38.私と彼との出発前の会話は
「変じゃないよね?」
大きな鏡には、不安そうな顔をした淡い水色のドレスを身につけた子がいる。
地位がある人の奥さまが着るドレスなのかと聞かれたら、ギリギリ合格ラインに達するかなくらいの見た目だろうか。
お城に呼ばれた時など必要な場では最低限着飾るけれど、普段は飾りというものを一切つけていない私にとって今日の格好は、かなりめかしこんでいる。何故かというと。
「旦那様がお待ちです」
今日は、初デートの日。
「ありがとうございます」
鏡の前で服装チェックをしていたら、通いできて私のお世話をしてくれているナタリーさんが、呼びに来てくれたのでお礼を伝え部屋を出た。
「おはようございま…え? フランネルさん?」
螺旋階段の下に立っていた彼は、私の声に袖のボタンを留めようとしていた手を止め振り向いた。
今日のフランネルさんは、いつものカッチリとした服ではなく、お高そうなシンプルな白シャツに、黒に近いダークブラウンのズボンだ。爽やかでカッコイイのは相変わらずだけど。
「それ、どうしちゃったんですか?!」
「似合わないか?」
「いえ、なんというか中性的さが減り男の人っぽさが強いです」
いつも一つに結ばれた背中がゆうに隠れそうな長さのある銀髪がなかった。前髪まで短くいわゆる短髪だ。意外にも太い首が見えて、なんか不思議。
「何か、あったんですか?」
まさかイメチェン?
「これを。大した額ではないが」
小さな皮の袋には硬貨が入っていた。
まさか売ったの?
『この国では髪の毛って価値あるのかな?』
『売れます。ただ色や長さ、質によって値段は違うようですが。ヒイラギ様、何をなさるつもりですか?』
『聞いただけですよ。あ、今度フランネルさんと街に行くかもしれないので、何か良い場所を知っていますか?』
そんな話をナタリーさんとしたのは確か、二日前だった。あの時は誤魔化したけど、ナタリーさんが勘ぐったとおり髪を今後の資金の足しに売ろうかと考えていた。
あの時の話をこの目の前にいる人は聞いたに違いない。
「先、越されました」
私の恨めしそうな声にも涼しげな顔に変化はない。
「とても綺麗な髪だったのに。もったいない」
彼は、ふっと、見落としそうな笑いをした後、まだ途中だったらしい袖のボタンをとめだした。
「切るのが面倒だったが、やってみれば軽くなった。なにより洗うのが楽でいい」
その話し方に嘘っぽさはなく、自然な様子をみて私は、文句を言うのをやめた。そんな、ちょっと膨れっ面な私に。
「先日の運営の件、援助しよう」
「え?」
「だが、寄付ではなく一部を貸すという形をとらせてもらう。いずれ利益が出た際には返済してくれ」
再び此方を見下ろした彼は静かに、けれどハッキリとした口調で言った。
「なんで」
「確かに、あれでは計画性は足りない。また確実な利益も見込めない。もし成果が出たとしても、暫くは厳しいだろう」
だったら尚更手を差しのべたくないのでは?
「何か理由をつけるとするならば、貴方がこの世界でこの国で生きると地に足をつける気に少しはなったのかと感じたからだ」
手が風のように私の頬を掠めた。
「足掻くのだろう? やってみろ。そして本当に助けが必要な際は、迷わず言え」
「なんで」
「…夫婦だから…とでも言っておこうか」
ああ、やっぱり今日、雨が降りそうなお天気はフランネルさんのせいだ。
だって二回も、ほんの少しだけど笑った顔を見ちゃったよ。
「馬車が来た。行こう」
「…はい」
私は、なんとなくフランネルさんと目を合わせているのが落ち着かなくなってきて少し強くひかれた手元に視線を固定した。