27.私は、歌い踊る
「さすがっ」
ラストを飾るだけある! と言いそうになり寸前で口を閉じた。
「危ない危ない。小さな一言が命取り」
距離があってもフランネルさんは要注意だ。次に足元を見下ろし考える。
「どうするかな」
鍵穴に差し込む事はできた。そこから回して柄まで押して終わりなんだけど押し戻されてしまう。
ヒュッ
何か良い策がないかなと悩んでいたら切り裂くような風の音がし、その直後。
「女子の顔にひどいなぁ」
紙で手を切った時のような痛みを感じた。実際はそれの何倍も痛い。顔だけではなく、まるで手を放せ諦めろと言うように両腕、身体にも鋭い何かは飛んでくる。
『ヒイラギ!』
「ヒイラギ!」
汗が目に入ったのかと思ったら、血だったみたい。深くはなさそうだけど、全身に浴びたからかあっという間に血だらけだ。
蝶々さんとフランネルさんが私の名前を呼ぶ。笑っている場合じゃないのに、なんか笑った。
鍵穴からは、どろりと液体が絡み付いてきた。どうやら切り刻むのは止めたらしい。
手を離せ
自由にさせろ
そうしたら望みをかなえてやる
憎い 全てが憎い
あんな奴にやられるとは
悲しい まだ死にたくない
痛いよ 怖いよ
その赤黒い液体は生きているかのように動き、また無数の声なき声をあびさせてくる。蝶々さんが話しかけてきた。
『強い 執着 想いだけ 残ったモノ』
「どろっどろだー!」
私は、悪役もびっくりな口調で形ないモノに言い返す。
「精一杯生きないから未練タラタラなんだね」
言葉が理解出来るのか、怯えたように動いた。すかさず優しく語りかける。
「残念だけど、人生一度っきりだから」
力をこめて左に回せば、先程より抵抗が弱く鍵がかかる音がした。あとは押し込むのみ。
『まだ 終わらない』
蝶々さんが、油断するなと注意してくる。
ならば お前をよこせ
そうだ そうだ オマエを貰おう
ミリ単位であろう隙間から赤黒い何かは、手の形になり私の顔を撫でてきた。気持ち悪さに鳥肌がたった時。
「ひぃちゃん!」
「…りっちゃん」
鍵を持つ私の両手に重ねられた真っ白な手。辿れば、制服姿の六花がいた。
「ひぃちゃん、また一緒に遊ぼう。受け入れてくれたらずっと一緒だよ」
六花の顔は、優しい穏やかな曇りのない表情をしていて私も笑みを浮かばせた。
親達よりも近くに感じる存在。
喧嘩した時は、心の底からムカつき、嬉しい時は何倍も共感できる。
目の前の六花を受け入れたら寂しくない。
「なーんてね。一瞬、傾いてみようかなくらいには似てるね」
でも残念。
私は、よろめかないよう踏ん張りながら鍵をじわじわと押す。
「ひぃちゃん! 痛いよ! 苦しい!」
崩れてきた六花の顔の顔を造り出したモノに教えてあげた。
「六花は、してくれたらとか言わない。それに痛いなんて言葉は吐かなかった」
勝手に六花の姿になったモノに腹がたった。
でも、ちょっと同情した。
『優しく 駄目 つけこむ』
蝶々さんが、慌てながら近づいてきた。
大丈夫だよ。
「何にもいい事、本当になかったのかな? それとも…何も見えなかったかな」
小さな嬉しい事なんて沢山あるのに。
朝起きて、テレビの占いで自分の星座が1位の時、テストのヤマが当たった時、髪の毛が上手くまとまった時。
皆と学校帰りにお菓子食べながら話した時。六花が一時帰宅して、一緒に買い物した時。
「思い出、あげる」
沢山あるから分けてあげる。
「いらない いら…」
鍵を押すごとに、六花の姿の偽物は、指先から赤黒いモノに変わっていく。
「だから、これで…おしまい!」
爆風、爆音とはこの事を言うんだ。鍵を押し込んでいたから両手は塞がっていて。
肩が痛いとしかめたら、膝をついて覗きこんだフランネルさんの顔。
何か言われているけれど声が聞こえない。
「ごめんなさい。何を言っているか聞こえない」
そう伝えた自分の声も聞こえなくて、不思議。フランネルさんが顔をしかめたので私の言葉は、通じたらしい。
彼の大きな手がそれぞれ私の耳に被せるように触れられ、暖かい微風を頬っぺたに感じた。
