41.私の目から勝手に流れたものは
「おいひぃ」
私は、小ぶりなその三角を掴みかぶりついた。こんがりと焼き上がったそれは、まだ熱かったけど気にならないくらい夢中で咀嚼した。
「ミソシルもありますよ。具はあるものを入れただけですが」
湯気が出ているそれを慎重にすすり中にスプーンを入れてみればジャガイモとキャベツに見えた。
「うっひっく」
私は、食べながら泣いていた。というか勝手に涙がでてきた。鼻水も大量に。
「使いなさい」
薄いブルーのハンカチが目の前に出された手はフランネルさん。その手は、私の目と鼻あたりをぬぐっていく。
「あ、ありがとうございます」
味噌汁の器と焼おにぎりを手にしていて両手が塞がっていたのに気づいた彼は、顔を綺麗にしてくれた。
私、赤ちゃんみいだよ。散々食い散らかして人に顔を拭かれて。
「一口いいか?」
「えっ」
左腕を掴まれ少しひっぱられたと思えば、私の食べかけの焼おにぎりに口をつけたフランネルさんの横顔が間近に。
「不思議な風味だな」
同じ物を食べたと思えない上品さで味を確かめるような様子はなにやら思案顔だ。自分の手に残る焼おにぎりと隣を交互にみる。
…氷のようなクールキャラの姿と焼おにぎりが似合わなすぎる。
というか、食べかけを男の人に食べられるのが、すっごく恥ずかしい。カップルみたいな仕草に転がりたくなる! あ、いや私、結婚しているのか。
「落ち着いたか?」
「はい。すみません」
──こんな近くにいるのに。
私を気遣う大人な彼にやっぱり自分は相応しくないと痛感する。
それに私は、こんなにぬくぬくとしていていいのかな。六花は、再発してないかな。ご飯をちゃんと食べれているかな?
幸せかな?
「ヒイラギ?」
こんな穏やかな日を送って心が罪悪感でいっぱいになってきた。空になったお味噌汁の入っていた器を見下ろしながら私の意識は今にもどこかへ飛んでいきそうだ。
「手をお借りできますか?」
そんな私に差し出された両手。マリーさんは優しいけれどしっかりとした口調で教えてくれた。
「私は触れる事によりお客様が必要な品を探し出すことができます」
不思議な話、何か変な勧誘に捉えそうな台詞。
でも。
「ありがとうございます」
私は、そっとマリーさんの手のひらに自分の右手をのせた。
彼女が目を閉じていたのは一瞬で、その後の行動は素早かった。カウンターになっているガラスケースの鍵を開け戻った彼女が手にしていた物は。
「これが、私に必要な物なんて」
手渡されて裏をみたら、汚い字でシールの上に書かれていた。
"りっか"
それは子供の頃に観ていたアニメのアイテムだったコンパクトだ。
「お客様も」
いつの間にかそのコンパクトを私の手が握りしめていた時にフランネルさんも手をのせてと言われていた。
「あ、最近入った品ですね」
彼が受け取ったのは、とても小さな石が二つ。
…このお店は何?
何が目的なの? 私は、マリーさんに目で聞いた。中世みたいな場所でプラスチックの玩具は違和感しかなかった。
「品の代金は、お金でなくて大丈夫ですよ」
マリーさんの目は、私がコレを購入しないわけがないと自信に満ちていた。