42.私は、マリアージュという店で動揺する
「この玩具は何処からきたんですか?」
何もかもが変だ。私とその強く握りしめたままのコンパクトを交互に見たあとマリーさんは、ふっと力を抜いて独り言のように話しだした。
「変ですよねこのお店。私もそう思います」
店内を見渡すように首を回しため息をつきながら笑うという不思議な芸当をしながら、また緑の瞳が私に戻る。
「品物は、ある人から仕入れていて教える事は出来ません。ただ、お客様と同じ世界の国の人だと思います」
包みますからと出された手に意識せずコンパクトを乗せた直後、私はまだ購入すると言ってないのにと文句を言おうとしたら。
「この品の持ち主とお客様はとても深い絆なのですね」
「え?」
私は、これが妹の物とは言っていない。
「私は、この店を亡き父から継いだばかりの時、不満ばかりでした。何でこんなお金にならないくせに面倒な仕事をと」
あ、なんか口調が最初より違う。これが素なのかな? 不満たらたらそうな顔を見て印象が綺麗な人から可愛いに変わる。
そんな不機嫌そうな様子とは真逆にコンパクトを持つ手は、まるで高級な宝石を扱うような丁寧で優しい触れ方だ。
「でも、やっと最近、少しだけ何故あんなにも父がこの店を愛していたのかが分かる気がしてきました」
話す間も彼女の手は休みなく動き桜色の巾着のような袋に入れてくれた。
「あっ」
その巾着には刺繍がされていたのだ。それはまさしく八重桜。
「私が作ったのですが、やはりご存じでしたか」
ふんわり笑みを浮かべた顔は、深い悲しさも含まれていた。
「もう一人お客様と同じ国のお客様を存じ上げております。きっと私はその方を忘れることはないでしょう。ああ、これもよろしければ。害される品ではございません」
渡されたのは、まだ暖かい包みだ。フランネルさんが警戒の色をみせたので、マリーさんがすぐに彼に説明してくれた。
「少ないですが、先程のヤキオニギリです」
「えっ! いいんですか?!」
自分の声が大きすぎて慌てて口をふさいだ。そんな私をみてマリーさんはクスクス笑う。うう、はしたなくてすみません。
横ではフランネルさんが驚いているのがわかり、恥ずかしい。
あ、そうだ。
「代金っ」
どうしよう。
「私が支払う」
焦る私にフランネルさんが救いの手をだしてくれたけれど。
「申し訳ございませんが、ご本人様が対価を支払う規則になっております」
この美形だけど、ひと睨みでもされたら近寄りがたいフランネルさんに臆する事もなくキッパリと言い切るマリーさんに驚いた。
「えっと、何があるかな」
称賛している場合じゃない。交換できるような物を探さなくては。
「…これでは駄目ですか?」
「まぁ、素敵な模様だわ」
私が店主に差し出したのは、こっちの世界に来た時バッグに入れていた織物の某ブランドのハンカチだ。
不思議。偶然、ずっと仕舞っておいてもと今日の外出の時に選んだ物だった。
「勿論対価になりますわ。お客様はどうされますか?」
「これは、何かに使用するのか?」
店主はフランネルさんの前に来て尋ねれば、彼は逆に聞き返した。きょとんとしたマリーさんは、ああ、そうよねと彼にヒントを教えた。
「対になる昔の品の一部かと思います」
「二つの物に使用すると?」
何だろう。謎なぞだなぁ。私は、二人のやり取りを邪魔しないようだんまりを決めこみながらも聞き逃さないぞと集中する。
「はい」
「…まさか」
「気づかれたようですね」
にっこり笑ったマリーさんに彼は一瞬動きを止めたかと思えば無言で襟についていた高そうな飾りピンを無造作に渡した。
「ありがとうございました」
「あのっ」
扉の少し手前で優雅な挨拶をしてくれたマリーさんについ最初の怪しいと感じた事も忘れ名残惜しくて前を向いていたけど振り返って声をかけてしまった。
「お会いできてよかった。お客様と同じ国の方はサキコさんという名でした」
さきこ…さん。あれ、何処かで聞いたような。
「礼儀にかけ申し訳ございませんが、私は扉を開ける事ができませんのでご自身で帰られる場所へと開いて下さい」
「ああ。世話になった。ヒイラギ、行こう」
「あっ」
力強い手が私の手を包み引き寄せられてドアはフランネルさんの手で開かれた。
──帰る場所。
私は、私の場所は此処なのだろうか。
リイン
背後で軽やかな音がした。