、そんなの知らないし。専門の人でも何年もかかる事を無理だ」
年季の入った大きな作業台にがっかりした気分で頭を乗せた。
「駄目だ。とりあえずお茶でも入れてリフレッシュしよう」
天井まで伸びた木をどうするかなと見上げつつ立ち上がった時、動物の鳴き声がした。
もう深夜だ。こんな時間に何だろう? フランネルさんは、今日は帰らないって執事さんが言っていたし。
奥にある小さいながらも設置されているコンロに火に変化する石を投げ入れようとした時、急に響く扉を叩く音に石を落としてしまった。
「誰ですか?」
荒いノックに不安になる。
「ヒイラギ、話がある」
その声は、聞きなれたこの家の主、フランネルさんだった。