22.私は、説明し貸し出し依頼を受ける
この国にも時計はあるようだけど学ぼうとしなかった私は、だいたいしか把握ができない。
体内時計では夜の9時はとうに過ぎている気がする。早寝早起きの人達にとってはいい時間だろうとお屋敷内の応接室のような場所に呼ばれた私は、そんな事をぼんやり思っていた。
「夜にすまんね。ワシの名はロイズ。引退したいんだが、誰もやりたがらなくてなぁ。嬢ちゃんもこんな老いぼれを働かせて酷いと思うじゃろ?」
部屋に入ってすぐに話しかけてきたのは、ソファーにちょこんと座っている宰相さんだった。
銀色の髪を小さなお団子にした年配の女の人姿に私は勝手に宰相さんは男の人だと思いこんでいたので少し驚いた。
それに宰相さんの言葉は、ちょっとガラの悪いお婆ちゃんのような話し方なのに見た目は襟元がカッチリした足首迄ある濃い紫の服を着こなし背筋は私より伸びている。
カッコイイ歳の取り方だなとロイズさんを観察して思った。
「いえ。特にする事もないので。私は、柊と申します。よろしくお願い致します」
私も存在は知られているだろうけど、初対面だし挨拶をした。
恐らく此方のマナーではお辞儀はしないけど、なんだか厳しい先生の前に立っている気持ちになり無意識に立ち上がり頭をきちんと下げていた。
「フラン、昔のお前とは大違いだのぉ」
落ち着いていて大変よろしいと頷く宰相さんとは対照的なのが、フランネルさんで。
「私の事は構わず早く本題に」
「ちょっと!二人とも誰か忘れてるよね?」
知り合いなのかな? 距離感が近そうなフランネルさんとロイズさん。そんなやり取りの最中に男の人の声が不服そうに会話に参入してきた。
「ヒイラギ。私はデイトール・エネ・ベリ・グラスだ」
私に向けた強い視線は濃い緑。薄い色の瞳が多いなかでは目を惹く。笑えば今は夜なのに太陽のような明るい雰囲気にこちらも感染しそうになる。
「察しの通りこの国の王位を継ぐ予定だよ」
長い名前だし最後にこの国の名前がついてきたから王族というやつかとは思ったけど、次期王様とは。
「…フットワークが軽いんですね」
なんて発言してよいのか分からなくて最終的に出たのは微妙な台詞だった。
案の定、疑問を感じたような顔をされたけど、すぐに笑顔に変わった。
「う~ん。だいたいの感じしか分からないけど、宰相がいれば襲うなんてバカな事をする者はいないし、とにかく気になってね」
「災害の事ですね」
あれ?
首を横に振られた。
「それも大事だけど、フランの気になる子を一目見てみたくてね」
気になる子という台詞と同時に指をさされた。その方向には私しかいない。
「殿下、用がないなら城へお戻り下さい」
宰相さんと話をしていた時よりも更に冷たい口調のフランネルさんに王子様相手に大丈夫なんだろうかと少し心配になるも。
「ほら、そういうのが気になってるって言うんだよ。だいたいさ~いい子を散々紹介してあげたのに片っ端から捨てるから僕の評判にも影響がでてるんだよ」
「殿下、私は、そんな事を頼んだ覚えはございません。また、久しぶりに殿下にお会いしましたが随分饒舌になられたようですね。さぞ剣の腕も上がったと見受けられます。明日にでも稽古をつけてさし上げましょう」
「じょ、冗談だよ。フランの稽古の後なんて公務をこなせなくなる!」
フランネルさんの冷え冷えとする口調に顔をひきつらせる王子様がなんだか面白い。
「あ、やっと笑った」
どうやら私の事らしい。というか誰だって泣きもすれば笑いもするよと王子様に視線で訴えた。
「さぁ、時間も遅い。聖女さん、悪いが説明をしてくれんかの」
宰相さんがまともな発言をした。聖女というのには馴染めないけど、また口を挟めば長くなりそうだから私はスルー。
しかし説明かぁ。
「多分、私の言葉は勝手に訳されているので伝わらない場面もあると思いますが、とりあえず蝶々さんの話した内容をあくまで私が考え繋げた話をします」
「ああ、それで構わないよ」
私は、宰相さんの了解の言葉に他の人、王子様やフランネルさんと離れて立っているフローラさん計四人に話始めた。
「恐らく大きな地殻変動が起こり、プレートが動きそれにより、活火山や休火山が活性化により噴火、また大きな地震により津波、土砂災害など…」
「ちょ、ちょっと待って! もっとゆっくりお願いしたいんだけど!」
王子様のストップに皆も同意見らしい。
「…専門じゃないので、記憶を掘り起こしながら話をします」
これ、夜どころか明日の朝まで終わらないような気がしてきたと執事さんが夜食を運んできた時点で私は、悟った。
* * *
「で、何が言いたいかというと、蝶々さんはプレートの反動を逆に吸収または相殺するように悪い物を閉じ込め利用しようとしているんです」
予想より早く終わりそうな気配にほっとしながら最後の締めにはいる。
「それで、蝶々さんはこれ以後大きな災害はないから眠り体力温存するそうです。で、私の国もまだまだですが、出来ること、災害に備えた訓練や備蓄は徐々にしていったほうがいいと思います」
疲れた。喉が乾いて出されたカップに口をつけたら濃厚な具なしスープだった。お茶か水で充分なんだけど。
食べられないのなら、せめて力がつくものを!
そんな気迫が声が何処からか聞こえてきそうで水を頼むのを諦めた。
「最近の下らない話し合いより数段有意義な時間だったぞ」
「逃げている殿下にしてはマトモな事を仰られて。ババは涙がでそうになるのぉ」
「口が、その煩い口が笑っているぞ」
漫才のような王子様と宰相さんのやり取り。
でも話の最中、王子様はかなり真剣だった。こっちがげんなりするくらいに。
「お二人とも、かなり時間が過ぎておりヒイラギも疲れている」
さあ、帰れと追い出そうとするフランネルさん。
「そうだな。悪かった聖女よ」
二人はあっさり立ち上がった。どうやら帰宅するらしいので、私も立ち上がり玄関まで見送りはいらないと言われたのでドア付近で挨拶をした。
「なぁ聖女。私が言うのもなんだが、この国も悪くはないから気が向いたら街にでも出てみてくれ。なんなら案内を」
「殿下は街に遊びに行きすぎです」
ピシャリとフランネルさんが言葉を切った。
「そうですね」
多分ないけど相づちをうった私に、宰相さんがすれ違い際に囁いた。
「嬢ちゃんや、諦めなければ変わるかもしれんよ」
生きる事をと言いたいんだろうな。
「…ありがとうございます」
自分にはその気持ちはないけれど、宰相さんの優しさにお礼を言った。
* * *
「眠い。部屋に戻ろう」
一人になった応接室でテーブルに置かれたままの食器をとりあえず重ねていたら、背後のドアが開き閉まったので、振り向いたらやはりフランネルさんだった。
「あの、食器は調理場に運べば」
「頼みがある」
いきなり遮られた。
「何でしょうか?」
もう疲れてるから今日は無理だ。それに私が出来る事なんてないように思えるし。でも真剣な表情だから聞いてみたのだ。
「貴方の蝶々さんとやらと話がしたい」
フランネルさんの頼みは、蝶々さんの貸し出し依頼だった。
私のペットじゃないしと思いながらも。
「蝶々さん~」
呼んでみた。