45.*拗らせるフランネル*
「帰宅しないんですか?」
執務室の奥にある簡易ベッドで仮眠をとっていればライナスに仕切りのカーテンをひかれ私は急な光の眩しさに顔をしかめた。
「お前に関係なかろう」
口に出したものの、まるで幼子の様な物言いの自分に呆れた。
「あのですね。団長が休んでくれなないと俺達も帰りづらいでしょうが。やっと少し顔が緩んできたかと思えば、この有り様。いったい何をやらかしたんです?」
付き合いが長い連中、特にライナスには私の威圧は効かない。それどころか今回はやたら食い下がるな。仕方なく起き上がり髪をかきあげようとし、それが無いことを思い出した。それを見逃さない奴はまた話し出す。
「突然髪を切ったり、女性の好む店を教えろと聞いてきたり、聖女様の影響力は凄いですね。まぁここ数日不能なのも彼女の影響なんでしょうけど」
べらべらとよく話す男に収まりかけていた苛立ちが沸き起こる。
「今日の書類は済ませてあるだろう? お前は、俺にどうしろと言うんだ?」
睨み付けてやれば、ライナスは下がることなく手にしていた書類を投げ椅子に座り襟を崩した。
「あのなぁ。頭がそんなんだと示しがつかないって言ってんの。あ、一個食べる?」
言葉を崩した本来の姿を久しぶりに見た。余程気に入らないらしい。
放りなげてきた物を反射的に受けとれば赤いベリの実だ。小振りだが水分が豊富で栄養価も高い為戦の際によく口にした。
袖で拭き歯をたてれば、甘酸っぱいものが口の中に広がる。
「…押し倒し無理強いをした」
「ブフォッ」
私の言葉は、自然と小さくなった。我ながら情けない。
同じく実を食べていたライナスは喉に詰まらせたのか盛んに胸を叩いている。ようやく落ち着いたかと思えば、苦しかったのか涙目のまま聞かれた。
「まさか、まだなのか?」
まだとは何だ?
私が理解してないのが更に奴の何かに触れたのか、足を床に打ち付け頭をかき乱し始めた。
「夫婦なんだろ? それなら夜もだな」
そこで私は、ようやくライナスの言う意味を理解した。
「部屋はあるが夜を一緒に過ごす事はない。彼女にもそこまでしなくてよいと伝えた」
私も理性はあるが、同じベッドで寝るとなると必ず抑えられる自信はない。
なにより、今まで苦労したであろう彼女には自分の家として、ゆっくり過ごして欲しかった。
自分は間違っていないだろうとライナスを見れば、殺気までいかないまでもその目は敵意に近い。
暫くにらみ合いの後、視線を外し彼が発した言葉は、私に衝撃を与えた。
「聖女さんが、周囲で何て言われているか知っているか?」
大災害になろうはずの世界を、国を救った功績を残した聖女ではないのか?
ライナスは、ため息をつき私を見た。
「お飾りの奥様」
「お飾り? どういう意味だ?」
「期限つきの力は尽き不用になった元聖女を同情から引き取った男がお前だよ」
同情だと?
「そんなわけあるか!」
「あるんだよ! 聖女さんにも当然耳に入っているだろーよ」
なら、彼女は今までどういう気持ちでいたのか。
私は彼女に何をした?
「…私は」
「今すぐ帰って彼女に謝り説明しろ!ちゃんと話をしろよ」
思わず飛び起きた私に先に部屋を出ていくライナスは、一別し聞き捨て為らない言葉をよこした。
「あんまり傷つけるようならバース様や俺も夫に名乗りでるからな」
「お前」
「あ、団長が当然ご存じの通りこの建物内での転移は禁止されておりますので」
「…くっそ!」
椅子に掛けた上着を掴み私は、外へと急いだ。
「ヒイラギ」
彼女に会うために。