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36.私は、少し前進したけれど

皺のある年齢を感じさせる手は、ゆっくりと繊細なカップを持ち上げ、それは羽のような軽さでソーサーへと収まった。


「変わりはないですか?」


また発せられる声も決して大きくはないのに聞き取りやすく自信に満ちている。


「はい。忙しいなか気遣って頂きありがとうございます」


「まぁ。二人の時は畏まらなくてよいのよ」


白が混ざったプラチナブロンドをスッキリと高く結い上げた齢60歳の婦人は、ヴァンフォーレ家の現当主、ミルレリア様だ。


「いえ。失敗ばかりでご迷惑をおかけして申し訳ございません」


養子として入れてもらった由緒ある家に傷をつけたのは何回だろう?


もう数えるのは諦めた。


「それくらいでこの家が傾いたとしたら私の力が足りなかったという事だから。だから気にしなくてよいのよ」


「…はあ」


ミルレリア様のように外見と中身に差がある人は、あまりいない気がする。可憐な花のように見えるけど実際は。


「謝罪をしに来たのではないのでしょう? 何か聞きたい事でもありそうな顔をしていますよ」


ここまできてドキドキしてきた。

だけど。


「以前、仰っていた孤児達の施設の件をやってみようと思います。また、ただ引き継ぐわけではなく大幅に変えていきたいのです」


「勿論、書類として?」


「はい」


紙は存在しても、まだ高価な紙に隙間なく書き記した計画書を提出した。ミルレリア様は、柔らかい空気から、力強さを感じさせるものに変わり、目を通し始めた。


紙をめくる音だけが室内に響く。

沈黙が辛くなってきた頃。


「無理だわ」


「…そうですか」


一気に落ち込むも、どこかでは分かっていた。


「あら、諦めてしまうの?」


いつも気にかけてくれる言葉とは真逆の、挑発するような口調につい苦笑いが出た。


「いえ。ただ、資金は足りないし、理想論だとは理解していました」


強い視線は私に目を逸らすのを許してはくれない。


「ならば、何故これを?」


「今の運営だとある程度、13歳まで生かせる事ができればよいとしか感じません。そしてその年齢になれば施設を出ざるをえない。その先に待っているのは?」


私は、私にとって家族の愛情は、あと少し足りなかった。六花中心だった世界。


でも、この世界より恵まれていた。

何がっていうと。


「選択肢を増やしてあげたいのです」


今、私はミルレリア様やフランネルさんの地位というモノに守られている反面、自由は少ない気がする。でも、身寄りのない子供達は、そういう次元の問題じゃないのだ。


どうしたら生きられるか?


その日を、今日を明日を考えるだけで手一杯だろう。


「選び放題までいかなくても、個々に合う能力を早く大人が見極め、専門の講師から学び職に就いて欲しい。また、それまでのコスト、育成にお金はかかりますが、先を考えれば、優秀な人が増えればいずれ国益となります」


なにより。


「子供を売る、売られているという事を国が黙認しているのは恥です」


国の重役が聞いたら即、首が飛びそうな発言をしているのは自覚している。この国は縦社会だ。どんなにバカでも家柄が一番である。


「いずれ、庶民が頭角を表すと騒ぐ者が出てくるでしょう。だからこそ、この案をミルレリア様にお見せしました」


現在の陛下の血縁者。

後ろ楯になるにはもってこいな人物。


「そこまで言われてしまうと無下にもできないわね」


彼女と知り合い1年。

初めて彼女が先に視線を逸らした。


私は、生意気な発言をした。

陛下に伝われば牢屋行きだってありだ。

些細な一言で一瞬にして命が消える。


「それだけの強さ、考え方があるのなら彼との関係も変えていってもらいたいわ」


言われた方向が違いすぎて一瞬わからなかった。彼、とはフランネルさんの事だろう。


フランネルさんとは、結婚してからも、勿論その前も一度も同じ部屋で朝まで過ごした事はなかった。


「いいわ。検討します。ただ、更に具体的にしなさい。あとは」


笑っているようで、いない顔は、怖い。


「此方まで噂は届いていますよ。それも改善させなさい」


名前だけの妻。

期限つき聖女だった女を同情で娶った男。


「…承知致しました」


私は、当主から目を逸らした。


こればっかりは、私だけではどうにもできない。




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