「聞こえるか?」
手が離された瞬間から、周囲の飛び交う声が先に飛び込んできてびっくりして、返事をするのが一瞬遅れた。
「ヒイラギ?」
「うわっ」
そのせいでドアップの顔に遭遇し、ひっくり返りそうになった私の背には手がまわされた。
「あ、聞こえます」
私の返事に小さく息を吐いた彼は、少しぴりっとした気配が緩んだ。
周りを見る余裕ができて、そういえば蝶々さんは、あんなに強い風のなか大丈夫だったのかと焦る。
「あ、蝶々さん! 無事でよかった」
私の心を読んだかのように現れた黄色い光は、ふわりと私の回りを飛び回りながら言葉を送ってくる。
『ヒイラギ ケガ 痛い? まってて』
そう聞こえた直後、私まで黄色い光に包まれその光がおさまった後には、傷は何処にもなかった。
『人 沢山 来る また 後で』
そう言うと蝶々さんは、消えてしまった。
「お礼言ってないのに」
せっかちだなぁ。
「私が治すまでもなかった」
「いやいや、お気持ちだけで充分ありがたいです。フランネルさんも疲れちゃいましたよね。外に被害がなくてよかったです」
近くの花壇や噴水、煉瓦の建物にも被害はなさそうで安心した。
「えっと、歩けますよ」
抱き抱えられそうになり、思わず押し退けた。今の私は、服はあちこち破けて無惨な状態だったが気になるのは汗だくな自分。
これでも気にするのだ。
「かなり消耗しただろう」
乙女の気持ちを知りもしない彼に再度抱えられそうになり思わず横に逃げれば、怒った顔をしているフランネルさん。
これ、長くつづいちゃう?
げんなりしていたら。
「お姉さん!」
「ランディ! 違うよ! 聖女様だよ!」
「怪我は大丈夫ですか?」
「聖女様!」
わらわらと、何処から出てきたのか何人もの子供達に囲まれた。
「大きな音させてごめんね。ビックリしたよね」
しがみついてきた、女の子の頭をそっと撫でてみた。小さい頭にふっくらほっぺが可愛い。
「大丈夫だよ。それより、さっきのお歌、教えて!」
「あ、私もー!」
「ずるい!俺も!」
ああ、鍵を出す時のあれか。正直くたくたなんだけど、見上げてくる好奇心の目に敵うはずもなく。
「わかった。あれ、踊りもあるんだけど」
「そうなの?!」
「踊るー!」
予想通りの反応で笑ってしまった。
「ヒイラギ」
背後の低い声を発する人には無視をきめこんだ。服を掴んできた子の手をできるだけそっとはがして、手を繋ぐ。
「じゃあ、一緒に踊ろっか」
「「うん!」」
息が続かなくなるまで皆と歌い踊った。動けなくなった頃には広間は、子供達でいっぱいになっていて、今日一番の驚きだった。
* * *
「はしゃぎすぎだ」
「すみません」
動けなくなった私を抱えて馬でお屋敷に連れ帰ってくれたフランネルさんの口調は、とても冷たい。
「あ、ありがとうございます」
ベッドで半身を起こしスープを飲み終えれば空になったカップをフランネルさんに手から抜き取られた。
「今日は、もう休みなさい」
頭を撫でられ、かけられた言葉は、穏やかで優しかった。
「はい。そうします」
素直すぎて疑われるかと顔色を見たけど、特に変わった様子はないようだ。
「夜には戻る」
また頭をひと撫でした彼は事後処理があるから何かあったらフローラさんが警護についているので呼ぶようにと言われ去っていった。
「蝶々さん」
もう大丈夫かなと少し時間をおいてから、蝶々さんを呼び手のひらに乗っかった蝶々さんに話しかけた。
「すぐ着替えて準備するからよろしくね」
私は、出掛ける為にクローゼットの扉を開いた。
* * *
「荷物よし 忘れ物なし」
部屋を再度見渡しチェックする。できる限りベッドも綺麗になおし、服も畳んだ。
小さなバルコニーの窓を開ければ気持ちがいい風に嬉しくなる。
『ここから 行くの?』
「うん」
前回、飛ぼうという企みは失敗に終わっていたので、今回こそは。
「では、お願いします!」
踏み出した手すりの先から、私は落下することなく、フワリと浮き、青空のなかを飛び転移した。
最後は此所がいいと決めていた場所をめざして。