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28.フランネルは、追う

「兄上」


勤務中そのように呼ばれる事がないフランネルは、顔を僅かにしかめ書類から視線を離した。


「失礼致しました」


すぐに気づいた妹は、おざなりながらも謝罪を口にした。


「何があった?」


妹の来訪で周囲の事務処理中の部下達は話すのをやめ室内は静まり返った。


フローラは、通常は王族、主に王女の警護にあたっている為こちらに顔をみせることはない。今は聖女つきだとは把握していても、やはり妹が珍しいのだろう。


「聖女がいなくなりました」


ヒイラギの警護をすべき妹がこの場にいるというのは、彼女に何かよくない事があったのだろうと察しはつく。


だが、フローラが、ただ室内にいないだけで自ら屋敷を離れてきたというのが苛立たせた。


彼女は、あの蝶々とたまに転移をしているのはいつもの事だ。日が暮れる頃には必ず戻るため最近は黙認をしていた。気になるというならば、今日は大がかりな鍵を閉めかなり疲労してるだろう。


「侵入者の気配がないのなら、夕刻には戻るだろう」


他国からの刺客をうけて屋敷の周囲には強い結界がはられ、私が不在の際は、力を持つ部下を一人配置してある。今日はフィックスがいるはずだ。


「外からの襲撃はありません」

「ならば問題はないだろう」

「本当にそう思われているのですか?」


これで話は終わりだど書類に目を戻そうとすれば、非難の声に流石に妹を睨み付けた。


「期日は明後日なのでしょうか?」

「何が言いたい」


持ち直したペンを仕方なく置いた。こうなると妹は頑として動かない。


一部の女性達に妹はたいそう人気があるらしい、家族の私から見ても端正な顔は、今は険しい。


他人に興味がない妹にしては珍しい事だった。その妹は、更に私に近づくと何かを見せた。揺れるそれを見て私は、妹が過剰に反応し過ぎていたわけではないと理解した。


「これは、何処にあった?」


母が亡き後、私の物になった鍵は、いまやヒイラギの胸元にあるはずの品。


「机の上の彼女の元の世界から持ってきたハンカチの上に置かれていました。また、それだけではなく彼女の私物は、ほぼ机の上に並べられており衣類は畳まれておりました」


フローラから鍵を受け取り握りしめ集中するが。


「やはり難しいですか」


すぐに力を抜いた私に妹は、想定はしていたのだろう。落胆もせず淡々と呟いた。


「これを身に付けて転移していたなら追えるが、残像では困難だ」

「…兄上?」


私は、ところ構わず転移する彼女が周囲から無下にされないよう、また国内ならすぐに見つけ出せるようにと家の家紋が入った指輪も鎖に通して渡していた。


自分の引き出しにある物を出し、再度集中すれば瞼にぼんやりと映し出された。


「確信まではいかないが目星がついた。だが違っていた場合は間に合わなくなる可能性がある」


確証が欲しい。

私は、両手に力を集め強く呼んだ。


「なんだ?!」

「噂に聞いていた素か?」


騒ぐ部下達を無視し、この場が苦手な蝶々は早々に去りたいのか、訪ねればすぐに居場所は判明した。


やはり視た場所で間違いないようだ。行きは転移で着くが帰りは力が残っているか分からない。馬の用意をしなければと席を立つ私を引き留めたのは。


「お待ちください」


急かしておいて今度は何故止める? フローラは、私の前に立ちはだかると言い放った。


「行ってどうなさるのですか?」


どうとは。


「生きる気がない聖女をどうするのですか? 助けたとしてその先は?」


今日の、今朝のヒイラギの姿が浮かんだ。私に楽しめと言い隣で柔らかに微笑んだ顔。鍵をかけた後に子供達と声を出し笑う彼女を目にした時に今までの不自然さに気づいたのは私だけではないだろう。


今まで声こそあげなかったが、時おり笑っていた笑みは作っていたものだと。


「彼女を救う手段は?」


ライナスの言葉に、言うべきか悩んだ為に更に追及された。


「団長らしくないですね。俺達そんな仲ですか?」


皆の視線を感じ、諦めた。


「私の力を、命を半分彼女に渡す。それしかない。また成功するかもわからない」


「団長は、とりあえずは生きていられるんですか?」


「ああ。お前達と同等の寿命だ」


文献を漁り蝶々をヒイラギから借りた結果、彼女を救うのはこの方法だけだ。


「そうですか」


ライナスは、おもむろに私の机の上の束を抱え込み席についた。


「ライナス、それはまだ読んでもいない…なんだこれは?」


ノットが無言で渡してきた紙を広げた。


「戦が終わって、休みをずっととっていなかったのを思い出しました。今から休みます」


「あ、俺もー!」

「ノットずりぃ!」

「ハイハイ! 私もとります!」


まだ許可もだしていないのに部下達から手に乗せられる紙。


「帰りは馬車を用意したほうがよいですし、人手は大丈夫そうですね」

「ライナス」

「適当にコレはサインしておきます」


ライナスは、戦場での背を任せている顔をみせた。


「必ず連れ帰って下さい。勿論、貴方も一緒ですよ。まだ団長には貸しを返してもらっていないですから。フローラ様、この鈍感男を行かせても?」


「不甲斐ない兄だが、仕方がないですね」


何故、妹の許可が必要になるのか疑問が一瞬頭を掠めたが、猶予はないと転移する事にした。


「場所は、ミュスカ跡だ」

「わかりましたって…だからここは転移禁止ですよ!」


私は、ライナスの示しがつかないとブツクサ文句を言う声を聞きながら移動した。




* * *



目を開けるより先に、花の香りと風が葉を揺らす音を感じた。たいして高さはないが山の上だから気温が低い。肌寒くかんじる中、彼女の姿を探す。一歩を踏み出すごとに今の季節しか咲かない花から光る花粉が飛び散る。


「ヒイラギ」


それほど時間もかからず彼女を見つけた。


遥か昔に作られた今は、岩の固まりと化している建物に背を預けたヒイラギは、身を投げだしていた。


その目は虚ろで、何も映していなかった。





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