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25.私は、芽生えた気持ちに戸惑う

私は、ヴィトのある部屋のドアの鍵を差し込みながら今日の事を振り返っていた。


短時間だけど外出するフローラさんの代わりにと言われて二人の騎士さんと会った。二人とも見たことのある人でちょっと金髪のバースさんだっけ? あのチャラいお兄さんの弾丸トークには疲れた。


「まぁ鍵も順調に閉めれたし、今日は平和な1日だったかな」


部屋に入ると電気の代わりの魔法石が置かれているランプに手を触れてまわる。


「君にも慣れてきたから、ほんの少し寂しいかも」


寝る前にちょっとだけと淡い灯りの中で鍵盤に触れる。黒鍵と白鍵じゃない単一色の鍵盤は触れた時、違和感だけでなく実際とても弾きづらかった。


「でも、この触り心地も好き」


滑らかで冷たくない木の温もりを直に感じる鍵盤も悪くない。


「こんな夜には」


暗く、悲しさや気だるさを感じる曲をチョイスした。この曲は難易度に超がつく。技巧もそうだけどそれよりも重要なのは。


「ノックをせずにすまない。音に惹かれて」


いつからいたんだろう?


長い影があるなと見たら壁に寄りかかっているフランネルさんがいたのだ。私、かなり一人で呟いてたよ。聞かれたかな?


「よかったら続けてくれないか」

「…はい」


夕食の席にはいなかったし、まだ制服姿という事は帰宅したばかりなのかな。


私は、弾きづらいなと思いながら止まってしまっていた指を動かした。


「物悲しいが、よい曲だ」


気になったのも最初だけで次第に集中していたからか最後は彼の存在を忘れていた。私は、フランネルさんが控えめだけど褒めてくれたのであろう言葉に苦笑した。


「お世辞はいらないです。私には、この曲はまだ早いのはわかってますから」


ヴィトの楽譜を置く部分の飾り彫りが綺麗でそれに触れながら説明なんて理由なんて話す必要もないのに口が動く。


「この国にもお酒はありますか? 私は未成年だから飲んだことはないです。でも、お祖父ちゃんがウィスキーを夜に少し飲んでいたんです。それに似てる気がします」


本当は、ワインに例えたほうがいいのかも。でも私は、夜にお祖父ちゃんが一人ジャズを聴きながら飲むとろりとした黄金色の液体に例えたかった。


「生きた年数というか、生意気な言い方かもしれないけど、経験値の差というか、うまく言えないな」


もたつく私の話にも目で続けろと言われ、いい表現がないかなと考えた結果。


「10代、20代、30代…70代。嬉しかった事だけじゃなくて悲しかった事、悔しかった事、そんな経験を沢山してやっと弾きこなせる曲だと思います」


今の私は足りてない。

でも、これが精一杯。


「そうか」


フランネルさんは、私に影をおとしていて。二人の距離はとても近い。でも、気にならないのか彼の水色の瞳はヴィトを見ていて指先で触れた。


「弾けるんですね」


私は、聞いておいてハッとなった。フランネルさんの家にある楽器だ。弾けるよね。


「ああ。昔、少し嗜んだ程度だが」


やっばり弾けるんだ。フランネルさんは、そっけない態度のわりにヴィトに触れる手つきはとても優しい。


「一緒に弾きますか?」


自分は、何を言っているのか。


でも、もう遅い。それに彼は断るだろう。むしろ拒否って下さいと念を送るも。


「簡単なものを頼む」


フランネルさんは、戸惑うような様子の後、長椅子に座り本格的に鍵盤に触れた。


彼の真面目な姿を見て笑えなくなり、私もちょっと本気で曲を考える事にした。


その突然始まった連弾の練習は、なかなか戻らないのを心配したフローラさんと執事さんが来るまで続いた。



* * *



「よく寝た~!」


おもいっきり伸びをし、ベッドから飛び降りた。


『ヒイラギ』

「蝶々さん、おはよ!」


挨拶をすれば、光を強くした蝶々さん。手乗り文鳥も真っ青な早さで出した指に留まってきた。


今日、あと1回の鍵閉めまでよろしく!


声に出さず話しかければ分かったと強く点滅してくれた。



* * *


「いきます」


朝食後、転移の際にいつもはフランネルさんの一部、袖か裾を摘まむように触れていたけど、今日は、なんとなく大きな手にしようと、そっと触れた。本当は、もっとがっつり掴むつもりだったのに。実際は、勇気がなくて指先がかすっただけ。


人によっては気づかないほどの接触だった。


「あっ」


なのに。その瞬間、自分の手は強く握りしめられていた。手元を確認すれば、すっぽりと包まれ隠れてしまった自分の手。


恥ずかしい。


でも、なんか嬉しい。

恋なんてした事がない。


今の私は、私の心は好きだと言い切れない。

でも、嫌いなんて言葉は言いたくない。


私は、この人が緋色マントさんが苦手なはずのに変だな。


「此処で…?」


浮遊感の後、一足早く目を開いたフランネルさんは、驚きの声をあげていた。


どうやら最後の鍵を閉める場所は、滞在させてもらっている国、グランの中心部に位置する街中の広場だった。


「避難をさせなければ」


その緊張の含んだ声と同時に、私から光が溢れ最後の思い出が現れた。


「待って下さい」


私は、その現れた物を見て、離れた手を掴んだ。


「住人を避難させねば。このままでは危険だ」


「呼び掛けは他の人に頼んで下さい。フランネルさんの仕事はこっちみたいなので」


苛立ちを含んだ彼に見てよと指差しした先には、何故かピアノではなくヴィトが。


「これは、私も」


「だと思います」


しかも椅子が二脚あった。どうやら最後は二人で連弾をしなければならないらしい。


「指示を出すなら先して下さい」


難易度の高い曲をわざわざ昨日は弾きまくっていたのに。まさかの連弾とは笑える。


「一緒に、弾いて下さい」


見上げた先には、ゆれる水色の目があった。なんだ、完璧な人でも動揺するんだと妙な親近感がわいたのは秘密だ。


「伝達、終わりましたか? なら始めましょうか」


二人はヴィトの前に座わると弾き始めた。



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