35.私は、決意する
「実感がない」
あの蝶々さんとの別れから少し騒ぎが落ち着いた頃、私達は、身内だけというか面倒をみてくれていたヴァンフォーレ家の当主様とその息子バースさんともう一人お姉さんのマイラさんが出席してくれたなか本日、結婚式を挙げた。
そして今、再びフランネルさんのお屋敷にいるのに、なんだか落ち着かない。
そう。原因はわかっている。
「この部屋おかしくないかな?」
今夜から私の部屋ですよと案内された場所は、意外にもトイレ、お風呂付きで居間と寝室の二つがついている。全体的に広くないけれどシンプルでとても落ち着く。
「だだし普通じゃない物がある」
隅っこに秘密基地にあったら楽しそうな、人が一人ギリギリの、男性なら屈まないといけないような小さな扉があったのだ。やっぱり開けてみちゃうよね。
「……失礼しました」
速攻閉めドアを背にしてしゃがみこみ頭をかかえた。
「やっぱりフランネルさんの部屋だよね」
薄明かりの中見えたのは寝室だった。しかも色や家具が男性っぽいやつ。救いなのは、部屋の主が不在だった事だろうか。悶々し再びドアを見れば。
「あっ。か、鍵がある!」
閉めるべき?
開けておく?
「やっぱり、このドアからフランネルさんが来ちゃうの?」
いけない妄想は、違うのかな。
「あ、何か危険がある場合のドアとか。でも、こんなに分かりやすい逃げ道ないよね」
どうしよう。
今になって、とても大事な事を簡単に決めてしまったのかもしれないと、私は後悔しはじめてきた。
あれから、お茶会という会う場面はあったけれど特にデートなんてものもなく、ましてそんな雰囲気なんて欠片も発生しないままお嫁に来てしまった。
「なんか、これって依存しているだけだよね」
淡いランプの光の中、自分のいつもよりなんとなく薄めのパジャマじゃない寝衣を見下ろす。
「私は、そもそもフランネルさんの事が好きなのかな?」
なんだか自分の薄いこの格好が酷くまぬけに思えてきた。あの豪華なドレスを着た時のように。
コンコン
「いっだぁ」
思わず身体がビクつき、怪しい扉のとってが脇腹近くに食い込んだ。
また、今度は様子の窺うようなノックがされ、涙目になりなからドアへ向かう。
「すみません。います!」
脇腹をさすりながらドアを開ければ、訝しげな顔をした私の悩みの原因、張本人がいた。
「ベッドがら落ちたのか?」
「違います。ドアのとってにぶつけたんです」
訂正したのに憐れむような顔をされて複雑だ。
「入っても?」
「え? あ、はい」
私が居候しているようなもんだしと呟きながらドアを広く開けた時、これからの事で頭が一杯で私はフランネルさんの顔を見ていなかった。
彼が、私の何気ない言葉により怒ったような悲しそうな表情をしていた事に。
「ヒイラギ」
「あ、スノウでお願いします。名前をこちらの国に合わせて呼びやすいように変えたんです」
広めの二人がけソファーに座ったフランネルさんにとりあえず飲み物をと果実水が入ったピッチャーから、グラスに半分ほど注ぎながら伝えた。顔、見ないほうが話しやすいなと呑気に思いながら。
「公の場以外は、ヒイラギと呼ぶ。名は大事だ」
……なんで、この人はふいに心にくる台詞を言うんだろう。
「どう」
「ヒイラギ。私は、何も求めない。だから、そのような格好をしなくていい」
グラスを音をたてずに中身を溢さずローテーブルに置けた自分を褒めたい。
「…わかりました」
普通の声で返事ができた事も偉い。
お嫁にきた最初の夜は、皆が普通に感じるはずの恥ずかしさや嬉しさのかわりに、私は、分かりきっていた事、この関係は表面的なモノだと実感させられた。
この日から、私は、どうしたらフランネルさんや屋敷の人達に迷惑にならないようにするかを考え始め、それは後に自立へと大きく向かうけれど、彼との距離は更に遠くなっていってしまうという事にまだ気づいてなかった。